失われたはずの船
場所
ローグ領、小鬼の村近く
俺とシェリーの前にはごつい風景が広がっていた。
飛行船の格納庫、それがローグの遺跡の正体だ。
魔力で宙に浮かぶ飛行船自体はそう珍しいものではない。
たとえばロ-グ砦に3ヶ月に一度補給に訪れる船も空を飛んでくる。
ただ極めて魔法耐性の高い聖なる金属の装甲で全てを覆われた豪華な戦闘艦はどこを探してもない。
それが大小あわせて13隻もの数が並んでいる。
船首から艫まで350歩もあるのが1隻200歩が2隻、後のも小さく見えるが150歩有る。
内訳は戦闘艦が8隻、輸送艦が4隻、補助戦闘艦が1隻
これらは全て空を飛ぶのだ。
小鬼の村から少ししか離れていない場所、そこにに遺跡の入り口があった。
草生した岩場の奥、人一人がやっとと折れるくらいの小さい金属の扉には懸命にあけようとした形跡がある。
最近出来たものだろうから、おそらく小鬼になったロアーヌ侯爵家の者たちの仕業としか考えられない。
たぶん彼らがこの場所の管理者の子孫だったのだろう。
ただ不正使用をなくすため、場所の管理者に扉の開け方が伝わっていないことが多いのだ。
だからここまで逃げて来たのにもかかわらずロアーヌの者たちは扉を開くことが出来なかったようだ。
実際はこれ見よがしにかけて有る魔法による施錠を全て無視して扉の横の石を引っ張るだけでよい。
そちらが本当の扉だ。
その扉をくぐり、眼下に見えたのが先ほどの飛行戦列艦の群れ。
俺はそれをちらりと眺めただけで下まで続く螺旋階段を下りると、あっけに取られて見とれていたシェリーもあわてて俺に続いた。
魔族の侵攻時これらの艦が一隻でも使えたなら、せめて非戦闘員だけでも逃がせたことだろう。
これらが今ここに有るならば…まぁ俺にはどうなるか分からん。
とにかく俺たちが生き延びれればいい。
俺たちは転移室を通って別の遺跡に転移した。
ここが全遺跡を統括する中央管制室、場所としてはティライア王宮の真下。
俺は後ろについてきたシェリーを留め、ひとり服を脱いで、部屋に14個も有る魔方陣のうち北から2番目の魔方陣の上に乗った。
あとは全てダミー、開発者のジョークなのか魔方陣によって危険度は違うがろくなことにはならない。
そういえば豚人間になる、なんてのもあったな。
俺がなぜにこの遺跡にそんなに詳しいのか。
人類最期の大攻勢の前、この遺跡、つまり先人の残してくれた大要塞の取扱説明書などと言う物が複写されて大量に出回ったのだ。
悲しいことに笑い話のネタ本として。
こんなすげぇものを無駄にしやがって。
誰もが冗談だとしか思えず笑った。
王族達を笑いものにしたが、暴動などは起こらなかった。
彼らも貴重な戦力であり、どこぞの姫が娼館で兵士たちの相手をしている現状ではあえて罪を問うものもいなかった。
自分は無理でも自分の子どもだけは生き延びさせる、それが無理でもせめて一組の男女は生き延びさせる。
あの時、まだ生き残っていた人類は種としての生存をかけて団結していた。
帝国領ローグの格納庫にあった戦闘艦群も人類の反撃の中心となる帝国に有ったが他の王国に有る補給物資がなにひとつ運び込まれることもなく、一度も飛び立てず帝国高級宿舎と揶揄されていただけだった。
俺もあの一隻に幾日か住んでいたのだが…今度は俺が有益に使わせてもらう。
魔方陣が輝き俺を光の壁が包み込み俺の全て、精神をふくめて、が走査される。
遺跡を何の目的で起動するのかを問いかけてきた。
”俺は魔族との戦いにおいて生き残るためにこれを使う”
俺の心全てが裸にむかれたが人造魂あいてに恥かしがる必要もない。
無事に合格したので、生き返った要塞の現状が知識としてなだれ込んでくる。
要塞にたいして命令権を得た俺はまず俺たちが入ってきた入り口以外を永久に封鎖し、ローグ以外の補助管制室を全て廃棄処分した。
これで洋裁の主導権は俺に確定した
要塞の一部で別の国の地下、そこには、魔力で動く金属製の人形が各種1000体ほど並んでいた。
そのうち一番高性能な人型のものを12体を各艦の艦長として起動する。
あとは操艦補助として必要なだけ設定し残りに艦の艤装作業を命じる。
別の場所には本来の艦長達が凍結されて眠っていた。
先ほどの魔動人形ではなく、美しい女性型の人造人間である。
もしかしたらベースに人間が犠牲になっているかもしれないが、作られた当時も戦争の真っ最中であり倫理の壁が限りなく低くなっていた時代だ。
製作者の趣味なのか、美女として作られた彼女らは、最期まで実戦に投入されることなく、起動した王族達とこもった隠れ家の洞窟の中で岩盤に押しつぶされてしまった。
全くばかげている。
俺は彼女の一人を特殊艤装させている艦の艦長にすると共に、残りをその艦の乗員兼戦闘員にした。
通りの指示を出したら後は待つだけ。
「シェリー、しばらく待たないといけませんから、少し速いですが食事にしましょう」
「はい」
司令室の隣に有る、テーブルと寝台だけの簡素な指令官私室に移り、壁のパネルを操作して永久保存されていた食料を出す。
あらかじめかけて有る魔法で自動で温まるし、これが結構美味しい。
美味しいものを食べると自然と顔がほころんでくるのだが、向かいに座っているシェリーが食事に手をつけないでもじもじしている。
「どうしました?」
「えっと、ボク、クリス様と二人っきりになったのがはじめてで…」
俯いてしまったシェリーをじっと待つ。
時間は有るのだ。
しばらくっても言い辛そうだから俺のほうからもう一度声をかけてやる。
「そういえば二人っきりは初めてでしたね」
「ボクどうしても思い出せないんですけど、昔クリス様と会ってるんですよね」
「昔じゃないけどね、初めて会ったのは私とあなたが19才の時かな」
「え?」
今、俺もシェリーもまだ16才だ。
驚いているシェリーにかつて在った未来のことを話してやった。
俺がロビンだったのは話が複雑になるので隠したが、初めてであった戦場での出来事、それから初めての…、いろいろとシェリーとの思い出を語ってやった。
もちろんシェリーの最期は話していない。
”でも結局シェリーはアーサー一筋だったんだけどね”
なんて言えるものではない。
俺にだってその辺のプライドは有るのだ。
そのころアーサーは常に別の女性と一緒だったとも言わない。
だって彼の相手としてマリシアの名前が出てしまうからね。
”さすがボク、アーサーより絶対クリス様のほうがいいって分かってたんだ”
腋の下につめたい汗をかいてしまったのは秘密です。
食後は武器庫に行って、やはり俺の槍になるはずの針が無いことを確認し、シェーリーに聖戦士アーサーが使っていた長剣と盾を探し出して装備させた。
マリシアがあの時使っていた杖もここにあり、唯一まともに使用された遺産がこの武器庫だった。
武器庫と防具庫からめぼしいものを数点持ち出した後、残りはランク順にそれぞれの艦に分けて収納した。
その夜は指令官室に泊ったのだが、忙しくて寝る直前までベッドが一つしかないのに気がつかなかった。
そして俺が女の子を床に寝かせるはず無いじゃないか…。
マリシアたちへの土産も出来たし、艦の艤装が終わったら帝都にこの遺跡を報告しに行くついでに会いに行くことにしよう。
この時はまだマリシアに何が起きているか、俺は全く知らなかった。




