友を裏切った者、裏切らなかった者
ふ~っ と大きいため息をつきながら今は皇后であるティラノは鏡を見る。
見者ラルーの予言に有る魔族の侵攻の日は近い。
北の国ノルンではそれがすでに始まってしまった。
その予言を聞いたとき自分はなんとしてもそれを食い止めようと神々に誓った。
そのために友を裏切り、仲間を裏切ってこの不死の体を得た。
具体的に何をしたのか今となっては思い出せない。
500年の月日は最も重要な出来事でさえ忘却の帳の奥に隠してしまう。
なぜ、自分の息子である皇太子が即位するときに自我を壊してしまわねばならないのかさえも忘れてしまった。
ただそうすることによって帝国が変わりなく平和な日々を謳歌していることは事実だ。
とにかく魔族は自分が倒さねばならない。
鏡に映ったマリシアそっくりの顔が獰猛に笑った。
宮殿の寝室でマリシアが取り出して見せたのは、心臓の鼓動のように魔力が脈打つ宝玉だった。
「これ何?生きているみたいだけど」
マリシアの差し出した宝玉からは凄まじい力を感じるが、不快感は感じられない。
「あなたのお友だちだっておっしゃっていますけど…」
「親友ってロビンくらいしか…」
なんか非常に悲しいものがこみ上げてくる。
マリシア以外はたいてい上下関係なんだよな、気がつかなかった。
「ここ最近だと、ウォリス男爵、かな」
先ほど気が合って話し込んだウォリスの名前を出すと玉から思念が伝わってきた。
『おぉ、ありがたいクリス伯、貴君の妻女にどう言えばいいのか、自己紹介に困って友だと言ってしまったが認めてくれるのか』
「それでウォリスさんはなんでそんな姿に」
『クリス伯と分かれてすぐに見知らぬ女に術を掛けられてね。恥ずかしながら心の隙を突かれてスコンと掛かってしまったのだよ』
「見知らぬ女にですか」
『あぁ、相当な術者だな。はっきり顔を見たはずがどんな人相だったかまったく思い出せない。目を合わせたとたん見事に思考操作されてしまったよ』
「そうなんですか」
『あぁ、あのクリスを自分のものにしたければ、その細君に融合してしまえとな…おぃっそんな殺気を振りまくな』
「失礼しました」
『どこまで話したのだったかな、そうだ。マリシア殿に廊下で出会って、無意識に防御障壁を突破してしまってね、続いて融合しかけてあわてて急制動かけたら体が消滅してこのざまなんだ。作業用でかまわないから魔動人形があれば貸して欲しい。このままではさすがに不便だ』
「もしかして、マリシアが怪我をしないように爆発も抑えました?」
『当たり前ではないか』
さりげなくすごい。
術のすごさではない、指向性の有る魔法の暴発を無理に抑えずそのままにしていたら、後ろ側に有るこの人の体はおそらく無事だったに違いない。
もちろん暴発した術の進行方向に有るマリシアは吹っ飛んでいただろうが。
俺は宝玉に向かって最敬礼を捧げ、その意味を理解したマリシアも続いた。
『いやもともと私が悪いのだし、対等の友人って事にしてもらえれば何よりありがたいのだが』
そんなわけで俺には友人が出来たが、その夜は外部と隔離した結界の中に入ってもらった。
だって夫婦の寝室だぜ。
翌日、第七皇女、ティアフィーリアのロンバルト伯爵への降嫁が正式に発表され、おれはティライア中央学園の副学園長の辞令をもらった。




