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悪魔との契約

現在地

 ノルン王国、ノルン城下町

 人々が剣を腰に下げ、攻撃魔法をすぐにぶっ放すこの時代、人の命はかなり軽いものではあるが、あいつが邪魔だから、といってすぐ殺せるものではない。

それで、殺しのプロなんてものが発生し、その中で分業したり組織を作って群れる者が現われるのも自然な流れだった。


 組織からも依頼は受けるが基本的にフリーで”ヤツ”と呼ばれる殺し屋がいた。

年齢性別そのほか組織にも全く姿を見せない彼は、ヤツに先を越されたと言う者が多くなった結果”ヤツ”が個人の名称として定着してしまった。

つまりそれほどの腕をもっている殺し屋が、前回俺に暗殺術を仕込んでくれた師匠だったりする。

尊敬はしていないし感謝もしていない。

こいつがリリエル姫を、俺たち一行が帝都についてすぐに暗殺した主犯だ。

暗殺を手伝わせるために俺はヤツにだまされて契約魔法で縛りつけられたが、ついでに奴隷のように雑用や暗殺にこき使われ、さらには人体実験の材料にもされた。

絶対にヤツに逆らうことのできない俺は、いくら能力を高めてもヤツに反逆する可能性がなく、不可能と言われた魔法による強化や技能の移植実験に最適の素材だったのだ。

肩が壊れていた俺は結局ヤツから移した暗殺技能しかまともに使えなかったが、そのことが大いにヤツのツボに入ったらしく、上機嫌で「師匠と呼べ」とぬかしやがった。

もっとも技能はヤツが死んでから魔族相手に更に鍛え上げられたが。

そして神官でもないのに俺が効率が悪いながらもヒールしたりできるのは、さらってきた司祭の技能を俺に移したことによるもので神の元で修行して身につけたものではない。

ただどこで間違ったのかふつうと少し違う効率の悪いものだった。

俺が自由になれたのは偶然に起こった事故に巻き込まれてヤツがぽっくりと地獄に旅立ち、俺を縛り付けていた契約魔法が解除されたためだ。




 俺たちが貴族局の宿舎で一休みしていたころ、マカネン男爵の館の片隅で男が一人仕事をしていた。

死者の体をきれいに清め納棺する。

一般的に教会の下男が行う嫌われ仕事だったが、彼が体調を崩していたので暫く前から城外の聖堂の周りをうろうろしていたこの男が臨時に雇われた。

男は死んだマカネン男爵を隅々まで検め、念のためにと頭蓋を断ち割って調べている。

驚きのうなり声が思わず口から漏れる。


「うぅぅぅむ」


 恐ろしく腕のいい暗殺者どうぎょうしゃの仕事だ。

治癒魔法を掛けたためもあるのだろうが外傷は一切無かったが、脳に出血の痕が一直線に走っている。

自分でもここまできれいに刺せるかどうか。

死体を元のようにきれいにしていると、男は自分の雇い主になるはずの男を殺した相手にふつふつと怒りがこみ上げてくるのを抑えきれなくなる。


「なめやがって」


 この男はヤツに取り憑かれた、ヤツそのものだった

暗殺対象と依頼主がお互い立場を変えて狙いあっているというのは意外と良くあることで、ヤツと呼ばれるこの男は、今まで一度も遅れを取ったことが無い。

ヤツは恐れられる対象でなければならず、決して侮られるわけにはならないのだ。

まだ正式に依頼を受けていないが、クリス・バル・ロンバルトにはマカネン男爵と同じ方法で死んでもらうことにする。

この仕事を誰がしたのだか分からないが、それで思い知ることだろう。


 ヤツは貴族局が採用したての若い女官に乗り移って貴族局にいた。

術によって人から人へと憑依する。

実はこれがヤツが正体を誰にもつかませず、着実に仕事を行うための秘密だった。

信頼している友人はもとより、親が子に、子が親に針を突き立てるなど誰が想像できるだろうか。

針を使うのは、手を掛けたのが自分、つまりヤツと呼ばれる暗殺者であるという意思表示のためだけである。

闇の一族が精神を繰るのに脳に針を打つのとはかなり異なる。

ヤツの技術を受け継いだ俺も針を使うが憑依はできない。

ヤツの憑依の仕方では、乗り移った相手の額に赤い星のあざができるし、別人になるためには2時間ほどかけることが必要になることが欠点だった。


 女官になったのは、殺す気満々だったクリスの妻だというマリシアを一目見て気に入ったからだ。

クリスを殺すより、自分が乗り移ってマリシアを身も心も自分のものにする。

乗り移る対象が女でも、男に改造してしまう手段がヤツにはあった。

マリシアが嫌がれば最悪だまして奴隷にしても良い。

ヤツは使用人を探すクリスに異常ともいえる奴隷契約の条件を出して採用を待った。

契約魔法による永続雇用は雇い主にとってこれほど安全確実なものは無い。

契約魔法で隷属化した相手は決して契約に違反できない。

つまり、自分で奴隷にしてくださいといっているものだが、契約相手が対象をこの体の持ち主、栗色のお下げ髪の少女、レオナだと認識している限り別の体に移れば名前が変わるので自動解除できる。

つまり契約主である俺になってしまえばいいのであった。


 他の新米女官たちと簡単な面接をした後、一人呼び出された小部屋で、事務机の向こうで一人で座っている少年、クリスは予想外の奴隷契約とも言える内容に、おどおどとした動作で契約の魔法書をヤツの前に差し出した。


「本当にこれでいいの?考え直すなら今のうちだよ」

「どうしても今、お金が必要ですので」


 安くない金額だが、生涯ずっと給金を払い続けるよりはかなり得になる、疑われないようにそんな金額が書き込まれてある。


 「それじゃ、ちょっと痛いけど僕が押した下のここに血を付けてね」


 そう言いながらクリスは顔をしかめながら指の先をナイフで少し切ってまず紙に押し付けた。

クリスの名前が書かずとも浮かび上がる。


 「君は、ここだよ」「はい」


 渡されたナイフで指に傷を付け、クリスが押した下に血を押し付ける。


 「できました」


 ここで紙にレオナの名前が浮かび上がって契約が終了するはずだったが、クリスは体の持ち主ではなく、魂の持ち主の名を意識して呼んだ。


 「よろしくね、ヤツさん」


ヤツは誰も知らないはずの自分の本名が紙に浮かび上がるのをただ見つめているしかなかった。

クリスが本名を知らなくても、明確にレオナを暗殺者のヤツと認識している以上隠していても魂の名前が出てくる。


 「許可するまで別の体に入るなよ」


 それも知られているのか、なぜ? ヤツは呆然とその契約の紙が炎を上げて消えるのを見つめているしかなかった。


 

 俺は茫然自失のヤツには目もくれず燃えていく契約の紙を見つめていた。

クリス・バル・ロンバルト、確かにその名前が記されていた。


「許可するまで別の体に入るなよ」


 それだけはまず、言っておかねばならない。


「さて、まずこれを飲め」


 水差しを勧める。


「これは有料だからお前が支払うように。料金は…」


ヤツの顔が驚愕にゆがむ。

当たり前だ、支払う約束をした全額をたった一杯の水の料金として支払えと言っているのだから。

あまりにも理不尽なことを言われているのだが始めからそんな大金を持っていないので仕方がない。

今はそれなりにかわいい顔をしているが中身がヤツなので全く俺の良心に恥じることは無い。

やつが俺にしたのと同様、聞きたいことを聞き出しきっちりと設定してからマリシアに引き合わせた。

マリシアはレオナの顔を見るなり、「まぁたいへん」と顔中のにきびと、ついでに額の星型のあざも解呪して取ってしまった。

憑依の術が固定されて、さすがにめそめそ泣き出したレオナの代わりにおれがこたえた。


「今まで取れなかったのがきれいになって泣きたいほどうれしいんだとさ」


 暗殺者同士だけに分かる合図で無理やりヤツに礼を言わせてやった。


「ありがとうございます」


 それを受けてマリシアもいつもの善意の塊のようなスマイルでニコニコしている。

いいことだ。

二度と他の体に入れなくなったらしいが、かわいくなったからそれで良いじゃないか。

少しばかり演技が崩れかけたが、さすがに一流どころだけ有ってそつなくぽっと出の純真な田舎娘を俺の命令どおり上手に務めている。


 そして昼下がり、俺とマリシアはレオナを後ろに連れて国王陛下と王女殿下に拝謁するため迎えに来た侍従に案内されながら登城した。

結婚すれば年齢を問わず一人前扱いされるのでもう親父はついてこない。

国同士のあれやこれやで、赤ん坊が結婚しても同様に扱われる。

式務官にだっこされてだが。

王宮へと上がる道でロビンたちとすれ違い軽く会釈だけしてすれ違った。

前回の時は、跪いている俺たち家族を見て、陛下の「うむ」だけで終わったんだよな。

俺たちが仕えるリリエル王女にはほとんど会わせてもらえなかったし、姫の護衛を名目に帝都の学園に入学したが実際の警備は帝国の武官とこちらから付いて行く侍従や女官たちがするし、俺もマカネンの野郎もあえて何をせよとも言われなかった。

ただ、他国の同世代に人脈を広げる、それが大事なことだとだけ出発直前に言われたのだが、実際には帝都に入ったばかりの町でヤツにだまされて手下にされるし、王女は暗殺されるしで、もしも魔族の襲撃が無く、事故で死んだヤツからすぐに開放されなかったら、ずっと日陰の生活を送っていたに違いない。

今回、まったく身に覚えはないだろうが、ヤツめにきっちりと仕返しをしてくれるわ、フッフッフ。


 今回もそうだろうと、緊張のかけらもないままに一応神妙に膝をついて頭をたれていたのだが、どこかで聞いたような女の声が耳に入ってきた。


「遠い親戚筋だとは聞いていましたが、本当にそっくりですわね」

「うむ、これなら良かろう」


 許可が出たので顔を上げると、金貨に彫られているのでそれと判る国王陛下ともう一人。

お、俺!

俺そっくりの少女が目の前にいた。

侍従が教えてくれた。


「リリエル第二王女殿下です」


 俺のほうがほんの少しだけつり目なのかな、とにかく髪の毛の長さ以外は声もそっくりな人間がもうひとりいた。

マリシアもさすがに驚いてかわいい口をぽかんと開けている。


「クリス・バル・ロンバルト、姫の影を命ずる」


 えらいことになってしまった。

そのまま俺は一人別室に連れ出され、素っ裸にむかれて健康診断やら衣装の採寸やらされて、おまけに実力を見るとかで近衛の武官と立会いをやらされたり…はぅ。

わたされたへんなマスクを着けたままおれたちがへとへとになって宿に帰り着いたのは深夜だった。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「あなた、おかえりなさい。そのマスクどうしたのですか?」

「今日から普段はこのマスクをつけておけってさ」


 リリエル王女と危機の時入れ替わるために普段は顔を隠せってことらしい。

めんどくさい。


 夜はマリシアと一緒だがふと思いついてマリシアと打ち合わせをした後、レオナのいる隣の使用人部屋をノックした。

宿の偶数番号の部屋は従者用の小部屋である。


「おいレオナ、許可する向こうでマリシアと寝て来い」


 そう言ってレオナを追い出して俺はそのままレオナのベッドで朝までぐっすりと寝た。

同性同士の婚姻においては夫が許可すれば妻は誰の相手をしても良い。

これは貧しい貴族が戦での部下への恩賞のために妻を使ったというくらい歴史があったりするのだが…。

99%以上完璧なマリシアの欠点があれである。

かつてシェリーから聞いたことが有る聖女マリシアの修行方法とやらを妻のマリシアに始めさせているのだがまだ成果は出ていない。

レオナ、すまないが相手をしてやってくれ。


 朝、いつも以上にサッパリとした顔でニコニコしているマリシアとぐったりしているレオナがいた。

小さな声でそっとマリシアに尋ねる。


「どうだった?」

「かわいい娘ですね、朝までみっちりがんばっちゃいました」

「出来ないようにはしたんだろうな」

「あ」

「おぃ」


 もともとヤツがしたがったんだ、立場が逆転しても大丈夫だろう。

俺があの術を使えるようになるまでまだ暫くはレオナにがんばってもらおう、うん。

俺にはまだあれはちょっとばかり早すぎる。














俺 クリス

 男爵家長女で嫡男の留学生候補。


ヤツ

 前回、俺をだまして奴隷化した殺し屋


レオナ

 15才くらいの女官でヤツが憑依している。


マカネン男爵家にいた男

 ヤツが憑依している。


マリシア

 俺の嫁。治癒士

 俺は女だが男爵家の跡取りであるため法的に嫁になる。


リリエル王女

 ノルン第2王女

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