だまされた田舎者
帝国に入って二日目、俺たちは前回に来たときより一週間遅れて北方交易都市ギルランに着いた。
帝国北部での交易の中心都市でノルンの王都より規模が大きいが、それでも帝国全土から見ると上からぎりぎり十指に入るかどうかの都市でしかない。
ここから帝都までは魔術による転移門をくぐってすぐなのだが、前回同様に門の魔術式の故障で二日ほど待たされる。
到着日は違うのだが運命は帳尻を合わそうとしてくるらしい。
そして俺はマカネンの代わりにロビンとここの名産の果物の買い出しに市場を歩いている。
その果物がちょうど売り切れで次の入荷まで小一時間掛かるところまで同じ。
全くため息が出てくるよな。
そしてお約束のように、袖を引かれた。
「兄さん達、時間が余ってんだろ、ちょっと遊んでいかないか。見てるだけでも面白いぜ」
ロビンはあの時の俺と同じように胡散臭そうな目でそいつを見ている。
あの時はマカネンが大乗り気でほいほい付いて行ったのだが…。
「ちょっと覗いてみるか」
「おぃ」
「ほいきた、こっちです」
別の田舎物が引っかかってもかわいそうだ。
相手をしてやろう。
案内された裏通りの小さな店の奥は賭博場になっていた。
ロビンと俺は田舎ものらしくきょろきょろあたりを見渡す。
「やった、また勝ったぜ、これで5000ゼニー儲けた」
「うわぁ100ゼニーしか持って来てない、ちょっと借りてみようか」
初めて聞く金の単位にロビンは眉をひそめるが何も言わない。
帝国の通貨はクルツなのだが。
あちこち眺めていると、店の奥にいた色っぽいお姉さんが俺たちに声をかけてきた。
「坊や達、初めて見る顔だね。こっちへおいで1ゼニーから賭けられるから」
俺とロビンは目配せして二人そろってそっちに行く。
ゲームは簡単だった。
くるくる回る円盤に玉を転がして、止まった時に玉が100個ある仕切りのどこに入るか予想するだけ。
偶数か奇数に張るなら掛け率は2倍、数字に張るなら掛け率は100倍、単純なゲームだ。
もちろん複数個所に賭けることもできるし、指定した数字より大小で賭けることもできる。
ただ0番だけは親の総取りで賭場の儲け。
そのようになっている。
だから勝率は5割少しだけ切ることになるのだが…。
「この台は1ゼニーから賭けれるよ。うん、始めてみたいだからお姉さんが1ゼニーおごっちゃおう」
基本的に厳しくしつけられているロビンはそれでもいやそうな顔をする。
「そんなに心配なら、誓約魔法でちかってもいいわ、魔法を使っていかさまはしない。これでどう?掛け金はミルファ王国のゼニーだけどいいよね。あなた達も知ってるように、ここの市場で一番使われてるし、すぐ交換所で両替できるから」
そこまで言われてロビンがうなづく。
それを見て俺が先に声をだす。
「じゃ、俺がするよ。誓約魔法だったよね」
すぐに誓約の紙が出てきてこれから先が誓となる。
「うん、掛け金は最初のミルファ通貨1ゼニーは私のおごり、魔法を使っていんちきすれば、私はあなたの奴隷になる。」
「負けてもにっこり笑って清算でいいよね」
「そう、約束破ったらふたりとも奴隷になるのよ」
「こいつも一緒って言うなら、あんたの仲間が魔法でいかさまするかわからないから、あんたの仲間も含めてくれるよね」
「分かったわ、それでいいよ」
「俺もだ」
お姉さんは自分の仲間を含めるところで一瞬ためらったように見えたが、近くにいた男了承し、紙が燃えて契約は成立した。
店のほかの客も従業員も一番レートの低い大のおれたちなど見向きもせず、自分達の賭けに熱中している。
先ほどうなづいた男が一人、退屈そうに酒を飲みながらこちらをぼんやり眺めているだけだ。
全く注目されない俺たちの賭けが始まる。
「いいわね、まず一回目、好きなところに賭けて」
「42番」
「いきなり1点賭けね、ふつう偶数か奇数に賭けるんだけどさすが男の子、行くわよ」
円盤は回り、見事に42番に入って止まった。
「すごいわね、あなたの勝ちよ。これで100ゼニー。次どこに賭ける?」
俺はにっこり笑って右手のひらを上にして差し出した。
「その前に一回分清算しようよ。100ゼニーおくれ」
俺の言葉に店の喧騒は一瞬で途絶え、空気が凍りついたように誰も動かなくなった。
ただ円盤の回るかすかな音がこの時やっと聞こえるようになった。
なにが起きているのか全く理解いていないロビンは心配そうに俺の横顔を見ている。
向かいのお姉さんは額から脂汗をたらしながらも動けないでいるがそれでも契約どおりににっこり笑っている。
先ほどの男が近寄ってきた。
こいつも引きつった顔で笑っている。
「オイ若いの…」
笑い声で迫力が無いが、それでもドスの効いた声は俺の片手でさえぎられる。
「さぁにっこり笑って清算しよう。払えなければ仕方がないね。奴隷紋を額につけたらかわいそうだから右肩にしてやるよ。彼女の仲間達、ちょっと肩を見せて」
あの時言われたセリフを少し変えただけで使ってやった。
男の右肩にはくっきりと奴隷紋が浮かび上がっている。
俺はこの後15ゼニー負け越したマカネンによって奴隷に堕されたのだ。
「お前知っていて…」
「よく知っている通りって言ったのはそちらじゃないか。確かに超高額の取引にミルファ通貨のゼニーがつかわれているのは良く知っているよ。5ゼニーもあればこの帝国でも男爵領くらいは買えるよね、ノルンなら1ゼニーがやっとだけど」
ロビンは何が起こっているのかまだはっきりと把握できていないようで口をパクパクしているが、面倒なので説明してやらずにそのままにしておく。
先ほどの男に財産を全てまとめるように命じ、店中に聞こえるように大声を出す。
「俺の奴隷になった者は右肩を出して一列に並んでね」
店員はもとより先ほど5000ゼニー儲けたとか、100ゼニーしか持ってないとか言ってた客達も全員にっこり笑いながら並んだのでロビンは更に驚いたようだ。
決まってるじゃないか、この12人全員が仲間なんだよ、こいつら。
「なぁ、クリス。もし42番に入らなかったらどうするつもりだったんだ?」
「何、寝ぼけたことを言ってるんだよ。最初の1ゼニーはおごりだろ。負けたらそれでさよならするだけじゃないか。それにさ、お姉さん0番に入れてみて」
並んでいたお姉さんは元の台に戻り、球を投げた。
回る盤の上で玉は99番に入りかけたが、震えて隣の0番に入って止まった。
「熟練した技術で狙ったところに入れるんだよね、絶対に失敗しないとも言えないけど、0番以外の全部に賭けてもやっぱり負けちゃうんだろうね」
自達がどんな危険なことをしていたかやっと理解しだしたロビンがうなりだしたけど相手をせず、ここのボス、つまりさっきの男にここにある財産をまとめさせていく。
「クリス、お前女みたいな顔して結構すげぇことするな」
一発殴っておいた。
次に2階に上がるとだまされて奴隷に落された者が8人もいた。
鍵も掛かっていないし、鎖で繋がれているわけでもない。
少年に至っては武装までしている。
それでも彼らは逃げられない。
額の奴隷紋が逃げることを許さないからだ。
行商人の親子らしい3人連れ、大剣を横において瞑想する少年、青年貴族の二人組み、泣きはらした貴族の令嬢とその侍女、その中に二人見知った顔があるがあえて無視することにする。
親子連れの子供の額に手を当てると奴隷紋が消える。
うまくいった。
その両親の奴隷紋を消した次は早くしろとかわめく貴族を後にして女性二人。
「下のゲームで勝って、俺がこの店全ての持ち主になりました。特に貴族の方々といざこざを起こす気はありません。ここで何も無かったことにしていただきたい」
などと言いながら少年の紋を消し、最後に青年貴族たちの額に手を当ててやったが二人は礼も言わずにはまだ我慢できるが、不満をぶちまけながら出て行った。
「あんたらは、自分で帰れるだろう。ロビン、このお嬢さんたちを送っていってくれないか、こっちはまだ時間がかかりそうだから、あ、果物…いいや、ここの誰かにかいに行かせる。とにかく一旦戻ってくれ」
「おい一人で大丈夫なのか?」
「そうだな、マリシアとダルカンにここに来るように伝えてくれればいいよ」
商人一家と令嬢たちは礼を言いながらロビンに連れられて出て行ったが、なぜか少年が一人残った。
こいつのことは良く知っているのだが、今は初対面だし、出来るだけかかわりたくない相手だ。
「僕はアーサー、助けてくれてありがとう」
「君も早く帰ったほうがいいよ」
「君あのゲームに勝ったんだ。すご~いね。僕は運がいいから大抵のゲームには勝ってるんだけど、なぜか負けちゃったんだよね」
こいつの言うとおり、アーサーは恐ろしく運が良かった。
こいつの恐ろしさは、剣の強さではなくどんな窮地に至っても偶然が重なって生還してくる運の良さにあった。
どんな時でもこいつらの仲間だけがほぼ無傷で戻ってきた。
そしてこいつは今みたいにへらへら笑っていた。
自分たちだけは安全だと信じて。
そして最後にどうしようもなくなって簡単に折れたのだろう。
ある意味、魔王になってもこいつだけは生き延びやがった。
ただの僻み、やっかみ、嫉妬、とにかく地獄の中で平気で笑っているこいつが嫌いだった。
「お前に用はないんだよ」
「僕のほうにまだちょっとあるんだ」
「なんだよ」
「一緒に来た仲間なんだけど、ここにいなくってさ。僕の仲間だから死んではいないと思うから、治療士呼んで欲しいんだけど」
なんだと?死んでなければ、治療できればいいのか?心配してないのか?
笑いながら言うなよ。
「シェリーって女の子でさぁ」
俺は力いっぱいアーサーをぶん殴っていた。
次でメインメンバーが大体出揃います。




