共に歩むのは一本の槍のみ それだけ?
満月の夜、そして新月の夜、この世界と精霊界との距離は近くなる。
学園の敷地内にある森の泉の畔、小さな焚き火を囲んで俺たち精霊術を学ぶ者8名はミッチェル先生の声に聞き入っていた。
全員野外で活動できる動きやすい格好だが、防具も武器も持っていない。
初めて会う精霊に失礼なことがあってはいけないからだ。
「今までの授業で、精霊たちとの付き合い方は学べたはずです。今日契約する精霊と、あなた達はこのさきずっと付き合い、お互いに高めあっていくことになります。精霊は向こうがこちらを選びますので必ずしも得意な属性の精霊になるとは限りませんし、複数になることもあります。レムルシアス先生に指導を受けたクリス君以外はあらかじめ精霊界への呼びかけは終わっていますので向こうも楽しみにこの世界のすぐ向こうで扉が開くのを待っているはずです。私が門を開き、導師を勤めます。門が開いたら順に一人ずつ前に出て自分の精霊に呼びかけてください」
先生の儀式魔法で空中に魔方陣が浮かび上がりその中心に六芒星の門が開いた。
決められた順にしたがって最初に小柄な少年が進み出る。
彼が手を差し伸べると門の中から小さな炎が飛び出してきた。
炎は少年の周りでダンスのステップを踏んでるかのようにゆらぎ、少年と炎を光のサークルが繋いで契約は成功したようだ。
契約は順調に進み、同じ火の精霊でも小動物の毛玉のような姿をとるものがいたり、なにも出てこなかったのかと思えば見えない風の精霊だったり、複数の精霊を出すものがいたり、そして俺の隣に座っていたマリシアの番が来た。
マリシアは隣に座っている俺の手を強く握ってから門の前に立つ。
夜だというのに柔らかな光が満ち、それが静まると光り輝く少女がマリシアの前に立っていた。
今回の儀式では人型を取った精霊はマリシアの精霊ただ一体だけだった。
皆と同じように契約が終わり最後に俺の番が来る。
光の精霊を従えてまた俺の横に座ったマリシアと目を合わせてから門の前に立った。
何もでてこない。
門の向こうに意識を飛ばすと何かがいる気配がする。
呼ばれて何かが来ようとする気配を先生も感じたのか不思議そうな顔をする。
「クリス君どうしました?そこまで来てますよ。呼んであげてください」
「来てるのは分かるのですが門から出てきません」
「自分で出てこれない精霊というのは聞いたことも無いのですが…」
俺は中のものに呼びかけられるがまま、門の中に右腕を突っ込んで引っ張り出そうとした。
「やめなさい!危ない!!」
先生が止めるが、すでに門の中の物を握り締めており、取り出した物は、精霊ではなく物としか言い様が無いのだが、一本の黒い槍だった。
「槍ならば出てこれないのも分かりますが、しかしなぜ槍が精霊界の門の中から…」
「それクリスの槍…」
先生の言うとおりなぜ槍が出てくるのか分からないし、マリシアの言うとおりに出てきたのは俺の槍だった。
とにかく、精霊と契約するように、契約したらすんなりできてしまった。
だが何も変わらない。
よく手になじむが、ただそれだけの何の飾りも無い漆黒の槍である。
「何で俺の槍がこんなところに有ったんだろう」
「本当に君の槍かね、クリス君それちょっと見せてもらっていいかな」
「はい先生」
「ん~材質が全く分からないけど、これは意思が感じられないから精霊じゃないし。なんだろうね。なにか使うにあたって特殊効果はあるのかい?」
「こんな風に、消したり出したりできるのとあとは丈夫で曲がったり傷がついたりしないことです」
「そうなのかい。借りて研究してみたい気はするけど、君はそれが必要なんだろ?とにかくその槍で精霊術の授業はできないから受講届けを廃棄しておくよ。これは不合格じゃなくてもともと出来なかっただけということだから、君の成績に欠点はつかないよ」
「はい先生」
成績とか全く関係ないのだが分かってもらえないのだろうか。
マリシアは肩を落してがっかりしている俺の手にそっと自分の手を重ねた。
次の日ミッチェル先生はなにげなく自分の土の精霊を呼び出して昨日のあれは何だったのかを尋ねてみて答えが返ってきたので驚いた。
「なんとあれが武の精霊だったとは」
精霊とはこちらの世界の思いが実体化したものであるという説がある。
だから武力の精霊もいそうなものだが、力を求める武人は多くても今までそんな便利そうな物が現われたことがなかったのだが…。
武の精霊の事を端緒に土の精霊は精霊界のことを語りだしそれをまとめたミッチェル先生の論文は精霊術界を震撼させることになるのだが、それはまだ先のことである。
クリスには、授業は続けられないと申し渡したのだが実際に精霊を召喚して契約したのではそうもいかない。
とにかくクリスが治癒術の実習から帰るのを楽しみに待つことにした。
レムルシアス先生は俺に治癒実習をさせることなどすっかり忘れて、中央に返り咲く運動に余念が無かったのだが…。
そして俺は失意のいえぬまま、見習い治癒士の服、つまり生まれて初めてスカートなるものをはかされて、ポーションのいっぱいつまった大きなリュックを背負い、転移門を五回くぐったらそこは戦場だった。
レムルシアス先生、確かにここではいっぱい実習が出来そうです。
俺の後ろで転移門が崩れ、俺の鼻に血臭が飛び込んできた。
えらいこっちゃ。




