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勝者はいなかった

 教会から追る放されてもマリシアは神に仕える神官だった。

人々の体と心を癒しこの世に神の平和な世界をつくる。

そのためにどんなに自分の立場が変わろうとも、人々の傷や病を癒し、悩める人の隣に寄り添おうとした。

でも…

頼って欲しい人が頼ってくれない。

悩んでいるのが明らかなのに。

ずっと一緒だったはずなのにクリスは遠くに行ってしまったように感じる。

そして今、ローグに避難せよと言われて荷物をまとめる。

カバンを持つ手に涙がおちた。

ずっと傍に居たいのに。

今、マリシアの立っていた場所にベルがいる。

クルスの隣に立つことが出来ないならば前に立てばいいんだ。

そのためには力が要る。

大きな大きな力が要る。


 マリシアは早々と火を入れた暖炉に鉄の棒を挿しこむ。

日頃かけていないドアの鍵をおとし、窓のよろい戸を閉める。

帯を解き肩に手をやると着ていたローブがするりと落ちる。

鏡に映るのは全く異常の無い健康な体…そう、異常が無い。

ティアやニューはそうであってもおかしくないにしても、新しく来た自分と同じ体を持つマリシアの子か孫か…さえも新しい命を宿し始めているというのに。


 マリシアは先端の丸い部分が真っ赤に焼けた鉄の棒を火から取り出し、自分の胸に押し付ける。

肉の焼けるにおいが立ち込め、マリシアの胸に、クリスの名を刻んだ奴隷紋が浮き上がった。

これで失敗しても大丈夫。

マリシアはここ二日ほど使われていないベルの研究室から持ち出した冠を取り出した。

肉体だけ促成発育させた体にかぶせれば、皇后のコピーが出来上がる。

しかし自我の有るマリシアが被ればどちらの人格が勝つのだろうか。

冗談を装ってベルに尋ねてみれば7割がたはマリシアが勝つだろうとねと笑われた。

だけど性格は変わっちゃうかもね。


 性格が多少男っぽくなってもいい、聖戦士の力さえ手に入ればクリスの前に立てる。

もしも失敗しても、意識をのっとられても奴隷紋さえ刻んであればこの体はクリスの役に立てる。

マリシアはもう一度誰もいないことを確認して冠を被った。


「カウラス、止めなくて良かったの?」

「クリスは怒るでしょうけど、マリシアが自分で考えたことですからね」





 俺とベルが決闘の場所に指定された空き地に行くと、レオナ一人が先に来て待っていた。


「レオナ、ジェシカさんはどこだ? 決闘の相手はお前で良いんだな」

「お相手するのはあなたがよく知っている人よ。すぐくるわ。ジェシカは心配しなくてもそっちが勝てば生かして返してあげる」

「つまり今はかろうじて生きているってことだな」

「こわいこわい、ちょっとぼろぼろになってるのはたしかね。でもやったのは彼よ、今は彼女かしら。」


 転移の魔方陣が光りぼろぼろになった母さんが現われた。

すぐにベルが駆け寄り介抱する。


「生きているなら何とかするさ。ところでお前死んだんだよな。胸に珍しいアクセサリーをつけて、それ死霊のおしゃれかい」

「心臓が動いていなくっても大丈夫だからって死霊じゃないわ。精神生命体ってわかる?私死なないのよ」

「へぇ~、そうかい」

「それじゃあ決闘のルールだけど、一対一で勝負は決闘者のどちらかが死ぬまで。そちらはあなた、こちらはローバー男爵。勝ったほうがジェシカとベルを連れて帰る。いいわね」

「おい待て、お前の奴隷をつれて帰ってもどうにもならないじゃないか。こちらが勝ったらジェシカさんの支配権をよこせ」

「細かいわね。どうせこちらが勝つからそれでいいわ。そろそろ来るころだけど準備はいい?」

「ああ」


 とっさによけたが、かわしきれず俺の左腕が地面に落ちた。

下に流れた銀光が水平に凪ぐ。

軸足の左が横にずれ、銀光は更に跳ね上がって斜めに軌跡が走る。

血がほとばしる間も無く銀光は穏形を解いたローバー男爵の鞘に吸い込まれた。


「だから準備はいい? って聞いてあげたじゃない。卑怯だなんて言わないでね」

「言わないよ」


 こりゃまた綺麗に切れたもんだと、落ちているわら人形を見下ろした。


「どうして?」

「どうしてって、ただの幻術じゃないか。動くな!」


 華奢な少女の体に男の首をつけたローバー男爵は剣の柄に手を当てたまま動かなくなった。

そしてレオナも驚愕を顔に貼り付けたままの姿で止っている。

あの双頭の黒竜以上の力は未発のまま止められていた。


「なぜ?」


 俺はレオナにゆっくりと近づき、胸から突き出ている鉄の杭を握り締め引き抜いた。

再び動き

出すレオナの心臓。


「お前の鼓動が止まったから契約は終わったはずだったんだ。だけど自分で認めたよな、私は死なないって。だからお前はまだ俺の奴隷だ、ローバー男爵もな」


 俺とレオナに入っているヤツと交わした契約魔法は、奴隷紋を刻みこんで行ったものではない。

契約の神に対して正式に誓ったものだ。


「ここはどこ? 私は何でこんなところに」


 罰則はこの世界からの魂の消滅。


「ロビン、この娘の面倒はお前が見ろよ」

「わかった」


 レオナに取り憑いていたヤツだけを消滅させて終わった。

後は二人の奴隷紋をなんとかしないと。

ちょっと気持ち悪いが父さんも嫁にしてしまうか。

……

俺が突き飛ばされた直後に音の無い轟音が響き渡った。


「ジェシカ~」


ボムッ!


 完全に油断していた。

俺を突き飛ばしたロビンは父さんの放った魔力の塊に千切られ、俺を害しようとした父さんは奴隷紋によって頭が爆発した。


 こんな、こんなことって…

決闘が行われるはずだった場所には、敗者のみが残った。




 









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