幸運が必要
ぶん殴ってやったら、「なんで当たったんだ」とかわけのわからないことを言っているアーサーをそのままにして、隠しとびらを店のボスに開かせて、地下へ降りていった。
店の規模に比べてかなり大きい地下室にはあの時と同様におリの中や水槽の中に、元人間であったものが入っていた。
この部屋の主は、たしかダウトとかいったな、やはり肩に奴隷紋を刻んでいる小柄な男だった。
ここの目的は奴隷を役割別に改造すること。
戦闘用が大部分を占めるが、愛玩用もかなりいる。
問題なのはかなりが失敗作であること。
材料はいくらでも手に入るので、遠慮なく改造できるとは前回生き残った俺にこのダストが言った言葉だ。
シェリーの容姿を伝えてダウトに案内させると、俺が入れられていた水槽になにやら判らない肉の塊がうごめいていた。
その塊には見覚えのあるマリンブルーの瞳を持つ目、それがまぶたも無くむき出しになっている。
すぐに俺にできる癒しの術を掛けたが健康なものにかけたのと同じ手ごたえしか帰ってこない。
「シェリー、なんとかしてやるからな。死ぬなよ」
シェリーだったものを見つめていると背後から人の気配が近づいてきた。
「シェリーは生きていたぞ。耳も聞こえるし、目も見える。意識もちゃんとあるらしい。治療できる段階は超えているようだがな」
肉塊には奴隷紋が浮かび上がっており、俺の命ずるままに、右へ行ったり左へ行ったりする。
苦痛はないらしいのがせめてもの救いだが…。
今はその青い目が俺の後ろのアーサーをじっと見つめている。
「こうなっちゃったの?かわいそうだけど、これでさよならしないといけないね。新しい回復役の子を探すよ」
「お前が原因なんだろう、謝る言葉はないのか」
「こうなったらどうしようもないでしょ。もともとシェリーが勝手にくっついてきたんだし」
これがあの聖戦士なのか、人類の希望だったのか。
聖戦士の話題には戦っている場面しか上ったことは無いが、あの時はほかの事などみんなどうでも良かったのかもしれない。
すぐにでも楽にしてやりたいが、マリシアとダルカンを待つ。
マリシアが使える魔術を全て使って無力を悟った後もダルカンがシェリーを診ていた。
その間アーサーは…マリシアを口説いていた。
もちろんマリシアは無視していたが。
「クリス様、どうも別なものに変化させようとして制御出来なくなったみたいですね。合成の途中で動けるようになった相手に逃げられたときとそっくりですわ。健康な男に合成したら運が良ければ人に戻れるかもしれませんね」
「へぇそうなんだ、君が奴隷にした店員がいるだろ。あれ使えばいいじゃないか」
細かい手順をダルカンから聞いていると、アーサーが後ろから口を出してきた。
「男女の化け物なんてあんまり一緒に居たくないけど、見てみるだけなら面白そうだね。ちょっとやって見せてよ」
「ちょっと…ねぇ。ダルカン、こいつの体使ってみてくれ。運はいいはずだ」
「おいっ!僕は嫌だぞ!!」
アーサーは逃げようとしたが動けなかった。
「なんで?」
「お前、契約魔法を舐めてるだろう。俺とお前、どちらかが死ぬまで解除できないんだ。そしてお前は主である俺を傷つけることができない」
「さっき奴隷紋は消してたじゃないか」
「見えなくしただけだ。命令しなければ普通に生活は出来るからな。命令だお前は責任を取ってシェリーの器になってやれ」
「もしかしてお前、夜の姫か?」
「なんだそりゃ、とにかくアーサー、お前死ぬ気になってシェリーを元に戻せ。お前の運とやらを全部使うんだ」
水槽の肉の塊が黒い墨のようになって中に入ったアーサーを取り巻く。
黒はすぐに無くなり放心状態で浮かぶアーサーの姿がはっきり見えるようになった。
アーサーの髪の毛がまず全て抜け落ち、代わりに濃紺のまっすぐな髪が腰まで伸びる。
そこに浮かんでいたのはもう少年ではなく一応少女だったのだが…。
「腕が四本ありますね」
「これは直しようが…あっ、2本になった」
これはあの4本腕の獣の最後の抵抗だったのだろうか。
もうあいつは出てこないはずだ。
それともシェリーが喰われてしまったのあろうか。
外見上は、股間を覗き込まなければ髪の長い少年である。
同じ筋肉質であっても俺の体はあくまでも女なのだが、これはどう見ても男のまま…。
などと思いながら眺めていると水槽が血の色に染まり、渦を巻き、驚く前に目の前に水を滴らせた裸の少女が跪いていた。
最終的にシェリーが勝ったみたいだ。
「ご主人様、助けていただきありがとうございます」
「お前シェリーだよな」
「はい、ボクにはアーサーが混じってしまいましたがシェリーで間違いないです。それよりもボクがご主人様の初恋の相手だって本当ですか?ボクどこでご主人様と会っていたの?あのね、ボク、ぅわあぁぁ~ん」
俺にしがみ付いて大声で泣き出して、一通り泣いてそのまま寝てしまった。
夜の姫については、あとで聞き出さねばならないだろう。
「かわいいですね」
「ああ、ちょっとなにか前と違うんだけどな。他の子たちも何とかするか」
シェリーは失敗した分運が良かったとも言える。
記憶も自我も残っていたからだ。
完成形の奴隷は記憶が消去されてしまっていた。
ラシュエルにできるだけ復元してもらったのだが、失われたものはどうにもならなかった。
ダウトの趣味かボスの趣味か、改造されていたのは美少女が多かった。
ルファ、22才、ルーワン王国女官、自爆用、記憶自我あり
明るいブラウンの髪濃いブラウンの瞳
しっかりもののお姉さん。
どこかの城を吹っ飛ばす目的で体中に爆発物が埋め込まれていた。
爆発物を除去のうえ、店のボスと合成するが、取り除いた部分が多いため現在の体は男性。
もともと使える生活魔法と付け加えられた爆発魔法。
ベル、21才、知的な女官、記録用。記憶あり自我無し
白髪グレーの瞳、人形のような硬い表情。
自我が無く与えられた情報を覚え、聞かれた事に答えるだけ。
言われたことをするだけ、ただし思考力はあるので漠然とした命令で方向性を与えるだけでよい。
世話をしているルファにくっついている。
エマ、20才、乗用一角獣、記憶あり、自我あり
人になつかない一角獣を乗騎にするため、合成されていた。
一角獣がオスだったため、店にいた女性店員と再合成。
一角獣の姿と、青味がかった白髪の姫の二つの姿を取れる。
俺かマリシアしか乗せない。
ルタ、年齢、容姿、性別一切不明、失敗作元は男性?自我あり記憶なし
改造に失敗して不定形生物になっていた。
俺と賭けをしたお姉さんと合成した結果、20歳くらいの色っぽいお姉さんになったのだが、容姿がすぐ変わってしまう。
細工仕事など細かく精密な職人仕事が得意
鞭と一応水魔法が使える。
シャロン、18才、べレス王国りりしい女騎士、記憶自我あり
赤い髪、金の瞳、戦闘用、戦闘技能強化型
筋力、体力、回復力を強化しすぎて筋肉の塊になっていた。
店の用心棒と合成して沈静化。
バランスの取れた攻撃と防御の魔法全般と武芸一式が使える。
容姿をほぼ変えず男性化する。
シータ、18才、快活な踊り子、民衆扇動用、記憶なし自我あり
黒髪、黒い瞳をもつ闇の一族の一人。
体臭に各種の精神作用のある香りを混ぜることができる。
出荷直前の完成体。
ラム、17才、技能詰め込み型、体力筋力強化型、記憶なし自我あり
濃い紫の髪紫の目
ベルが知識を詰め込まれたのに対して職人技能を詰め込まれた。
ミュー、15才、狩猟民族ケド族の娘、愛玩用兼護衛用、イヌ科の魔獣との合成
灰色の髪灰色の目、犬耳犬尻尾
ニュー、15才、ミューの双子の姉妹、愛玩用兼護衛用、ネコ科の魔獣との合成
白黒まだらの髪、金色の目、ネコ耳ネコ尻尾
カイ・ド・ベレス、12才、べレス王国、第5王子、シャロンの主君、記憶、自我あり
どのように検査しても未改造のように見える。
帝国への留学が嫌で逃げ出そうとしてここに囚われた金髪碧眼の王子様。
メグに変身できる。
メグ・ベレシス、12才、カイの侍女、記憶あり、自我無し
金髪碧眼でメグの記憶があるので普通の少女として振舞えるが性格はカイのまま。
カイと合成されている。
余った店員は奴隷商にでも売り飛ばそうと帰る準備を始めると、鳥かごの中の青い鳥が叫びだした。
「ここから出してくれ、わしも人に戻してくれ」
2階にいた貴族達の教育係のばあさんらしい。
ダウトと合成してやったが人に戻ることは無く、カウラスと名乗ったその鳥は俺たちについてきた。
謎の巫女
シェリーによると、アーサーは幸運の女神ルシルバの巫女に、同い年の夜の姫を殺さねば幸運が逃げるとそそのかされたらしい。
度を越えた幸運は本人にも自覚が有ったらしく、夜の一族ノルンにリリエルという同じ歳の姫がいることを聞きつけて、偶然知ったヤツという殺し屋に依頼をするためにこの町に来ていたらしい。
巫女については、そんな名の女神はいないはずで、全く何者か何が目的かの見当がつかない。
しかしリリエルは夜の血が薄いはずなので、夜の姫は俺のことかもしれない。
とにかく前回ヤツに暗殺を依頼したのがアーサーだったと分かる収穫があった。




