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ちょっとした陰謀が大暴走

 ティライアの中心部分にある大邸宅の主の公的な身分は皇帝への取次役の、最下級に近い小役人だった。

豪奢な寝室でその小役人は悔しさで眠れぬ夜を過ごしていた。

ぽっと出の新興貴族が自分をないがしろにした。

彼の一族は、代々の皇帝が自意識を持たずそれに嫁いでくる皇后も鷹揚なため、いつしか皇帝名で勅令を好き勝手に発し政を専横してきた。

大臣や長官達でさえ自分に頭を下げるのである。

今更のことでは有るが、自分を見る皇后の目にも腹が立つ。


「皇后めっ」


 声に出してしまって辺りを見回す。

皇后の持つ権威と武力には歯が立たないのだ。

一瞬皇后の振りかざす大剣が頭をよぎる。

同時にあのクリスとやらの姿も。

そして閃いた。

やつらを噛み合わせれば良い。

それには決闘が一番だ。

お互いに妻を賭けての決闘など今時誰もしないが、誰も法の改変などしないから昔の決闘法はそのまま残ってある。

ロンバルト伯はおあつらえ向きに皇女という餌を付けているではないか。

馬鹿どもがたくさん釣られて食いついてくるであろう。

失敗しても危険も損も無い。

殺しあえ、愚か者たちよ。

含み笑いが一人だけの巨大な寝室に響いた。



 翌日、大臣の一人貴族局の長官が珍しく将軍達の集まるサロンに顔を出した。

取次役人の甥である長官はおしゃべりで有名な将軍に話しかける。


「これはお珍しい、いかなる御用ですかな」

「いえ正式な決闘が多くなりそうでしてな。どなたか審判になっていただきたいとお願いに上がったしだいでして」

「決闘とは穏やかではございませぬな。それにしても多くなるとはどういう訳ですかな?領土争いなぞ昔の話ですし、色恋沙汰でしたら一度限りのものでしょう」

「そのようなものではありません。ロンバルト伯ですよ。腕に覚えの騎士どもが群がりましょう」

「ますますわからぬが…姫が嫁いだ男に決闘を申し込むなど…不敬に当らぬか…」

「古から行われる女を賭けた決闘が有りましてな。それで挑戦されればロンバルト拍は武官ですから、姫を嫁にするにはふさわしい強き男であることを証明せねばならぬのです」

「妻を取り合うあれなら、こちらも妻か娘を賭けねばならぬが」

「相手が姫である以上こちらは娘を出さねばなりませんが、勝った場合姫と名誉が手に入りますし、負けても娘がロンバルト伯の妻に収まるだけでこれも名誉なことでしょう」

「なるほど、下級貴族や腕に覚えのある武官たちが飛びつきそうだな」


 平和が続く世にあって盗賊などを取り締まる下級の武官などと異なり上級武官たちは官僚化し、プライドは高いが実力は下がっていた。

だから直接戦闘の自信はない。

目の前の将軍や聞き耳を立てている将軍たちの様子からそれを察して長官は一言つぶやいた。


「配下に優れた武人を抱える者も申し込むでしょうなぁ。良き配下を持つのも貴族の力の一つですから、代理で戦う人材にも困りませぬでしょう」

「そ、そうか…」




 武官たちに広がる噂とは別に、宮殿に仕える女官が、巷の噂ですがとロンバルト伯の決闘騒ぎを皇后の耳に入れる。

戦闘狂である皇后は自分も血が騒いで挑みたくなった。

だが賭の対象になる者がいない。姫たちはたくさんいるが論外だし、いくらなんでも娘婿に決闘を申し込むわけにもいかない。

女官の独り言が聞こえる。


「私も申し込もうかしら。伯爵様はおやさしいってことですからきっと優しく勝負してくださいますわ」


 皇后は思った。

いつも覆面をしている自分の顔は誰も知らないはずだ。

偽名なら…

ティアを奪うわけにはいかないから美しいと評判の第2夫人でも取り上げてしまおうか…あの宴にも来ていた筈だが、顔を見ておけば良かったな…

負ける気の全くない皇后だった。







 訳の分からない決闘を申し込まれて頭に?を大量に湧かしつつも馬車を学園に進めると門の前で見覚えのある侍女が立っていた。


「メグ、だれか待ってるの?」

「はい、クリス様お待ちしておりました」


 他国に使える侍女と立ち話というわけにもいかないので馬車に引き上げると一通の封筒を差し出してきた。


「なに?これ」

「書いてある通りわが主からの決闘状ですわ」

「たしかにカイ・ド・ベレスの署名はあるけど…」

「詳しくは後で説明させていただきます」


 ため息を一つついたまま黙り込んでしまったメグを横において封を開けると先ほどの書状とまったく変わらない文言が書いてある。

訓練の行き届いた馬は指示しなくとも目的地の俺の部屋がある校舎に向かって進んでいく。

さりげなく聞き耳禁止の結界を張ると、メグがぽつりぽつりと事情を話し出した。


「ちょっとかわった姉がいるんだけど」

「確か男前って感じのお姉さんって言ってたよね」

「そう。誰の妻にはならないとか言っているうちに24歳になるんだけど、この姉が自分を賭けてロンバルト伯に決闘を申し込めって言い出して…」

「またなんで」

「実は姉上は女好きでね、勝てばクリスみたいに合法的に姫様を嫁にできるし、負けてもロンバルト家は美女ぞろいだから…」


 メグは頭を抱えるが、げんなりするのは俺のほうだ。


「しかしそんな無茶をどうして断らないの?」

「姉上に全部ばれちゃって逆らえなくってね」

「全部ばれたって?」

「ギルランの賭場で博打に負けてメグと一心同体にされたこと」

「またなんで?」

「姉上って女好きって言っただろ。メグになってるときに襲われちゃってさぁ、正体ばらすしか逃げられなくってぇ、あはははは」

「それでお前、決闘するのか」

「はははは…はぁ、そのかわいそうなものを見る目、やめてょ。」

「手加減してやらんから、ちょっとかわいそうだと思った」

「ちょっとそれしゃれになんない。でもまじめな話、決闘が山のように持ち込まれると思うよ。全部は断れないからウチのを選ぶと正解。姉上変態だけど美人だから。それにもう開封しちゃったから了承ってことであきらめてよ」

「まあ死なない程度にぶち殺してあげます」



 学園に着いて何人かの生徒を相手に初級治癒術の初講義をしたはずだが、どんな生徒にどんな授業を行ったのかよく覚えていない。

新しい嫁が増えるって、マリシアにどう言い訳したらいいんだ。

室外の実技演習所でぼろ雑巾のように折り重なった学生たちが発見されたとか聞こえたが、俺じゃないよね…





 その頃、決闘の噂を聞いた若い女が帝都にある隣国が外交に使っている屋敷を訪れていた。


「あなたは騙されています」


 屋敷から女が出て行った後、最悪の相手が、怒りに震える手で決闘状をしたためた。





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