怒りの主
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奥の中庭は中央のものより更に贅を尽くしてあるが、全くけばけばしさなどを感じさせずひたすら上品である。
世に奴隷などという最下層のものが存在し、富が偏るから革命軍などという物も湧き出てくる。
皇帝には皇子、皇女が16人もいるが、他国に嫁いだ皇女を含めてその全員がこの場に出てきていた。
内、男子である皇子は4名だけで、圧倒的に女が多い。
平時において代々皇子の数は4人を越えず何らかの操作がなされているとの噂は有る。
それはさておき、まず皇女たちの一人に俺の奴隷紋の反応が有った。
ギルランの賭博場で出会った貴族の令嬢だった。
今日出会うまで、まさか皇女だとは思わなかった。
もし皇女に奴隷紋がありその持ち主が俺であるとわかったら非常にまずいことになる。
俺が付けた奴隷紋でなくてもだ。
そして同じく奴隷紋をつけた侍女が、高級女官としてその皇女の後ろに控えている。
いずれどこかで出会うことが有るとは思っていたが…。
そして後二人、奴隷の反応がある。
あの時の青年貴族の二人連れドバルカとタラーだった。
俺が知っているこの二人は魔族との大戦において東方諸国の軍と帝国第12軍に軍監として同行し、戦力差に攻撃を渋るそれぞれの司令官を脅して万歳突撃させた実績を持つことになる、はず。
他人からの伝聞で詳細は知らないが、そういったことをしてのけるのだろう最低の性格という物は感じ取れる。
まぁこんなクズでも何かの役には立つかもしれない。
皇帝と皇后がそろって姿を現し、侍従長が式辞を代読して華やかな宴がはじまった。
俺が緊張しているのは出来るだけ上級貴族達に難癖を付けられたくない、それがあるからだった。
帝国に法律があり慣例が有る、だが高級貴族の意思はそれらをともすれば上回り、皇帝の意思は完全に法を排除する。
その貴族達のねっとりとしたオスの視線が俺とマリシアに絡みつく。
きわめて不快だ。
皇帝は初老でがっちりした武人のたたずまいを残す男だが一言も発しず表情の変化もひげが有るためか分からない。
皇后は昔マリシアが着ていた様な体型も顔も分からない衣装で身を包んでいる。
ただ、マリシアの衣装よりはるかに豪華だ。
宴のたけなわその皇帝が俺の近くに来て王笏で床を突いた。
一回だけなので立ったままで良いとの合図だ。
俺とマリシアは教えられていた通りに軽い礼をとり、それに応えておつきの侍従が話し出す。
「クリス・ティアカウント・ロンバルト、この度の功によりそなたに皇女を一人娶らすことになった。謹んでお受けするように」
「陛下私には妻がおりますが」
「女は弱いものである、病死することもあろう」
俺の手の中に槍が飛び込んできた。
俺の怒気が膨れ上がり侍従が腰を抜かす。
本来は駆け寄るべき壁の近衛たちも動けない。
俺はそれくらいの気を発し、人々は目の前の槍を持つ武人が一人で魔王を倒したという報告が真実であったこと、そしてあの”怒り”のモデルが誰であるかを知った。
さすがに皇帝は俺の威圧を受けてびくともしない、いや…これは感じていないのだ。
一方、皇后は俺の威圧する気を自分の気で押し包み無力化し皆に聞こえる大きな声で俺をほめて見せた。
「クリス伯、みごとじゃ。皆のものクリス伯には一芝居打ってもらったのじゃ。武功を信じるものが少なくてのう」
皇后陛下がそう計らったので、俺は一旦気を収め威圧をやめる。
俺の威圧を平然と受けていた皇后が更に提案した。
「クリス伯、約束どおりに演武を見せてもらえましょうか、後ろ姿で、な」
舞の打ち合わせなどした覚えは無いが、そう皇后陛下に言われれば仕方が無い。
俺は庭の底にしつらえてある舞台に飛び降りた。
客の方に一礼して、後ろを向く。
俺が向けた気はほぼ皇帝だけに絞られたものであり、白目をむいてひっくり返っている侍従を除いた全員が集まってきた。
近衛たちも持ち場を離れているのだがとがめる者はいない。
観客にはなぜ皇后が後ろを向いて演舞せよと言ったかすぐに理解できた。
流れる槍は武にかかわりの無いものにもゆったりとはっきりと見えた。
だが…
俺の槍の向こうに万を越える軍勢が見え、魔王が見えた。
槍先が自分たちを守るためい動いているのに人々は安堵した。
自分達のほうを槍先が向いていたならば、自分は果たして耐えられたのだろうか。
魔王が倒されるのがはっきりと見えたところで演武は終わる。
万雷の拍手を受けた後、一跳びで両陛下の前にもどる。
「舞の褒美を取らせます、あとで別室へ」
宴が終わって、通された別室で一人待っていると皇后陛下が、後ろに二人従えて入ってこられた。
肩をあらわにしたドレスをまとい奴隷紋を鮮やかに浮かび上がらせている女性、俺が支配する二人だ。
やはりギルランでのことがばれていたのだ。
皇族が奴隷の印を付けているのが嫁ぎ先でばれれば大変な騒ぎになる。
この件に関して俺は巻き込まれただけだが皇族相手に言い訳は通用しない。
「先ほどの話ではあるが、この者をそなたの正妻とする。理由は分かっておろう、ギルランでのことはあえて咎めぬ。この者を妻とすることに依存は無いな」
「はい、承りました」
そうと分かって嫁にしろといわれれば仕方が無い。
俺が承諾したことで短い会見が終わった。
いろいろ考えねばならないことが有る。
俺が威圧した皇帝は全く反応がなく自我が無かった。
皇帝は中身の空っぽの人形だとすると、次に権力を持つ皇后が帝国の実質的な支配者であるとしか思えない。
皇帝を操作していたのは侍従だが、あまりにも小者だったことで考察の対象からはずした。
ところでその皇后とは何者なのか。
皇后は代々の皇帝が死せば殉死し、即位すれば都市国家フェリスから嫁いでくる。
見習い神官と同じく誰にも、皇帝にも顔を見せないといわれる謎多き人物である。
今まで子を儲けた皇后がいないことがそのばかげた噂に信憑性を与えている。
しかし皇族で俺の威圧を包み込み無効化するほどの気を持つ人物といえば初代皇帝くらいしか思いつかない。
500年前の英雄であり、帝国の始祖ティラノ、彼が生きていても不思議ではない。
禁呪により融合すれば、老化しなくなる。
考えられる相手は聖なる都市フェリスの建国者である聖女フェリシアしかいない。
何のことは無い、毎回不死の皇后がくぐつの皇帝に嫁いできて支配を続けていたのだ。
しかし皇帝が前大戦の生き残りで有るならばどうして地下の要塞を今まで使用しなかったのだろうか、それが不思議だ。
更に不思議なのは次の大戦に、これほどの実力者が参加したと聞いたことが無かった。
よく考えればあの戦いの中で、帝国の首脳のことを聞いたことすら無かった。
気がついたら滅んでいた。
まさにそんな感じだった。
そしてもう一つ、フェリスも動かなかった。
つくづく下っ端でしかなかったことが悔やまれる。
俺が会場である中庭から姿を消したとき、屈辱に震える人影があった。
あの皇帝に付き添っていた侍従である。
皇后の命令を受ける立場に彼はあったが、その目の届かないところで勅令を思うままにして帝国の実権をかなりの割合で握っていた。
その彼が、他国の代表まで見ている中で辱めを受けた。
人目がなくなったところで皇帝を蹴飛ばし殴りつけてみてもその怒りは収まらなかった。
今日のような深夜にかけての宴では宮殿内に宿舎が設けられる。
皇后との面会の場から女官に案内された 宮殿内の寝室にはマリシアが先に来てまっていた。
「クリス」
「なに?」
マリシアは強力な魔力を発する宝玉を取り出した。




