俺たちの思い、貴族の思惑
レイリアの部屋は女たちで埋まっていた。
赤ちゃんの抱き方、沐浴のさせ方、つまり育て方をレイシアを使って経験者のジェシカが教えているのだ。
「それではおっぱいの飲ませ方を誰かに、そうねまずクリスから」
俺はあわてて外へ出て後ろ手にドアを閉めた。
それだけは勘弁してほしい。
ふふふふふと楽しそうな笑い声の合唱が中から聞こえてくる。
確かにマリシアよりも大きくなってきたりするのだが…
まったくもう。
俺が抱っこしようとすると若い年寄り二人が邪魔するんだ。
俺が外へ出てすぐにドアが開き、レイリアが出てきた。
「あのレイシアのことなんですけど」
「うん」
「マークと婚約出来たら良いなって」
早すぎることを除けば悪い話ではない。
俺の子が全て女の子であったばあい帝国伯爵家は長女のレイシアではなくてティアの子が継ぐ。
だから嫁ぎ先を探さねばならないが、ノルンのロンバルト家なら親父もご先祖様も喜んでくれるだろう。
「分かった、すぐ申し込んでくる」
関係者が全員ここにそろっているので話はすぐにまとまり、その夜は祝賀の宴会になった。
そして帝都の貴族局に出した届もすぐに受理され生まれたばかりながら、二人の婚約は確定した。
貴族局がすぐに許可を出したのは、俺の娘の相手が実家の男爵家であり、どの派閥でもなく帝都の貴族間のどろどろとした権力争いのだれの邪魔にもならないからだった。
帝国の貴族社会では俺はどの派閥にも属していなかったが、最近は皇后派だと目されている。
姫のティアまで下賜されているためだ。
小規模ながらローグの守備隊プラス俺の私兵という武力を持ち、さらにその移動手段まで持っている。
どの派閥も自分の手駒にしたいのだが牽制し合ってそれができない。
今まではそれでよかったのだが、決闘騒ぎで俺が武官であることが知れ渡ってしまった。
副学園長として文官としての義務は果たしているのだが、武官として公的な任務に付けねばならない。
そこで俺の身分が邪魔になる。
帝国軍を率いるとすれば師団クラスになる。
帝国正規軍はそれぞれの派閥で住み分けて空きがない。
近衛の第1は皇帝直属で、第2まで俺に率いさせると皇后の力が強くなりすぎる。
どこか僻地の取りでの長官として飛ばしてしまえば一番いいのだが、俺はすでに私的なものとしてローグ砦を持っている。
軍隊では力を与えすぎるというので、俺は民政局の警務長官に任命された。
民政局だから平民の犯罪を取り締まれるが、貴族局の警務部が受け持つ貴族に対しては一切の権限を持たない。
だから自分たちには手が出せないと、この役職を貴族どもは俺に押し付けた。
平民に対しては捜査権、逮捕権、裁判権、処罰権と司法の権力を一手に握る地位である。
平たく言えば、気に入らない平民を裁判もせずに処刑してしまえるということなのだが、平民の生命権自体が低い貴族社会では、今まで誰も問題視することがなかった。
そんな危険な人物がいるので、帝都の平民は犯罪を疑われるようなことすらすることがなかった。
つまり、強大な権力を持っているように見える思いっきり暇な窓際職に俺はついたわけだった。
貴族の権力者たちは俺という邪魔者をうまく片付けたつもりで安心していたが、事件は俺が任官してすぐに起こった。
事の起こりは、無銭飲食。
屋台で食べた代金を、まずいと因縁をつけて払わなかった男をたまたまそばで見ていた俺が取り押さえ、広場でさらし者にしたところから始まった。
男の関係者が貴族を動かしたのだ。




