揺らいだ日常
場所
ノルン城下町
朝の鍛錬は殺気を込めて襲い掛かってきたレオナとおこなう。
散々いたぶって、もとい、久々にいい汗をかいて、すっきりした。
マリシアに治療してもらって回復はしたようだが、プライドがへし折れたのかうずくまっているレオナをそのままにロビンと待ち合わせをしている食堂へと移動した。
「それでさ、リリエル様の護衛のラシュエルさんがクリスそっくりでさ…」
何を言ってるんだロビンは、俺とそっくりなのはリリエル様だろう。
昨日、王宮であった出来事は誰にも話さないと俺とマリシアは誓約してるんだが、他の客もいるというのに、こいつは何をぺらぺらと…
もしかしたらこのお人よしはわざとしゃべらされているんではないだろうか。
俺が誘導するままに、ロビンがしゃべったことをまとめると、リリエル姫はご先祖の見者ラルーと同じ、長く美しいまっすぐな黒髪に黒い瞳の優しい感じのお姫様でかなりの闇魔法が使えるが他のご兄弟に比べればたいしたことは無いらしい。
「腕とか腰とかあんなに細いんだ、俺たちが…」
おぃ、マリシアを横目で見ながら宙にボディラインを描くな。
ロビンの見た姫は、ものすごく庇護欲に訴えるところがあったらしく、身振り手振りで俺がお守りするんだと力説するロビンが暑苦しい。
明らかに俺の会った姫とは別人だ。
その別人の姫にほれたらしいロビンに、俺としてはがんばってねとしか言いようが無い。
むかしの俺、つまりロビンってそんな純情なところがあったんだと、ひねくれてしまった今の自分を省みる。
食べ終わるとロビンも懐から俺たちの持っているマスクを取り出してかける。
「いざとなれば、姫様の身代わりになって戦うんだ」
ブッ
「クリスきたねぇ!」
給仕についていたレオナがにこやかにロビンの服に洗浄魔法を掛ける。
「ありがとう、レオナ」
純情をどこかへ置いたロビンがさりげなくレオナの手をとって礼をしているがレオナの中のヤツの心の声を聞かせてやッたらどんな顔になるんだろう。
契約魔法を通してヤツの恨み節が少しは入ってくるのだが俺は親切だから教えてやらない。
城へ行くと俺たちはもちろん、侍従や女官、衛士たち全てがなぜか同じマスクをつけている。
俺が聞かされたマスクを着ける理由とは違うんじゃないのか?
危険を感じてうなじの毛がチリチリする。
前を歩くロビンには緊張のかけらもないし、後ろのレオナも何も感じてはいないようだ。
マリシアは…俺がつけている儀仗用マントの端を握り締めて辺りをうかがっている。
マリシアも何かを感じ取っているようだ。
ロビンは置いておくとして、何者かが悪意のある術を使っているならばレオナが気付かないのはおかしいのだが…
ロビンが振り向いて不思議そうに聞いてきた。
「ラシュエルは一緒に来なかったんだっけ?」
なにを?と問い直す前にレオナが答える。
「ラシュエル様はリリエル姫様のご命令で先にお城に行かれたはずですが」
なんだと、こいつら何を言っているんだ。
考え事をしていたマリシアがおれのほうを見てトントンと自分の仮面をつついて「闇」と一言つぶやいた。
闇属性は精神に働きかける術。
つまり仮面を通しての闇の精神支配術が行われているのだとマリシアは簡略に伝えてきているのだ。
いずれにせよ闇の術をかけてくる術者は王族以外にありえない。
まずまだ精神支配していない城中の全員にマスクを着けさせるのは王族の命令しかありえない。
またノルンの王家や貴族たちは夜の血筋からは遠ざかったが、そのぶん精神魔法を得意とする闇の血が濃くそれに対する耐性が高い。
そんな彼らに術を掛け支配しえるのは最高に濃縮された闇の血を持っている者、つまり国王自身かその子供たち以外に無い。
マスクからは精神支配といういやらしい術が流れ出しているが、そこから伝わってくる術者の気には悪意が混じっておらず、しかも悲壮感とか絶望感とかいったものが感じられる。
だからあえてその術に乗ってみることにした。
合った目にうなづき返すと、マリシアは不安そうに眉をしかめたが、もう一度目配せするとにっこり笑って術が掛かったように無表情になった。
仮面は俺に何をせよとも命じてこず俺たちは昨日と同様、身分の低い貴族達の大気場所である広間のほうへと進んで行った。
また昨日採寸した衣装の仮縫いだとかで小部屋に一人ずつ呼び出されて、女官達に服を脱がされ下着だけになる。
用意してあった新しい衣装を合わせるでもなく女官達が部屋から出て行ったらすぐにマスクから伝わる魔力による支配力が強くなったが、その支配が実際に効いていないので俺は合えて抵抗もせず、命令でも有るが自分の意思でそこに立っていた。
入ってきたドアではなく正面にあったドアから、女官も連れずに昨日の俺に似たリリエル姫が一人で入ってきた。
部屋の真ん中でぼんやりと立っている俺に姫が、いや気配が昨日の姫ではない。
これはどういうことだ。
姫は3人いるのか。
姫はぶしつけに俺のあごをつかんで自分のほうを向かせしげしげと顔を見つめた。
「似ているな」
「似てますわね」
俺を前にして、姫は一人で言い争いを始めた。
争いながら姫の気配は二つの別人を行き来する。
片方は昨日の姫で同じ体にもう一人入っているのだ。
「本当に確認する必要があるんですの?」
「それは話し合ったはずだろう、これだけ俺たちに似ているんだもしかしたら彼女も俺たちと同じく変身する体かもしれないってリリエルが言い出したんだろう」
「確かにそうはいいましたけど、魔術で呼び出して確認取れとまで言ってませんわ」
「もう呼び出しちゃったんだし、ちょっと見てみるだけだから」
「ラシュエル、ちょっと見てみるって、もし普通の女の子でしたらどうするのです」
「俺が責任とって一生面倒見てやるさ、気にすんな、こいつ下帯後ろで結んでるのか、脱がせにくい」
下着まで取られそうになって我慢できなくなってふり返り、姫たち?の腕をつかんだ。
「あっ!」
声をあげたのは誰だったのか。
俺のへそに息がかかるくらいのところに姫の顔がある。
姫の右手には俺の下帯。
俺の精神よりこの体が先に反応する。
心臓が激しく脈打って全身に今まで異常に血液を送り込み真っ赤になって…。
「きゃ~!」
「って姫、それは俺が叫ぶところでしょう」
「ごめんなさい」
姫が先に大声で叫んでしまったので、俺は逆に平常心を取り戻せた。
俺の嫁といいこの王女様といい厄介な趣味の人が多すぎると、ため息を付くと考えていることが伝わってしまったらしい。
「お前ひどく失礼なことを考えているだろう」
「人の下帯握り締めている人に言われたくないですが、返してくださいね、それ」
「ぐっ」
「ところで、姫様に取り憑いているあなた、どなたですか?」
姫は一人で二人なのは確信した。
「俺はリリエルの兄ラシュエルだ。取り憑いているなんて言うな。」
「私がお姉さんです。ラシュエルは弟。生まれてすぐ私にくっついただけです」
「俺にお前がくっついてきたんだろう」
「でも、公表されたのは私だけですわよ」
「それはな、それはな…」
どちらが兄でも姉でも変わらないと思うのだが、たった一人での漫才のような口喧嘩がまた始まった。
おれはそんな二人?をそのままにして服装を整えながら聞き耳を立てていたのだが、その口喧嘩の内容によると、リリエルとラシュエルは双子として生まれたが二人とも未熟ですぐ死に掛けたので、最後の手段として王妃が自分の命を削って禁呪の合成魔法を使い、一つの命として生まれ変わらせたたということだった。
もしかしたら、自分と顔も体つきも似ている俺も同じような体をしているかを確かめたかったらしい。
「それで俺はもう帰っていいのか?」
いいかげん飽きたよ。
「もう帰っていいかな」
「待て!」
後ろを向いた俺を呼び止めたのは、先ほどまでと違って氷のようにつめたい声だった。
「お前、全部聞いてそのまま帰れると思っているのか」
「思考操作だけにしようと思っていたけど、出来ないならば仕方が無いわね。死ねっ!」
目に見えぬ何かが俺をとり包んだ。
その強力な魔力に俺は覚えがあった。
双頭の黒き竜…こいつがあの魔王か。
しかし、その何かはは俺を包んだだけであのときのように消え去った。
俺がやられたのは魔王の爪に引き裂かれてとか、お供に石化されてとかは効いたけど、なぜかあの精神破壊攻撃だけが効かなかったんだよな。
全くその術が俺に効かないのにもかかわらず姫は俺をにらみ付け、力を更に加えてくる。
いくらなんでも姫を傷つけることができなかった俺は睨み返す。
そしてついに偶然発動させててしまった。
マリシアに教えてもらって練習していた子孫繁栄のための瞳術。
俺の魔力を込めた視線が王女の脳髄を貫き、命の賛歌がラシュエルたちの心の奥底から湧き出てきた魔王を押し戻した。
王女が大人だったならば別の大惨事が引き起こされたところだったが未熟なリリエルとラシュエルの魂はその心の暴力に耐えかねて気絶してしまった。
倒れた姫のために、俺は女官達を呼んだのだが…。
何でこうなる。
姫を診た治療士は寝かせとけば大丈夫ですと、城の片隅の小さな部屋のベッドに姫を寝かせた。
王女に対する扱いではないだろう。
部屋にはもう二つベッドが据えつけられた。
「今日は遅くなりますのでラシュエル様とご一緒にこちらでお休みください。マリシア様もここへ、ご案内いたします」
なぜ3人で一つ部屋なんだ、家族じゃないんだぞ。
俺はマリシアが来るまで、仕方なく姫の寝顔を見ていた。
俺 クリス
男爵家長女で嫡男の留学生候補
レオナ
俺の侍女。
中身は殺し屋ヤツ
リリエル
ノルン王国第2王女
俺の本家筋にあたる。
ラシュエル
リリエル姫の護衛で俺とそっくり。
実はリリエルのもう一つの人格。
ロビン
俺のいとこ
マリシア
俺の嫁