裏切り、偽りの聖女
俺が担当する初級の魔法原理などやはり誰も受講しなかった。
後期から始まる初級治癒術は何人か受講者がいるため学園にいなければならないが、今年の前期はローグにいなければならない。
帝国の貴族局で、いかにも慇懃無礼な事務官に”税の納入猶予は3年だけです”と申し付けられたからである。
つまり3年以内にローグを開拓して税を納められるように収入が得られるようにせねばならない。
この辺はマリウスを失った皇子の意趣返しでもあるのだが。純然たる帝国法でもある。
むしろこの位で勘弁してくれた皇子様には感謝するべきか。
とにかく、支払えなければ領地と爵位を取り上げられる。
未納部分を借金にされることも無いらしいので、ありがたいともいえるのだが。
なんともはや、帝国にはロアーヌ侯爵の領地以外に跡取りがいなくて断絶したサイモン侯爵の財産まで入ったというのにけちなことである。
それだけ何もしなくても良い分配先が多かったということなのだが…。
ローグ砦から一日かからない場所に小鬼たちの村が残っていた。
小鬼たちはおびき出して倒したために村は壊れていない。
瘴気の吹き出る穴に近いところにあるのが欠点だが、俺たちには問題がない。
ラシュエル、シェリー、エマ、ミュー、ラム、ダルカンにルー。
はっきりいって、みんな人外でいまさら…。
え?
ローグで暮らす組と、帝都に残る組の人選はマリシアがしたのだが、どこか、なにか、へんだ。
まず、なんで新婚のラシュエルだけでシャロンがいないんだ。
なんか理由をいってたけど、なんだったかな。
残った組について考えてみる。
まずマリシア、強化されていない体で瘴気の濃い場所に住むのは無理だろう。
ベル、自我がなければこの危険な場所で暮らしてはいけない。
ルファ、近所付き合いとか、ベルの世話とか、王都でなくてはならない人材であることは確か。
ルタ、砦の兵士たちは全て顔見知りで、人相とかすぐ変わるルタは住みづらいことだろう。
シータ、王都でスカウトされて劇場に出てるんだっけ。
ニュー、ミューと最近うまくいっていないらしくて、少し離した方がいいんじゃないか。
マリー、こちらにいたほうがいいのだが、全くマリシアには困ったもんだ。
やはり、ラシュエルとシャロンが同じところにいないのが不自然だ。
精霊は心が清らかな者としか契約してくれないといわれている。
私、マリシアはクリスが言うように清らかな心の持ち主では決してない。
だからクリスに精霊と契約しようと誘われたときは本当に怖かった。
その時契約できなかったのはクリスで私は光の精霊と契約できてしまった。
だから私はそんな言い伝えなんて信じない。
私は500年前に魔王を退けた後、聖女フェリシアが建てた修道院が元になった小さな都市国家フェリスの生まれです。
神に仕える女たちのみ修行し、生活する場所。
大陸の国々全てから、何か理由があって、神に仕えることを決心した女たちが集まる国。
常識的に考えて、身分制度が固定化し、尾こそ子平和な世の中が続く今、全てを投げ捨てて神に仕えようとする女など、そう多くいるはずがないことはまったく知識の外に有りました。
それでも、フェリシアは常に人口5万人強を保っていたはずです。
そこに、だれにもいえない秘密がありました。
秘儀により、女同士で交わって女の子を産むのです。
その秘密を外部から隠すため、修道女は全て、名前も顔も隠し、番号だけで呼ぶことで、血縁関係やら一切を外部のものから全く分からないように、さらには自分達にも分からないように完全に隠してしまっていました。
名前は一人前の神官になって国の外へ出るとき初めてもらえるのです。
そんな中で398257番と呼ばれていた私は、他の子供たちと同様に両親の顔を知らずに育ったのです。
自分で言うのは少し気が引けるけど、私はきわめて優秀だったと思います。
6歳くらいで、フェリシアに伝わる術を全て会得していました。
その術の中には女同士で交わるための秘術も含まれていました。
私が成人男性の機能をもったことを正確に確かめるという理由で、その場で指導に当たっていた教官たちに押し倒されたのは何かの懲罰かと思いました。。
それ以来11歳になるまで、来る日も来る日も修行という名で他のシスターの相手をさせられたのです。
命をあつかう術に長けた私には新しい生命が宿る瞬間がわかりました。
だからよけいに自分のしていることは正しいことだと信じて疑いませんでした。
だって厳しい修行によって神から新しい命を授かるのだから。
そのように教え込まれた私は積極的に命が授かるように術を使ったのです。
命が宿ることが出来ない障害が有れば取り除きました。
国の上層部は私ががそのようなことをしているのに気付くのに、かなりの時間がかったみたいです。
今だからそう思いますが、たぶん心にやましいことがある者が人に知れぬように隠したからです。
同じばれるならいっそのこと、そんなことを考えた不届き者もいたのでしょうか。
そんなある日、私は名ももらえぬままに、番号を新しく582735番と替えられて始めて国の外へ修行をせよと、出されたのです。
たった一人で各地の教会をめぐるうち、やっと人並みの常識というものを知り自分がなにをしていたのかがおぼろげながら分かったのです。
そんなときです、旅をされていた大司教様が私に目を留めてくださったのは。
私は大司教様に認めてもらいたい一心で倒れた貴族の治療をし、失敗してしまいました。
そして悲しい色の目をした少女の懺悔を聴き、どんな巡り会わせかクリスの妻になったのです。
私がクリスの背中を守る。
そう決心したのに、クリスがローグ砦にいったときも、牢に閉じ込められたときも何も出来ませんでした。
そしてまたクリスは私を置いて半年とはいえローグに行く。
そんなときです、ラシュエルに誘われたのは。
シャロンとニューもその場にいましたし、雑談のノリでした。
「マリシア、ローグに行きたくないか?」
「砦はとにかく、あの場所で住むのは…」
「できるよ」
「え?」
向こうに行く者と魂を交換すればいい。
確かにそんな術があるのを聞いたことはあります。
「闇の術で出来るんだ。ただ奴隷紋が有ると魂が縛られてるから無理だけどね」
それなら対象は目の前にいるラシュエルということになります。
「俺が術を使うから俺は無理なんだ」
「それでは出来ないじゃないですか」
「いや、出来ないことは無いんだ」
「どうするんですか?」
「俺の中にリリエルもいるのは知ってるだろ?リリエルとなら入れ替われるよ。リリエルは半分封印されてるみたいなもんだから体を動かしたり出来ないけど、俺とは会話できるしクリスと一緒にいられるよ」
そしてラシュエルが術を使い、目の前に私が立っていたのでした。
「どう?」
目の前の私、リリエルが私の声で聞いてきますが私には答える事ができません。
「うまくいった。頭の中でわめかれるとうるさいから窓は閉めとくよ」
窓って何のことか分かりませんが、ラシュエルと繋がっていた何かが切れたみたいです。
「もうマリシアは死だのと同じだな。永久にこのまま封印しておくさ。あとはクリスに子供をつくらせて殺してしまうだけだ。ちっぽけな男爵領が相続できるだけだがそれでもいいだろう」
ラシュエルの体はいやらしい笑みを浮かべ、同じようにいやらしい笑みを浮かべた私の体を抱きしめた。
「これでやっと愛し合えるね、リリエル」
「ええ、ラシュエル」
だまされていた。
ラシュエルたちがそんなことを考えているなんてぜんぜん知らなかった。
それと視界の端にいるシャロンに全く表情がない。
洗脳されているのにも全く気がつかなかった。
「レイリアを発情させてクリス様の牢に無理やり転移させたときから、ずっと巫女様の言ったとおりになったデス。精神に負荷をかければ使い魔の方から主に向かってとべるけど抱かれないとしずまらないって巫女様は教えてくれたデス。やきもち焼くとマリシアでもお馬鹿にナルデス。あとはクリス様が死んで奴隷紋が消えるのを待つだけデス」
「魂を取り替える術を教えてくれた巫女様には感謝しているよ」
「そうねニュー、自由になるまであなたもシャロンやマリーと一緒にかわいがってあげるわね」
「アタイは遠慮しますデス」
「だめ」
その後繰り広げられた私の体の痴態を私は楽しそうに笑いながら見ていた。
クリス、ごめんなさい。




