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もう子ども扱いはやめました

 決闘の前日は俺の心と正反対にきれいに晴れ上がった。

明日もいい天気が続きそうだ。

前回の公式な決闘の後は皇后サイドからの公な接触はなにも無い。

もっとも夜間に屋敷に忍び入ろうつするやつらは後を立たずひそかにマリーが片付けている。

マリシアは嫌がったがベルと、マリー、それから偽ティア以外を全員ローグに送った。

アーサーの故郷に行ったルタはアーサーがどうやら皇后の隠し子らしいと分かった以外ほとんど収穫も無く戻ってきたが、フェリスで何か起こるかもしれないとすぐ出かけて行った。


 今広い屋敷には4人しか居らず閑散としている。

冬が近づき日の落ちるのも早い。

今日はもう寝るかと自分の部屋に戻るとベルが一人で酒を飲んでいた。

テーブルの上には半分になったボトルとグラスがひとつだけ。


「俺のグラスは?」

「あなた、酔わないでしょ」

「それはそうだけど…」


 左手を前に出すと空気中の水分が集まりグラスを形作る。

氷のようなものだが冷たくはない。

黙ってボトルから琥珀色の液体を注ぎ、口に含む。


「味はわかるよ、だから置いてあるんだ」

「ジュースにしておけばいいのに」

「余計なお世話。子ども扱いはしないでほしいね」

「そうね、だから来たの」

「なんだよ、それ」


もう一口含むが、ふむ、今日は味がわかんねぇ。


「もう覚悟はついた?」

「ん? 相手が魔王だと手加減できないね、剣を向けられたら全力で行くよ」


ベルはため息をついて俺を見る。


「そっちのほうはとっくに結論が出てるでしょう。わかるでしょ? 抱くにするか、抱かれるにするか、どちらにせよ覚悟は決めたか聞きに来たのよ」


 ベルは契約魔法についても詳しかったんだっけ。

レオナは剣で直接肌に契約魔法のしるしを刻んだという。

数ある契約魔法の中でも一番たちが悪い魔法だ。

俺はこれを魔人になったマリーを従えるときに使った。

心を変容させてしまうこの術は、めったに人に対して使うものではない。

仮に主を変えても、先の主が何か心に細工をしていたら元に戻すことは難しい。

契約の解除は絶対にできないが、より強力な契約魔法で上書きをすることはできる。

この場合契約の神に対してできるのは、愛を誓う契約しかない。

なぜかその契約だけが特例的に最悪の契約を上回ることができる。

あまりにも厳しい契約魔法に対して神の作った救済措置ということだろう。


「もしかして知らないかもしれないから教えておいてあげるわ。クリスとロビンは母親同士が姉妹だけれど、義理のというのが付くのよ。どう? 少しは楽になった?」


 今更この体と血の繋がりはないと言われてもねえ。

実はそっちのほうはあまり考えてなかったりするんだが。

こういったものは心のありようってのが大切だと思うんだ。


「ところで、さっきの話に戻るんだけど」

「なに」

「もうクリスの子ども扱いはやめることにしたの」

「だったらグラスは2客いるだろ」

「ちがう、これは私も覚悟を決めるため」

「なんだよ、酔いつぶれる前に早く寝たほうがいいよ」

「そうね、寝ることにする」

「おやすみ」


 残っていた酒を一気に空にすると、グラスはわずかに酒の香りを残して宙に消える。

ベルは部屋から出ていかず、俺の前に来ると来ていたローブを足元に落とした。


「私もあなたの妻の一人です。それに今日は”誰でもの日”でしょう」


生まれて40近いベルだが、こういったことは初めてということだった。

俺はほぼ毎晩だけど…


 明日の決闘の勝った後しか考えていない。

相手がたとえ絶対神であったとしても、俺は負けるわけにはいかないからだ。


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