風になって
帝国はもちろん、全ての国々が武装し常に戦闘状態にある。
お互いの権力闘争に忙しいというのではない。
魔獣や、魔族相手の襲撃から身を守るためというのが第一の目的にある。
地脈をって瘴気が噴出す場所、その特定の場所に魔獣は多く発生する。
その特定の場所を監視する砦の一つ、ローグ砦に小鬼の群れが襲い掛かってきた。
小鬼とは言うものの、人より大抵一回りは大きい。もっと大きな複数の角を持つ鬼がいるからそう区別するだけだ。
噂によると、あくまでもうわさによると、それらは元人であったもので、人と交わって繁殖する…らしい。
あやふやなのは、小鬼どもの巣に突入した兵士たちが皆一様に口を閉ざしているからだ。
ある日前線であるローグ砦の転移門が一方通行になり、魔術による通信にノイズが混じるようになった。
通信が途絶えるのは良くあることで、普段だと過剰ともいえる精鋭の兵士500人がつめるローグ砦のことでもあり、後方では誰も深刻な事態に陥っているとは思っていなかった。
”魔族の大規模襲撃有り、至急増援送られたし”
これだけの緊急支援要請で良いところが、あわてた通信兵が司令官の言動そのままに、
”魔族の大規模襲撃を受けつつあり、増援よこされたし、見習いでも良いから治療兵を至急求む”
それが、
”見習い治療兵を至急送られたし”
になり、最終的に学園に、
”ローグ砦に見習い治療士を派遣されたし”
になって、それを目に留めた副学園長に俺が派遣されることになった。
この間抜けな通信兵は本部からの降格処分と、砦一同からの感謝の酒樽を1樽受け取ることになる。
転移門は砦の中央、建物の屋上にあった。
すでに砦の中で小鬼との戦いが始まっており、そこかしこに兵士が倒れ、当たり前のことだが治療するものはみえない。
槍に呼べといわれた気がして召喚してみると、槍の石突のほうに黒い玉が三本の爪で挟まれていた。
もともと短かったのでそちらを上にして持つと魔術師の宝玉を埋め込んだ杖に見えないことも無い。
とにかく現状を把握せねばと、探知の魔法を使用する。
素手で行ったときとは異なり明瞭に砦周辺の敵と味方の状態が頭に飛び込んでくる。
負傷した兵士全てを回復するのにはとてもじゃないが魔力は足りない。
そこで、その足りない魔力を敵からもらうことにした。
槍を振り上げ、砦を中心とした魔方陣を想像すると、その通りに光が走り地面に巨大な魔方陣が描かれていく。
兵士、小鬼ともにいきなり周りを取り囲んだ光に驚くが、双方共にさらに驚愕することになる。
兵士たちの傷が、見る見る塞がっていき、逆に小鬼どもの体にそれが付けられていく。
小鬼が剣を振り、兵士の体に当てると血が小鬼から噴出す。
戦況は一瞬にして逆転したが、敵の殲滅を確認したところで俺の意識は吹っ飛んでしまった。
敵意はなかったが近くに来た人の気配に目が覚める。
目の前に俺の顔を覗き込む、女性兵士の顔があった。
「気がついた?ローグ砦にようこそ。副官のマ-ニャ・ディ・マリヤーグよ。増援がたった一人で驚いたけど、あの魔法を見せられて納得したわ。あなたすごいわね。魔法一つで大逆転ってなかなかできないわよ」
「クリス・バル・ロンバルトです。ティライア中央学園から治癒魔法の実地研修に行ってこいと…」
「ちょっとその冗談言わないほうがいいと思うわよ、みんなぴりぴりしているから。でもあなたここに治癒するために来たんでしょ」
「はい。ところで今状況はどうなってるんでしょうか?」
「あなたのおかげで、小鬼たちはあの魔方陣が現われた範囲内から入ってこないし、あなたの持ってきたポーションで外へ出ていた部隊も助かったわ。それからごめんなさい。あなたの持っていた杖だけど、どこを探しても見つからないの。あいつらが逃げるときに持って行ったとは考えられないんだけど」
「あれは使うときだけ召喚するものですから、なくても大丈夫です」
「そうなの、一流どころはすごい杖を使ってるのね」
「杖じゃなくて槍ですし、一流じゃなくて研修中です」
「またまたぁ、お姉さん滑るジョークは受け付けませんよ。とにかくみんなに紹介するわね」
そして1週間ほどは平穏な日々が続いた。
相変わらず外界との連絡はつかないのだが敵は攻めてこなかった。
その間俺は砦の兵士たちに俺流の治癒の仕方を少し改良して教えた。
魔力がほとんどない者でも一回こっきりではあるがある程度の回復が見込める。
これだけでも生存率がかなり上がるはずだ。
さて、俺は今回の実習に当たって、一つだけ課題を出されている。
”聖女たれ”である。
たとえ治癒が及ばずとも、兵士が笑顔で死んでいけるような、聖女になれということらしい。
確かに魔族との対戦中のマリシアはすごかった。
あの笑顔を守るためにとどれだけの兵士が散っていったことか。
マリシアのすごさはそれを全て承知の上で心で号泣しながら笑顔を絶やさなかったことだ。
ほんとの内面がどうだか俺は知らないがみんながそう思っていたことは事実だ。
今それを思い出してお手本にしながら、あの遊撃隊壊滅の報を受けたときはどんな顔をしてたっけとかなり不謹慎なことを考えつつ偵察隊のおそらく全滅したであろう報告を受けている会議室の隅で膝をそろえて足を少し流してすわっていた。
つれ~よ~。
何がだ!
と自分で突っ込みを入れているあたり、俺は味方の死に対してかなりの耐性以上の物を持ってしまっていた。
何もしないでこもっているわけにもいかない。
同じ規模の偵察を出しても同様の結果を出すだけだ。
不毛な意見が戦わされつくして、結局同規模の偵察隊を時間をずらして複数出そうという結論に達しようとしたとき、俺は手を上げた。
「あのう、私が一人で行ってきます」
一人称を私と言うのがつらいのだがその苦悩が良い方に表情に出る。
砦の幹部ばかり20人ほどが集まった会議場が静まり返る。
この場合、何を言ってんだこの小娘が、が正解だろうか。
「報告は記録の水晶を転移させますので問題ないかと思います、3日ほど行かせてください」
しばらく間が開くが、議長を務める指令官が子供を諭すように俺に言う。
「なれた偵察員が行方不明になったのだ。君一人で何ができる」
頭から怒鳴りつけないところが評価できるが、人を見る目がないな。
こんなところで冗談は言わないだろうふつう。
俺は気配を消して司令官の前まで歩いていき、おでこに丸印を書いてまた席まで戻ってきた。
みんなが見ているのにそれに気付かない。
それが俺の穏形術だ。
「一人ででしたら小鬼どもに見つからずに行動できます。いま指令官閣下の額に丸を書いたのですが、どなたかお気づきでしたでしょうか」
それで次の日の朝、俺は3日分の食料を持って一人で砦を出たのだが、考えていたことは、”こんなときまでスカートはいていくのかよぅ”だった。
やっぱ俺には聖女の真似は無理だ、俺は自然に吹き渡る風になった。




