初授業は理論のみ
力によって生存率の決まる世界において、人間は力を合わせることによって生き延びてきた。
そして500年前魔王を倒して力と知恵を示した者たちが英雄として国々を造り王となった。
そして続く平和な時代は身分をほぼ完璧に固定してしまっていた。
王族、貴族、平民、奴隷とそれぞれ生まれた時に身分と役割が定められている。
もちろん身分が高いからといって良いことばかりではなく、現実的なこととして王族であるカイは隙を見てはメグとなって俺の侍女たちの中に紛れ込んでいる。
この世界の学び舎の最高学府であるティライア中央学園でも身分制度が厳格化しているのは同じこと、王族と貴族しか学ぶことができなかった。
平民と奴隷は附属の養成所に入ることになる。
ラムを職人の養成所に入れ、ミューとニューの姉妹もみっちりと女官としてしごいてもらうように手続きをして、俺とマリシアは仲良く同じ実技の選択科目を受講することにしたのだが、それに不満を持つ者が出た。
「クリス!お前なに考えてんだ?どうして槍を取らないんだ」
「学びたい実技を取っただけなんだけどね」
ロビンに詰め寄られる覚えはないのだが、俺の選択科目を知ったロビンが怒鳴り込んできたのだ。
「何で、武術を一つもとらないんだよ。治療術実践とか人を馬鹿にしてるだろう。入門からやるのってお前ひとりだって聞いたぞ。それに精霊術実践ってなんだよ。お前契約精霊なんていないだろう」
この武術馬鹿は見事に武術のみの選択である。
剣術、槍術、弓術、騎乗術、体術、格闘術、肉体強化術…実力別に分けれられるクラスは格闘術が中級である以外はすべて上級に入っている。
「精霊術って全くわからないから習いたいんだけどね。何でも教えてもらえるんだから知らない事を習いたいんだ。治癒術の方は切実な問題なんだぜ、俺のは思いっきり効率が悪いからな。剣や槍は自分で練習できる」
「とにかくっ!絶対に俺は強くなるからな!」
「あぁ、たのむよ。頼りにしてる」
「え?」
「強くなって守ってくれるんだろ、俺たちみんなを」
「う、うん」
全くこの単細胞は何で俺にライバル心を持つんだ。
俺はまじめに受けたい授業を選択したのだが、そうとは受け取らなかった人がロビン以外にもいた。
俺を執務室へ呼びつけたレムルシアス先生は、今年からこの学園に副学園長として赴任してきた元帝国宮廷次席魔術師の先生なのだが、気難しそうな顔を少しの間だけ俺に向けただけでしばらく手元の書類と格闘していた。
もともと帝国中央での政争に破れて副学園長という中途半端な地位に左遷されて来て、そう仕事があるはずも無いので俺の授業を担当させられたのだが、同時に学園長に押し付けられた新任教師歓迎会の幹事の会計書類が回されてきたためことさら機嫌が悪かった。
執務机の前に立たされたまま30分ほど放置されてやっと声が掛かった。
「君が全ての理論入門を取ったクリス君だね。一応その講義は有るのだが数年来受講した生徒がいなくてね。事務局で教員の手配をしていなかったから魔法理論入門として私が見ることになった。副学園長のレムルシアスだ。治癒の実技も私が見ることになったが、実際の授業は理論がある程度進む後期の春から行うことにする。精霊術もミッチェル先生が満月の日と新月の日に行うので春から受講するように。いいね。」
「はい、先生」
「では魔法理論入門はすべて図書館での自習とする。指定教科書を一冊終われば巻末にある課題を事務局で私宛に提出しておくように。事務局へ指示しておくので図書館の使用許もそこでもらえ。わかったらいってよし」
「はい、先生。ありがとうございました」
その足で学園の事務局に行く。
学園の教師陣は貴族階級の者ばかりで、優秀なのだが細かい雑用一切は事務局が受け持ち、教師毎に選任の事務員まで存在する。
新任の副学園長には新任の若い男性事務員が任命されていた。
「クリス様ですね、こちらが図書館の閲覧許可書になります。魔法理論は初級から順に番号がつけられておりますのですぐにお分かりになるかと思います。侍女か召使は一名のみしか同行出来ません。巻末の課題は毎日私に提出くださるようお願い申し上げます」
図書館での自習ということなので、ベルを連れて行った。
図書館司書に案内されて、なぜか個室に通された。
そして、そこに移動式の書架が持ち込まれた。
「クリス様の課題はこちらになります。この学園の教師が作った魔法理論の教育書の全てです。
第一巻から第十巻までは良く知られている基礎ですが、最新の第百五十巻ですとおそらく禁書も閲覧しないと課題をこなせないでしょう。副学園長先生より閲覧許可がでていますので、その禁書使用時のみ史書の一人が付き添うことになります。かつて賢者と呼ばれたネリウス様以来この学習をされたことは無いのですが、クリス様はよほど副学園長先生のお眼鏡に留まったのでしょう」
「つまりこの本一冊を一日でこなせと…」
「司書一同全面的に補助させていただきますのでよろしくお願いいたします。いやぁ、腕が鳴りますな」
とんでもないことになった。
俺は賢者でもなんでもない、魔法理論に関しては全くの初心者なのだが。
ベルを連れてきて本当に良かった。
先読みさせれば、俺が理解できないところを分かり易く解説してくれる。
図書館の中には魔法の試射場や工房もあってどちらも自由に使えるということになり、その日は午前中に2冊の課題、生活魔法一つと五行の属性魔法を一つずつ試射したのを司書さんに確認してもらってサインをもらい事務局に提出した。
最初は一日複数をこなせたのだが、だんだんそれが不可能になり、それでも根性で150日目にして百五十巻全て提出し終えた。
俺も司書の方々も燃え尽きてしまって灰になりかけだったのだが、ベルは至って元気だった。
「レムルシアス先生、お言いつけどおりにクリス君が魔法理論の課題を全て提出し終わりました。課題を確認のうえ成績評価をお願いいたします」
珍しく事務局に顔を出した副学園長に事務局員が成績評価用紙を渡したのだが、レムルシアスは自分が一人の生徒を受け持っていることすらすっかり忘れてしまっていたが、そういえば総合魔法原理全3巻を図書館で自習せよ命じた学生がいたなとやっと思い出したのだが、とにかく超初心者の相手をするのが非常にわずらわしかった。
一般では魔術士のための理論の入門書といえば総合魔法原理のことを指すが、この学園でわざわざ魔法原理といえば、魔術師のための150講座全てを指し、それを終了してやっと学園の魔術師に入門できたと見なされる。
つまり俺はたった半年で魔術師を名乗る資格が。
「君から見て課題はきちんとこなされていたか」
「はい。完璧であるように感じました」
「では、満点付けておくから、出された課題は本人に返しておくように」
「学園の規則で、認定教科書ごとの担当の再評価した上でのサインも必要ですが、何でしたら私どもで手続きさせていただきますが」
「そうしてくれ」
再評価は専門の教師たちによって行われ、最終的に魔法原理の百五十教科すべてに満点が付けてもらえた。
この時点で俺が理論分野の主席になったのだがレムルシアス先生も俺もそれに全く気が付かなかった。
そして春になり後期授業が始まる前にレムルシアス先生に呼び出された。
「君は治癒魔法をもともと使えたのだったね」
「はい先生、効率の悪いものでしたが、使えました」
「教科書の治癒魔法に関しては、確かもう使えるはずだな?」
「はい。教科書に載っていた分に関しましては使うことができます」
「確か今13歳だったな。よろしい、では新学期が始まるまでローグ砦で研修したまえ」
「精霊術の実技があるのですが、そちらはどうすればよいのでしょうか?」
「精霊術の初級理論も終わっているな」
「はい」
「ならば、それで当面は充分だ。明日が満月だから初回に精霊と契約してから行けばよい。ミッチェル先生には事務局から伝えてもらうように」
どうしても生徒を指導するのが面倒な副学園長は、ローグ砦から見習いでも良いから治癒士を派遣されたしとの緊急通信を見てそこがどのような状態であるのかも確認せず俺の派遣し実習に替えることにした。
見習いでもとにかく治癒できる者に来て欲しいと、見習いで充分だから来て欲しいは天と地の差があった。
ローグ砦は激戦のさなかにあったが、俺は何も知らずに次の日契約できるであろう精霊を楽しみにして一日を終えた。
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