帝国の始まり
500年前、魔王は倒され英雄達は各地に散って国を作った。
英雄ティラノもフェリシアと結ばれ帝国の礎をとなる国を作った。
それぞれの国は魔族に対して作った軍の階級をそのまま大戦以前の君主制にはめ込んで統治された。
荒れ果てた荒野は緑によみがえり人々の暮らしに暖かい日差しが満ちたのだが、豊かになった人々はよりいっそうの富を求めて争うようになった。
争いが大きくなり、国同士が争うようになるとどうしても仲裁者が必要になった。
この時点で人類は武器をとるほどまだおろかではなかった。
自然とティラノが裁定を任されることが多くなり、その権威が高まると各国は王女をティラノの後宮に押し付け始めた。
平和裏のうちに婚姻によって周辺の国々を飲み込み大きくなったティラノの国は帝国を名乗るようになるのにさしたる時はかからなかった。
月日は流れて諸国の王が2代目に移り変わりつつあるとき皇太子に立てた長男に正妻をめとらせることになった。
彼女はフェリシアが戦没者を悼み、また寡婦となった女性たちの祈りの場所として作られた修道院、フェリスからフェリシアが連れてきた。
王子や皇女たちが大きくなったこの頃、フェリシアは祈りのために一年の大部分をフェリスで過ごしている。
婚礼の後、久しぶりにあうフェリシアに、息子の嫁となった少女を紹介してもらうため、ティライアの離宮で家族だけの宴を開くことになった。
フェリシアたちが手ずから作ってくれるという食事を待つ間はさすがのティラノも日頃している護身具は外していた。
そんなものがなくても国で一番強いのだが。
呼ばれて入った食堂で、ティラノは目をむくことになる。
フェリシアが倒れていて、フェリシアそっくりの少女が魔法を封じる拘束具を何重にもつけていたからだ。
なんだこれは!
何をしていると叫ぼうとして、自分の口が拘束されているのに気が付いた。
腕も足も動かせない。
なんと目の前に自分が立っている。
後ろから突き飛ばされて倒れるとき、自分が少女のまとっていたローブを着ていることに気が付いた。
精神魔法によって心を入れ替えられたのだ。
見下ろすのは自分の体を持つ者、そして皇太子。
皇太子がフェリシアそっくりの口調で話しかけてきた。
「あなた、これから国は私が支配します。かなりの高さがあるからきっと痛くないと思うわ」
そして床に開いた落とし穴に突き落とされた。
離宮には防護のために魔法を使った罠が数多く仕掛けられているが落とし穴のような単純な罠もある。
魔術を一切使えないように拘束具を付けられたうえは、助かる見込みはない。
しかし気が遠くなりそうな時間を落下してのち、柔らかに伸びる網に絡み取られて止まった。
「やあ、ひさしぶり」
場にそぐわぬ明るい声で呼びかけられたティラノは、自分以外にだれかがいるのを知った。
完全に忘れていたがこの離宮の地下には確か狂人を閉じ込めていたはず。
名はラルー。
大戦の功労者の一人だがティラノに嫉妬して、フェリシアを斬れなどとたわけたことを言い出したのでここに落とした…
そして愕然とする。
こいつの言っていた事が正しかったのだ。
「だから言っただろうフェリシアは魔に憑かれたんだ。聖戦士であるお前と、不確かな未来を夢で見ることしか出来ない私。あいつはより確実に人類を支配できるほうに乗り換えただけなんだ」
衝撃を網でかなり吸収されたとはいえ、落されたときに受けた衝撃で声のでないティラノにラルーは続ける。
「ここにお前と落とされるのも分かっていたんだ。多少荒っぽいが対策はしてあったんだ。助けが来るから少し待て」
待つほどに、小さな明かりが近寄ってきてあたりを照らした。
魔法を使わず、ランプにともした明かりを持ってきたのはラルーと同じ黒い髪黒い目の青年。
「これは息子なんだ。私とフェリシアのね」
青年はフェリシアによく似ていた。




