新生活の始まり
ティラノス帝国の首都ティライアは天空に突き刺さる山々に囲まれた高原盆地にある。
赤道近くにあるが標高が高く気温が低いので
その外側は魔獣の住む密林に囲まれている。
かつての魔族との対戦時、偶然発見されたここが聖戦士ティラノが率いる人類の反撃の拠点になった。
外界との通路は公にされている八ヶ所のと秘密の一ヶ所の転移門しかない。
転移門をくぐるに当たって検査があったが無事に通過する。
王族であるリリエル姫は素通りだし、奴隷達も永続奴隷であるので奴隷紋を確認しただけで素通りできた。
主人の意に染まぬことはできるはずが無いので、持ち物と同じで員数の中にも入らない。
そうやって全員無事に門を通過できたのはいいのだが、時間が余ってしまった。
諸手続きにあと2時間くらいかかるので待たねばならない。
田舎貴族の扱いは帝国では所詮その程度しかない。
もちろんリリエム姫は王族なのでセバスさんたちやラシュエルを連れて先に与えれた屋敷に向かった。
「ちょっとクリスいいか?」
話しかけてきたロビンの様子は今朝からなんとなくがおかしかった。
俺は早朝いつものロビンとは稽古せず、大剣を振り回すシェリー相手に実践形式で稽古してたんだが、
「どうした?」
「買い物したいんだけど、女の子一人貸してほしいんだ」
「またなんで?」
「ラシュエルに謝らないといけないんだけど、なにかプレゼントでもと思ってさ」
「何したんだよ?あいつ何も言ってたかったぞ」
「ちょっと言えないんだ…」
「へぇ~、そんなら聞かないよ。ルファを連れて行けばいいさ。今朝引き合わせたからわかるよな」
「あぁ、助かる」
ティライアの転移門の近くには観光地のノリの商店街があり、田舎から出てきたものたちや、帰るものたちでにぎわっている。
そういった人ごみの中を歩くロビンとルファの二人連れは、ロビンがさりげなく手をつないだりして、ちょっと背伸びしてがんばっても恋人同士には見えなかった。
この世界の貴族たちは性的に早熟なのだが…。
何をしてるやら…とクリスがいたならツッコミたくなるような様子のロビンに気のいいルファは黙って付き従っていたのだがどうもはかどらない。
「さっき見たけどアクセサリーは高すぎて…ラシュエルには何がいいかな」
しどろもどろのロビンが少しかわいいなと思いつつ助けを出してやる。
「その奥はもう下着売り場です、婚姻の申し込みでなければおやめになったほうがよろしいかと存じます。お詫びの品ということですが、どのようなことに対してのお詫びなのでしょうか、それによって選ぶ品物も異なってまいります」
「言いづらいんだけどね、そのぅ、今朝宿のドアを開けたらラシュエルが着替え中だったんだ。すぐ閉めたんだけど謝ってなくて。それで時間が経ったらますます謝りにくくってさ」
真っ赤になって斜め下を見るロビンにくすっと笑いそうになったが、気がついたことがあってルファは首をかしげる。
「もしかしてその場に私もおりましたでしょうか、後ろを向いていたと思いますが」
「後ろを向いて座ってたと思う」
「ご覧になったのはクリス様です。クリス様はロンバルト家の跡を継ぐ方ですから女性ですが嫡男として生活されております。クリス様でしたら…ロビン様どうかなさいましたか?」
気にしてないので花でもということを伝えようとしたが、真っ青になったロビンにそれを伝えることが出来なかった。
「あの…」
「ああごめん、なんでもない。それでクリスになら何がいいのかな?」
ルファは今のはいったい何だったんだろうと疑問に思ったが、その後のロビンに何の異常も無かったのでそのまま花を買って帰ってきた。
ロビンは俺に一度も勝ったことが無い。
守らねばならない女性に常に負けるとは何事か。
ロビンの向上心と闘争心に火が付いた一瞬だった。
相手が普通ならよかったのだが俺なんだもの。
「ロビンありがとう。気にしなくてもいいのに」
「いや、ノックもしないで悪かった。すまん。何なら責任とらせてもらうが…」
「いいって、俺嫁さんいるんだし、それに、そういえばルファだって男だし」
「えぇっ!」
惚れっぽいロビンの何度目かの恋が砕けた一瞬だった。
大きく目を開いたままのロビンにルファはスカートを少し持ち上げてかわいらしく挨拶する。
、
「ちょっとした事故で体が男になっただけだけどね」
「事故で性別が変わるのか?」
「人体強化の失敗事故さ。あの店の地下でそんなことをしてたんだ。何人か人外がいるけど普通に女の子扱いしてやってくれよな」
「あの尻尾のある子達だろ、わかった。」
尻尾のあるのだけが人外じゃないのだが、あまり詳しい話をしても仕方がない。
花束とお菓子を持ってきたロビンが意外と様になっていたりしたのだが、込みあがってくる笑いを抑えるのに苦労した。
がんばれ元俺!
話の間、露骨に視線が俺の胸元にちらちらと行ったり非常にわかり易い。
微笑んでやると赤くなる。
俺の胸なんてたかが知れてるのにかわいいやつだ。
後5年もすれば…何を考えているんだ俺。
しかしこいつダルカンに悪いところに連れて行ってもらったはずだがちゃんとできたんだろうな。
「あのな、クリス。一つ頼みがあるんだが…」
「なんだよ」
「一人暮らしになるんだけど、女の子を一人…その侍女に貸してもらえないか」
はっきり言えや、と突っ込みたいが、ふむ。
メグでもいれば一番いいのだろうが、一国の王子様でもあるし、ルファがいなくなれば俺が困る。
侍女としては申し分ないのが一人いるのだが、根本的な欠陥がある。
困った。
家事なんてできそうに無いがミュー姉妹にでも行ってもらおうか、と結論に至ったのだが横で聞いていたマリシアが言ってしまった。
「レオナがいいんじゃない?」
「彼女でお願いします」
条件は全ていいんだけど、根本的にレオナには問題がある。
今はおとなしくしているが、ヤツの腐り具合は相当なものだ。
同じ殺し屋でも他人の嫌がることしかしてこなかったやつだからな。
「レオナはおとなしくしているが他の子達と違って犯罪奴隷だぞ。それを忘れてもらっては困る」
「主人に害になる事はできないんだろう、だったら大丈夫さ」
主人のためになることが必ずしも良いことではない。
また、良いことを積極的に見送ることもできる。
結局、余計なことは何もできないように行動に制限をかけてロビンと共にレオナを送り出したのだ。
後になってするから後悔というが、新しく一人雇えばよかったと今更ながらに思う。
しかし、まずヤツなどというものを生かしておいたのがそもそものミス。
レオナをルファの合成に使ったらよかったというのが2番目のミス。
さっきつまらぬことでルファが男だとばらさなければたぶんそのままルファに行かせた事を思えばそれが、マイアがロビンについていくことは始めから決められた定めだったのかもしれない。
ロビンたちが寮に行った後、俺たちが案内されたノルンの下屋敷のひとつは、隣がベレス王国の下屋敷、つまりシャロンの屋敷だった。
そしてリリエル姫が住むノルンの上屋敷の隣もベレスの上屋敷の隣。
ベレスは帝国を挟んで反対の南側にあるので、ノルンと仲良くなっても帝国は対して困らないという理由で隣同士になることが多いらしい。
そのようなわけで、俺の屋敷には若干一名、食事時に奴隷が増えていることが多い。
「おいメグ、お前なんでここにいるんだ。向こうにいなくていいのか。」
「だって、メグはご主人様のものですもん」
こいつルファの作る料理、特にデザートが目的らしい。
「メグ、食べたら二階の拭き掃除な。カウラス、メグが掃除している間、条約の暗唱看てやってくれよ。どっちもサボらせないようにな」
「かしこまりましたご主人様」
「そんな~。ご主人様おーぼー」
シャロンからカイの勉強予定表が届いてるんだ。
そして俺、姫、ロビン、マリシア、ラシュエル、それからカイはティライア中央学園に通うことになる。
名前ミスあり修正しました。
ご指摘ありがとうございました。




