うそは要らない
人を騙すのにうそは要らない。
真実の都合のいいところだけをきりとって、信じたい夢を見せてやればいい。
たとえそれが悪夢であっても…
やっと自分に運が向いてきた。
後はこの杭を引き抜くだけ。
痛くもなんとも無いのだが、胸に突き刺さったままの鉄の杭は邪魔になる。
ありふれた鉄の棒のように見えるが、もとは破邪の武具の一部かもしれない。
しかしあの拷問部屋に入ったときには驚いた。
魔王がいたからだ。
あれを認識したとき恐怖で身がすくみ、全く動けなくなってしまった。
しかも、魔王の瘴気で隠れていた女にも気づかず刺されてしまった。
女はノルンの第3王女で魔王が現れた日以来ずっとここに隠れてたらしい。
よほど怖かったのか、一通り暴れた後、魂の抜け殻になった。
刺された自分としては暗殺者としてあってはならないへまをしたわけだが、世の中何が幸いとなるかは分からない。
おかげで無事に刺されて死ぬことが出来たのだ。
奴隷契約の束縛から逃れるためにはそれが必要だったから。
刺されて心臓が止まっても自分には不死の魔法がかかってある。
それからさらに幸運なことがある。
魔王の体が手に入った。
長いレオナの人生で人が魔人になるのを何度か見てきた。
なりそこなうのも見たことがある。
この首のない魔王は魔王化する直前に首を落とされたのだろう。
この魔王に頭さえ与えてやればクリスに対抗することができる。
クリスは軍団を率いて黒き竜の魔王を倒したようだが、一対一では魔王に勝てないだろう。
魔王の頭にはクリスに対して狂えるほどの復讐心を持ち、かつ誰よりも優れた武人であることが望ましい。
思い出すだけで笑いがこみあげてくる。
馬鹿どもめ。
先ずロビンは簡単にレオナを信じた。
彼に嘘は全くついていないし、レオナは自分の女だと思い込んでいる。
無駄に毎晩相手をしてやっていたわけではない。
男爵は証拠を見せるまでもなく信じた。
どうも以前から心が壊れかけていた形跡がある。
本物のジェシカはクリスのところにいるベル・ロンバルティスだと教えてやったら、それこそ完全に壊れてしまったようだ。
まともな判断力の残っていない男爵は言われるままに治療に使う台の上に上がり首を切り落とされた。
男爵は本当に疑うことを知らなかった。
首を切り落とす前に術をかけていいですか、と尋ねたのだが即諾してくれた。
首は切り口を体に合わせるだけでつながり、レオナが掛けて発動したのは予め体に刻んでおいた奴隷紋の術だった。
ちなみにジェシカは奴隷に堕ちることを承諾しなかったが男爵が承諾した。
男爵が家長だからな。
代行できる。
今レオナが男爵に出している命令は『その女を殺すな、壊すな』
クリスに対しての人質を死なせてはならない。
狂った男爵は魔王の力を得てからずっとジェシカと部屋に閉じこもっている。
何をしているのやら…
あとはクリスを呼び出してこれにぶつけるだけだ。
ロビンは腑抜けになってぼんやりと一部始終を見ていたがどこかへ行ってしまった。
それにしても馬鹿な親子だとレオナは笑った。
それにしても杭が抜けない、なぜなんだ。
ロビンは俺の屋敷にいた。
ベルに会いに来たのだ。
「あいつは犯罪奴隷だと言ってあったはずだ!」
「だけど…」
「嘘をついてるようには思えなかった、ってか」
「そうだよ」
「お前、ジェシカさんにあなたの生まれた時の名前はなんですか?って聞いただけなんだよな。それでなんでジェシカさんを奴隷にするんだ。今ベルにあなたは私の母親ですか?って質問してどう返事されたんだ。嘘はつかれなかったよな!」
「もちろん私は違うって答えたわ。確かに私がジェシカだけど。あなたの母親はあの人よ」
「なんでそうなるんだよ!」
「だってあなたを産んだのも育てたのもあの人だもの。それが真実」
「お前は名前は何かって聞くよりも、今ベルにした質問をすべきだったんだよ!お母さんですか?ってさ。自分のしたことがわかってんのかよ、どあほう!」
大の男が泣きながらうずくまるのは見苦しい。
元の自分ながらこいつがこんなにあほうだとは思わなかった。
俺は俺自身の始末をつけねばならない。
くそっ。
「決闘に勝ってジェシカさんは取り戻す、叔父さんは諦めろ、いいなっ」
「…」
俺はロビンにではなく自分に言い聞かせた。
それしかないじゃないか…
どう考えても…




