母さん答えてよ
ノルンの王城は魔王が退治された後も、瘴気が残っていたために荒れ果てたまま廃城になっている。
いつまでもそのままにしては置けないので、帝国や近隣の国からも神官たちが応援に来て浄化を始めたのだ。
そしてその一人が城内の夜の神の神像の後ろに隠し扉があるのを見つけた。
封印らしきものが落ちており扉は簡単に開く。
瘴気はその奥から漂ってきているように感じる。
実は城全体に漂っているだけなのだが。
恐る恐る入ってみると見知らぬ神の印が壁に刻んであり、通路は地下へ続いていた。
この下で邪神が祭られている。
魔王はそこから召喚されたに違いない。
そう判断したその神官は無理をせずに引き返して近くにいたロビンとレオナに怪しい通路を見つけたことを伝えた。
帝国から来た神官はロビンたちも邪心の印を見つけたと聞けば自分と同じように逃げるだろうと思っていたので増援を呼ぶためにまっすぐに指揮所まで走っていった。
そして指揮所で地元の神官からあなたの勘違いだから問題ないと告げられた。
ロビンもこの城に滞在したこともある地元の人間なので、あわてて走って行った神官の勘違いにすぐ気が付いた。
「今の神官の言ってた邪神って昼の女神様だよな」
「え? 昼の神様は男の神様でしょう」
「レオナも知らないのか。寒さの厳しいノルンではあったかいお日様が女神様で、凍りつく月が男神様だったんだよ。今は月の男神様は夜の神様ってことになってるけどね。せっかくだから見せてあげるよ」
この世界ではもともと暑い南方ではギラギラ輝く太陽が男神として、過ごしやすい夜の月がやさしい女神として祀られていた。
北の国々ではその逆である。
ただ田舎のノルンを除き、一神教の信仰が広がったため太陽=女神の信仰はなくなった。
500年前の魔族との戦においては人類が絶滅寸前までいったため、宗教間の垣根が取り払われて、便宜的に名を告げることもできないくらい偉大な神が、方便として色々な神に化身して人々を導いて下さるという風に統一された。
”ミーロクの神が唯一絶対のものだ、ノプシャケヌング等という邪神の治癒など受けられない”
などという者は早々と死んでしまった。
生き残った戦士たちは、戦友たる異教の神官たちとも手を取り合って戦ったのである。
それ以来、唯一神の元にいる神々をそれぞれが信仰するようになった。
このときノルンの神は性別という観点から他と折り合えず変質してしまったのだ。
「これが昼の女神様で、もともとは上の夜の神様と一緒に並べてあったんだよ。大昔はこの2柱が合体した時の神様も信仰されていてね、たしかこの近くにまだ祭ってあるはずなんだけど」
「そうなのですか、ここに隠し扉があるようですけどもしかしたらこの奥なのでしょうか」
「たぶんそうだと思うよ、時の神像はもうこの城にしか残ってないはずなんだよね。ちょっと行ってみようか」
「はい」
隠し扉の向こうは狭い石造りの階段が下に伸びていて、ロビンたちが通るとまだ生きている魔力での照明が足元を照らしてくれる。
降り切った場所にある扉を開けると、地下の大空洞に出た。
真ん中に成人男性の10倍くらいの矛を携えた金属製の神像がそびえていた。
一見たおやかな女性のようだが力強くて…なんとなく…
「クリス様によく似てらっしゃいますわね」
「俺もそう言おうと思ったんだよ」
神像をよく見ようと後ろにも回ってみるとそこにまた扉があった。
特に警戒もせず扉に触れると足元の床ごと回転し、ロビンたちは20歩四方くらいの部屋にいた。
危害を与える罠では無かったものの冷たい汗が出る。
見渡すと、そこは拷問部屋だった。
造りが新しく、近年に入って使用された形跡がある。
何よりも並んでいる石台の手前でうつぶせに倒れる首のない女の死体。
着ている衣服は皇女クラスのもの…
近寄って見て驚く。
「生きてる…」
その時だった。
「いやぁぁぁぁ~」
叫び声とともに隠形術で隠れていた若い女がとびだしてきてレオナと交錯する。
ロビンがあっと思った時には金属の杭がレオナの心臓を貫いていた。
帝国で公認されている神々の中で、暗黒3神とまとめて呼ばれるのが夜の神、影の神、闇の神の3柱である。
ロンバルトやローバーの一族が信仰しここで祀られている夜の神は、ロビンが説明していたように昼の太陽神と一緒に時の神として信仰されていたもので暗黒神ではない。
暗黒神たちはもともとは死の神ハドゥールを首座として祀られていた。
レオナの姿をしているヤツは自分でも忘れていたがこのハドゥールの信徒だった。
健康な他人の体を乗り継ぎはるか昔から生きていたはずだが、なぜか500年前の魔族との大戦以前の記憶がなかったがそれをまったく不自然なことと認識していなかった。
だが、その記憶以前に自分にかけた術が発動する。
部屋の中にわだかまっていた瘴気がレオナに集まってくる。
噴出した血潮が逆流し体に戻る。
痛みが無くなるとともにはるか昔、何者かによって封印されていた記憶が戻る。
レオナはあの時直接魔王と戦った一人だった。
今はもう名前も伝わっておらず、ただ不死者とのみ名簿に残る。
今心臓を貫かれて死霊術が発動し、レオナは生ける死者となった。
人を辞めたのと同時にクリスとの契約魔法が消え去る。
レオナは手に入れた自由に心の底から歓喜の叫び声をあげた。
「レオナどうした!」
おどろいて駆け寄ってきたロビンは刺した女を気絶させ、倒れて叫んでいるレオナの胸に刺さった杭を引き抜こうとする。
抜けない。
「大丈夫です、ロビン様」
「大丈夫って、お前…」
「私には不死の魔法が掛けてあるのです。それよりもお知らせせねばならないことがあります。実はクリスに騙されて契約魔法で奴隷にされてましたので言えませんでしたが… 実はジェシカ様は…」
契約魔法は消えたが、ロビンとつないであった魔力のつながりは残っていた。
戦場などで共闘する者たちがお互いの状況を伝達しあうのに使う魔法で、複雑な情報は送れないのだが嘘などつくとすぐに相手に分かってしまう。
レオナはあえてそれを利用した。
ロビンに奴隷化されたが、なぜされたかという理由を見事に省略して伝えたのである。
悪逆非道なクリス像にそれはないだろうとロビンは思ったが、レオナは嘘はついていなかった。
そしてロビンの母のことに話が及ぶ。
「お疑いになるのももっともですが、心をつないでご本人にあなたの真の名はと、問いかければすぐにわかることじゃありませんか」
そう、お互いに合意しないと心はつなげないが、契約魔法で真実の証明をせずともそれくらいならすぐにわかることだ。
ロビンはレオナに言われるままに気絶した女と首のない女を城から運び出した。
ロビンがローバー家に戻ると両親はちょうど夕食を食べ始めるところだった。
「まぁ、ロビン帰ってくるなら帰るって言っておいてくださいね、シチューはたくさんあるから今日はいいけど…どうしたの?」
いきなり両手をつかんだ息子にジェシカはきょとんとして尋ねる。
「ちょっと母さんに教えてほしいことがあってね」
「なぁに?」
「母さんが生まれた時に付けられた名前は何?」
何を馬鹿なことを、とローバー男爵は思ったが、答えずに蒼くなるジェシカを眺めているうちにある疑念がわき出る。
「レオナはクリスが俺たちをだましてるっていうんだよ。答えて、母さん」
時は凍りついた。




