名画は嘘をつく
増援部隊が出発する前に、北の王国ノルンの災禍は終わった。
帝国留学中のリリエル王女が、喪明けと共に女王に即位することになる。
もちろん偽物のほうだが、本物より王家の血が濃いのでそれでも良いだろう。
とにかく、後は行政官の仕事なのだが俺は新たな魔族の発生を監視するためにしばらく残っていなければならない。
実際のところは凱旋式典の準備が整うのを待つため、もっと平たく言えば、新参者にどんな褒美をくれてやるか決めるのに時間がかかるから少し待てということだ。
今回親父に全部話した事にはなっているがまた重い秘密を抱えてしまった。
母さんは完璧に元に戻って父さんと再び式を挙げて、今仲良く暮らしている。
母さんの体は若いのだから弟か妹が出来るかもしれない。
俺は母さんを【完璧に】元に戻した。
融合した男の体も実は取り除けていないので、母さんはいつでも変身することができる。
俺とマリシアは、欠損した部位を再生したに過ぎない。
わざわざそんなことをしたのは、ぶっちゃけて言えば父さんを騙すためである。
魂のありようについては母さんたちと話し合った結果、二人を入れ替えた。
父さんは自分の精霊に対して冷たかったのだ。
だから俺を生んで育ててくれた魂が再び父さんの隣に立ち、父さんと結ばれることのなかった魂が自由をもとめてベルの中に入った。
多少問題は残ったが、後はこれを死ぬまで黙っていればいい。
俺たちがのんびり時間を潰している間、画家のエイブラス先生は寝食を忘れて作品を描きまくった。
先生の代表作、”怒り”と”やすらぎ”もこのときに描かれた。
”怒り”のモデルは俺、デルビオスからの私信を開いたときだ。
あえて後姿にし、しかも着ていた服をだれが誰やら分からない神官見習いの衣装に変えてある。
そんな一枚の絵の発する怒気は俺でも絶えられないぐらいの尋常では無いものを放っていた。
この絵の前で剣が抜ければ一人前、武人の間でもっとも有名になった。
”やすらぎ”は手首だけの小さな絵だ。
不思議なことにこの絵を並べると怒りが消える。
不思議なことに。
よって”やすらぎ”が最高傑作と呼ばれることになる。
ところで、画家という物は、見たものをそのままキャンバスに写すのではなく自分の感性で加工して絵にする。
魔王である黒竜に俺は真正面から飛行術を使って槍で立ち向かったのだが、大剣のほうが映えるということで正面の位置にシェリーが来て、俺はバックアップのマリシアの位置で宝珠を上にして槍を構えている。
エイブラス先生が近寄ってきた小さい方の竜はたしかにこの体制でやったんだけどさ。
それと、俺の立ち姿のでかい絵、たぶん父さんと母さんの2度目の結婚式での表情だろうか、誰?この娘。
俺ってこんなにかわいくねえぞって感じだった。
全く描いてもらえなかったロビンはギャーギャー言ってたが、お前そもそも何もして無いだろう。
そんな絵がちょっとした誤解を帝都で呼ぶことになる。
俺は公式には治癒師だからだ。
そして帝都に帰還する日が来た。
市民が撒く花びらの中をローグ隊を先頭に凱旋門をくぐる。
すでに精霊騎士団の名前が浸透していて女性や子ども受けがいい。
続く俺たちの先頭を行くのはニューに乗ったシータ、カイの提案により時々立ち止まって演武を披露する。
これが受けた。
凱旋式典自体はえらいさんのお言葉があって、向こうから渡された原稿を俺が読んで、それそれ褒美をもらって堅苦しいまま終わった。
もっとも上位で最初に表彰されたのはミッチェル先生。
精霊によって人々の不安を沈め、帝国の威信を守った。
もちろん俺の推薦による。
俺たちがもらったのは、副将で登録して有るシェリーが俺と並ぶ帝国伯爵位、もちろん領地なし。
副将が叙爵されるのは主将にとってすごく名誉なこととされている。
うまく考えたもんだ。
同じく副将のマリシアは宝石類、金の無い俺は買ってやれないので素直に嬉しい。
そして俺、剣のペンダントがひとつ。
この小さい剣には刃がついており、これを賜るとどんな場所でも帝国内なら武装が可能となる。
おそらく俺が治癒魔法の杖装備だと勘違いして許可が出たのだろうが、これは大変名誉なことである。
帝国としては今回のことで全く収入が無かったのでこういうことになったのだろう。
帝都の中央広場に置かれ市民に晒されていた魔王の氷付けが宮殿の中庭に移されて祝賀会の最高の飾りつけとなる。
これが最終的にどこに安置されるかは、関係者の綱の引き合いで決着がついていない。
人民に広く見せようとすると王族が見れない。
宮殿の奥に入れると庶民が見れない。
貴族達がそれぞれの派閥に分かれて…まだこの国は平和だ。
夜、ローグの兵士たちや俺の侍女は前庭で行われる祝勝会に参加する。
俺は、黒の将軍位の正装、腰にはクリスタルの剣の形をしたロッド。
これはラムとルタの共作でなかなか粋に仕上がっている。
同行するシェリーも男装、マリシアはブルーのドレス、帝国の社交界が初めての俺たちのために、カイが付き添ってくれている。
一応俺だって貴族だ、当たり障りの無い会話をしながら近づいてくる人の相手をしていると、これが貴族なのかと思えるくらい凶相の男に声をかけられた。
「クリス伯爵ですな、お美しい」




