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生きていたんだけど最悪だと言っています

その、何と言いますか人間関係がカオスです。


 マリシアがローグに行かなかったように、ベルとジェシカもローグに行かず、まだティライアにいた。


 ジェシカの額に突き刺さった針はゆっくりと引き抜かれ、不思議なことに全くその痕跡を肌に留めなかった。


「ローバー男爵、これで術は全て解けた。どうだね気分は」

「最悪ですね、侯爵さま。中途半端に思い出して気分はもともと良くなかったのですが、おかげで全部思い出しました。最悪です」


 侯爵に針を刺されてローバー男爵の記憶は一気に過去の19才のあの日に戻った。

ノルンの国王はすでに何人か愛妾がいたがやっと正妻を娶ることになった。

その婚礼に合わせて、貴族達も競って婚礼を行い、デルビオス侯爵、ロンバルト男爵、ローバー男爵の3人もまた正妻を娶ることになった。

その日は胸騒ぎというより、新しく妻となる人が来るのが待ち遠しく、いつものように花の精霊を連れてローバーは馬を走らせた。

そして、あと少しのところで間に合わなかった。

御者のいなくなった馬車の横には山賊のような二人の男が立ち、その目線の先で裸で絡み合う男女。

疾風となったローバー男爵は刹那に二人の首をはね、近寄り信じがたいものを見る。

男の体が自分の妻となるジェシカの体に溶け込もうとしているのだ。

思わず男の体を引き剥がそうとしたが、つかんだその手が解け合わさる。

それから気がついたら自分はあの溶け合わさっていたジェシカに取り憑いた男で、命じられたままに体に残された不完全な記憶を読み取り、ジェシカとして子を産み育て…そして有る日、忘れかけていた使者が来た。

ローバー男爵を殺せ…

そしていろいろあって、ベルに誘われるままにこの会合に出て、デルビオス侯爵に針を打たれ、全てを思い出した。

体が入れ替わった衝撃で動けない自分にジェシカが何をしたのかも。

クソッ、ジェシカめ、最悪だ。

しかしそう怒っただけで許してしまう男爵だった。

不本意な変則的なものだったが、たしかに二人の間に幸せな生活はあったのだ。


 ベルはジェシカが最悪だの一言ですませてくれたのでほっとした。

自分はジェシカを、いやローバー男爵をずっと欺いていた。

ティライア中央学園から花嫁となりに行く馬車の中でジェシカは見送られたときの笑顔と違って憂鬱だった。

夫となるローバー男爵は武芸に優れ、評判の若き領主だったがそのことがますますジェシカを憂鬱にする。

つまり断りようが無いのだ。

これもまた非の打ち所の無いジェシカにも一つだけ問題点があった。

そのつまり、ジェシカは男よりも、女が好きな人だった。

神様この馬車を止めてくださいと祈ったとき、本当に馬車が止まってしまった。

山賊に馬車から引きずり出され、ふと気がついたときには精霊として裸で倒れている自分とローバー男爵の上に漂っていた。

自分自身はなぜか触りづらかったので、まずは男爵を起こそうとして体に触れると、吸い込まれて目が見えなくなる。

いや、自分が目を閉じて倒れていたのだ。

起き上がってみると、目の前にまだ倒れている自分。

頭の中をなんだこりゃぁ! の文字が走り抜ける。

そしてローバー男爵の記憶が流れ込んできた。

山賊に襲われ怪しげな術に掛けられているところを…

そして襲撃した男の記憶もあった。

その砕けた襲撃者の記憶を調査して、襲撃者が禁呪に失敗したこと、もう元に戻れないことを知った。

体に残っていたローバー男爵の記憶を頼りにブーツから針を取り出し、まだ眠っている自分の額にまた針を刺し込んだ。

ローバー男爵に襲撃者の記憶を移し、ジェシカの体に入った男の役をしてもらうことにしてさらに記憶を少し操作した。

ジェシカの体にも彼女の記憶が残っていたのでローバー男爵はジェシカとして、ジェシカはローバー男爵として幸せな生活を送っていたが…

ある日、久しぶりに接触してきた混沌神の巫女に命令されたジェシカに毒を盛られた。

そしてその衝撃でロ-バー男爵の体から精霊として弾き飛ばされ、ローバー男爵の体はジェシカの意思に関係なく動き出したのだった。

事態の急変にジェシカは尊敬していた恩師の学園長にすべてを告白する手紙を書いたのだが、なんだかんだで連絡が取れたのがつい最近のことになってしまった。

ジェシカからは頼みづらかったのだが、学園長がやはり教え子だったでルビオス侯爵に話をつけてくれた。

そして何回にも分けた治療が、混沌の狂信徒と戦う会合のついでだったのだ。



 ジェシカの頭に手を当てていたデルビオス侯爵は円形に並べられていた椅子のひとつに座った。

マリシアと分かれたジェシカはローグに向かわないでティライアのノルン上屋敷にいた。

人払いされたさして広くない王の御座所、集まったのは影の長、闇の長、夜の三家の長。

順にリリエル女王、デルビオス侯爵、ロンバルト男爵、そしてジェシカとベル…。


「待たせた」


入ってきて席に着いたのは皇后とそして…ティライア中央学園の学園長。

皇后はマリシアそっくりの顔を今日は隠していない、身軽に椅子に腰かけながら、隣になったジェシカに話しかける。


「ローバー、この顔ぶれでいるときくらい男の姿に戻ってもいいだろう」

「戻りたいんだがな、できてしまってあと10か月くらいは無理なんだ」

「大変だなぁ、一応めでたいと言っておくかな」


などとごにゃごにゃ口籠りながら皇后は椅子を直す。

それを横目にジェシカは、


「産むのって大変なんだぜ。一回産んでみたらどうだ」


などと小声で返し、横で聞いていたベルも赤くなる。

ベルもできているのだ。


 こんな軽口を身分を超えて言い合えるのも理由がある。

最初の会合で色ボケ脳筋馬鹿の変態だと思っていた皇后の壮絶な生涯を知り、同じ敵を持つ同志だとわかったためだ。




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