ボスとファミリー
場所
ローグ砦近郊小鬼の村
感想、ご指摘ありがとうございます。
出来る限り修正していきたいと思います。
朝、ねぼけて鏡を見るたびに髪の長い見知らぬ女を映すそれにどきりとし、それが自分だと分かってまたどきりとする。
闇の中で、別に光はなくとも困らないし、それで普通に生活していたが、自分の顔を見る機会はなかった。
牢の中まで誰かが尋ねてくることなどない、一度ダルカンが来たのとルーが毎晩来るのは別として、ひとりだけの生活では清潔でありさえすればよかったし、もともと誰かに見せるために美しく装うという普通の女がすることに全く関心などあるはずがなかった。
まだベッドの中にいるラシュエルをそのままになれた手つきで服を着ていく。
俺は昨日、この小鬼の村に来てからラシュエルとベッドを共にしているが、二人の間に恋愛感情とかそんなものはない。
貴族としてせねばならない義務を果たしているだけ。
血によって家系を守る。
それの教育が産まれたときからずっと続きあたりまえになっている。
この社会の平和は良くも悪くもそれによって守られている。
身分や階級に束縛されず誰もが平等にその実力や行動、あるいは理念などと言う者が正当に評価される国。
そうだ、あの地獄の日々に俺も巫女に会っている。
まだ魔族の侵攻が始まっていない、まだ俺がロビンだった奴隷時代だ。
不思議なことに若く美しかったとだけしか記憶がない。
そんな美人なら、俺が忘顔をれるはずがないはずだが。
あの女は俺に言った。
「私の手を取りなさい。自由にしてあげます」
底辺まで落ちていた俺にはすごく魅力的なものに思えて、 俺は跪いて女の手を取りその甲にキスをした。
女は腐りきった階級社会を変えるため何をすればよいのか、たった一人の聴衆に向かって長々と演説してやっと満足したのか日が暮れてからやっと立ち去ってくれた。
鍛冶屋になっていたヤツが炉の爆発で死んだのはそのすぐ後だった。
そして嬉しそうに迎えに来た女に背を向けた。
女がすぐに唱えた契約魔法は発動しなかった。
だって俺は手をとった上にキスまでしてやったのだから。
俺はひそかに契約魔法を唱える奴はもちろんのこと、自分自身でさえ基本的に信じないことにしているのだ。
女が唱える理想、誰もが平等な社会でお互いに選びあった代表が社会に対する福祉として政を行う。
たしかに理想なのだが本当にうまくいくのだろうか。
普通の人々だけが暮らし、貴族や王族もいない代わりに、俺のような奴隷もいない社会。
ひねくれ者の俺は思った。
うそ臭い。
思いっきり頭のいい連中にだまされているのではないのか。
俺はあの女がふるった熱弁ほどこの世界が悪いものだと思わない。
貴族はより上位のものに監視され、もっとも上位になった帝王さえ暴君になれば恨みを買って人知れず暗殺されるのだ。
無差別に金で請け負う暗殺とはいえども、悪逆非道の対象のほうが聖人君子よりはるかに数が多くこの世界でも浄化作用は働いていると俺は思う。
とにかく俺は、あの女が言う革命とやらで自分の身近なところが戦乱に巻き込まれるのは許せなかった。
人が死ぬのに尊き犠牲や名誉ある死なぞあるものか。
残されたものの涙のみ流され、恨みだけが積もっていくものだからだ。
とにかく出来ることを順に片付けなければならない。
昼少し前になってやっとラシュエルが起きた時には”狩りにいく、夜には帰る”と書置きのみが机の上においてあった。
朝、エマに騎乗して少しばかり遠出したあと、まだ寝ているラシュエルを置いて、全員で狩りに出けた。
シェリーたちも馬に騎乗しているが、ミューは自分の足で走っている。
長距離だとエマに分があるが、短距離だとミューのほうが速い。
基点になる泉にラムとダルカンそれとシェリーを残し、ミューと二人で狩りをした。
俺が待ち構えているところにミューが獲物の猪を追い込んでくる。
首筋の急所に槍で一撃。
倒した猪をダルカンが転移でラムたちの待つ泉に運び解体処理する。
その単調な繰り返しは小一時間で終わった。
その場所で狩り尽したのだ。
場所を変えしばらく探したが何もいない。
ミューが先に気配を感じ取り耳を立てる、その方向、木々がまばらになっているあたりではただ殺気が満ちていた。
灰色の狼型の魔獣が18匹、草食獣がするように円陣を組んで中央の子どもたち6匹を守っている。
その周りを白黒の縞模様がはいっている猫型の魔獣が2匹、超絶的な速さで円を描くように走り回っている。
円陣の外周の狼達は一様に傷つき血を流している。
群れのボスだろうか、一匹だけ大きい狼が少し離れた場所で倒れている。
猫型は圧倒的な力を持ちながら、決して止めを刺さず狼達を嬲っていた。
『ぅうぉおおおぉぉぉん』
凄まじいハウリングを響かせてミューが獣化して飛び出した。
困ったやつだと思いながら、エマの鞍を軽く叩き、槍先をもう一方の魔獣に向ける。
俺は猫型の魔獣との動線が交錯した刹那、槍を大きく開けられた魔獣の口に突き入れ、馬上のまま振るった槍を打ち下ろし、地面に叩きつけた。
ミューのほう方を見ると、自分よりふた周りは大きい魔獣の首筋に噛み付き、高々と持ち上げ捻りを加えながら地面に叩きつけていた。
ボキッ、魔獣の首の骨が折れる音が響く。
魔獣の心臓が止まり安全になったのを確かめてから、狼達がゆっくりとミューに近づきその匂いをかぐ。
されるがままに匂いを嗅がせていたミューから魔力が放出されると柔らかい風が吹き、狼達の傷がゆっくりだが目の見えて塞がっていった。
それが終わるとミューは俺の前まで歩いてきて伏せの姿勢をとった。
他の狼達もそれに続く。
狼の状態でも確か話せたよなと、思い出しつつミュ-に問いかける。
「どうした?」
「群れのボスが死んじゃったんで、新しいボスを決めないといけないんだけどぉ、あたしになれって」
「べつにかまわないですよ」
おしとやかな言葉を強制されていたため、どうもそちらが主になってきて話しづらい。
思考はむかしのままなんだが。
ついでに今の俺って聖女のマリシアみたいに微笑んでいるんだろうな。
きもちわりぃ。
「えっとぉ、あたしよりクリス様のほうが強いっていったらそれじゃぁクリス様がボスだって」
「私は別の群れのボスだから、狼達のボスはミューだって言い聞かせなさい」
ミューと狼達は見詰め合っているだけだが、あれで話が出来ているのだろうか。
「ミューがボスで、クリス様がボスのボスってことになりました。村に連れて行っていい?」
「いいですよ」
治療師になる実習の前に、少しだけ教会で研修を受けたんだがまさか思考操作なんてされてないはずだよな。
あぁきもちわりぃ。
いきなり現われたダルカンには俺の匂いが付いていたみたいで、警戒されることもなく巨大な猫に引きも同時に担いでまた転移して戻っていった。
しかしダルカンは狼達に見向きもせずに転移して帰っていった。
体調でも悪いのかな。
泉に戻ると、狼達はすぐにシェリーになついた。
本能的に強いものが分かるみたいだ。
シェリーと俺を見比べていま鼻で笑われたような…聖女モードを解除して睨んだら狼達は尻尾を足の間に挟んで震え、すぐ仰向けになって転がった。
もとの聖女モードにすると大慌てでミューの後ろに隠れる。
「クリス様怖がらせちゃかわいそうです」
「ごめんね、でもしっかりしつけるんですよ」
「はいっ」
狼達にえさをやって俺たちも遅めのお昼にしたんだけど離れて座るダルカンの様子が変だ。
「どうしたの?」
声をかけながらダルカンの健康状態をスキャンする。
ぇ!
「妊娠してるのか!」
聖女が外れて地が出る。
「牢屋に無理やり飛んだときにどうやら出来てしまったみたいで…」
おれは思わずおっさん姿のダルカンを抱きしめキスをして我に帰る。
一応外から見たら男女で抱き合ってるんだし、この際だけいいってことで…
俺たちはレイリアの姿になったダルカンを砦まで送り届けてから小鬼の村に狼たちも引き連れて帰った。
そうと分かっていればダルカンもりティライアにおいておいたのに。
とにかく転移門を使うのもあまりよくないと聞くので砦にいるのが最善だろう。
俺 クリス ローグ帝国伯爵 治癒師
ダルカン 俺の使い魔 女性形レイリアになる
ミュー 犬型魔獣と合成されている。
ニュー 猫型 ミューとは双子
エマ 俺の上記の一角獣になる
シェリー 現魔法戦士
ラム 生産担当
ラシュエル 俺の双子の妹に納まっている元王女様




