君は誰のもの
祝賀会の会場ではなぜかシェリーとマリシアに注目が集まり、どぎまぎしているシェリーたちの応援をカイにたのんだ。
主役のひとりであるはずの俺はこちらに少し流れてくる貴族達と当たり障りの無い会話をしながら時間を潰していたのだが、俺の周辺に人がいなくなったところで、小柄な若い貴族に話しかけられた。
「クリス伯爵ですな、お美しい」
ごろつきの手下のような人相をしているが、どこと無く上品である。
はっきり言って初対面でこの歯の浮くセリフが出て来るような男ではなかった。
「ありがとうございます、クリス・ティアカウント・ロンバルトです」
「ウォリス・ティアバル・ザイドラーズです、治癒師をしております、その…」
ウォリスは自己紹介が済んで、そのまま固まってっしまった。
何だこいつ、と思いつつ表面上はニコニコして待っていた。
「あなたのような優れた方に初対面で申し上げづらいのですが、あなたの侍女たちに行われているような生命の形を弄ぶことはやめていただきたいのです。もちろん違法でないのは承知しておりますが…」
額に汗を浮かべて誠実に生命の大切さを説こうとする彼につい嬉しくなった。
俺が改造魔ではないのでそれを説明して、彼の誤解はすぐ解けたのだが、俺も治癒師で専門的な話が面白く…。
「ロンバルト帝国伯爵様ご夫妻、ロンバルティス帝国伯爵様、いらっしゃいましたら20分後に青い扉の前までおいでください、…」
俺たちを呼ぶ侍従に合図をして、ウォリスに俺の連絡場所が書いてあるカードを渡して別れを告げた。
「後しばらくはローグにおりますが、ティライア中央学園で後期から教えますのでこちらの屋敷に居ります、よろしければおいでください」
「ぜひ伺わせていただきます」
クリスが立ち去るとウォリスの周りをそれほどではないが、普通に付き合いの有る貴族達が集まってきた。
「いやぁ、ウォリス男爵、見直したよ、私にはとても声を掛ける勇気はなかった」
「私もせめて挨拶くらいはと思ったのだが足がすくんでね、奥方に一声かけるのが精一杯だったよ」
「奥方とは?」
「ウォリス殿、知らなかったのか、今腕を組んで…」
「あの方が…」
ウォリスは今まで研究一筋の人生を歩いてきた。
田舎貴族の次男の彼が帝国の男爵位に叙せられたのもその研究の評価による。
研究にしか興味が無いと周囲に言われる彼であったが人並みにロマンは欲しかった。
そんな彼が好奇心、研究者にとって好奇心は大切だ、で入ったノルトの対魔王の画展で衝撃を受けた。
なんて優しそうな人なんだろう。
ちょっと小首をかしげた女性の立ち姿に呼吸が止った。
自分自身の容貌が並みをはるかに下回っている自信が有るし自分の妻になる人に求める条件に容姿は入れていなかったのだが、柄にも無くときめいた。
とにかく、一度話だけでもしてみたい。
そして、勇気を振り絞って祝勝会の会場で声をかけたのだが、お美しい…、そしれしか出て来ない自分が情けなくて涙が出そうになった。
言葉が出て来ない自分に対して、彼女の苛立ちが想像できない自分でもない。
出てきた言葉は彼女を咎めていて、しまったと思ったが最後まで言い切ってしまっていた。
やってしまったと後悔しながら目を上げると、そこに絵で見た天使がいた。
相手も治癒師だからと少しは期待していたのだが、専門用語での会話が弾んだ。
こんな場所でそんな話題?やはり誰も会話に加わってこなかった。
しかしウォリスにはその話題しかなかったし彼女も楽しそうだった。
次に会う約束も出来て、彼女がいなくなったら祝勝会に用は無い。
とりあえず腹を満たして自分の屋敷に戻ろうとしたら呼び止める人があった。
「ウォリス様ですね」
その人物が女である事はウォリスには分かったが、しっかりと見ているはずの顔が認識できない。
女が何かウォリスに伝えた。
何かの術であることは理解できるし、使用することも出来るだろう。
「ウォリス様、クリスの妻だという女はごらんになりましたね」
「ああ」
「あの女、マリシアといいますが、取り巻いている防御結界はお分かりになりましたでしょうか」
「ああ」
「ウォリス様なら解除できますよね」
「ああ」
「解除してから先ほどの術を使うのにどのくらいの時間がかかりますでしょうか」
「長くて1秒だな」
「10分は掛かるのですよ」
「いやすぐ済む」
「さすがですね、では、マリシアにお使いください。ウォリス様がマリシアと融合すれば、クリスはあなたのものです」
「私のものだな」
「……」
「えっと、今誰かいなかったかな」
ウォリスは玄関へ戻ろうとして、なぜか人気の無い化粧室に続く廊下に来てしまって苦笑いした。
「酔ったかな」
きびすを返して玄関へ行こうとした曲がり角で青いドレスの女性とぶつかりそうになった。
「失礼」
「こちらこそ失礼いたしました」
あ、クリス伯の奥さん、そう認識したとたん、ウォリスはせねばならないことを思い出し、マリシアを守護する結界は砕け散った。
俺たちは上品な音楽の演奏されている奥の庭に案内された。
皇族と、高官達、軍の幹部、そして各国の代表たち。
俺たちとほぼ同時に、ミッチェル先生も現われた。
表情が硬い、俺だってたぶんそうなっているだろう。
マリシアも動きが硬い。
皇帝陛下がおいでになり、会が始まるのを待つ間にさりげなく集う人々を観察する。
やんごとなき方々の集まりのはずが、俺の奴隷が4人いた。




