乙女ゲー乗っ取られたらしい
乙女ゲーム転生ものです。
語尾を伸ばすような男子が出てきますのでご注意下さい。
この世界は乙女ゲームの世界らしい。
そんな予感めいたものはあった。だってあまりにもここはゲームの世界と酷似している。学校の名前も同じ。攻略キャラも同じ。私の名前も、同じ。ゲームの主人公のデフォルト名そのまんまだ。方瀬小春。それが私の名前。ゲームと同じだ。
でも、ゲームと違うことが一つある。
主人公の役目は他の子が持っていってしまったらしい。
佐川七海という少女だ。
佐川さんとは一度だけ言葉を交わしたことがある。攻略キャラの四人の内三人を取り巻きみたいにして、出会い頭に私のことを酷いと非難し、泣いた。
よくよく話を聞いてみると、私は佐川さんに嫉妬していじめをしたことになっているようだった。私は何もしていない。でもそのいじめは生徒の間では周知の事実となっているらしかった。
弁明はしなかった。何を言ってもきっと無意味だっただろう。
大して長くはなかった会話の中で、佐川さんは三人のことを私が救ってあげたと言っていた。彼らはその言葉に何の疑問も持っていないようだった。私はふと、この人達がその真意を知ることは無いのだろうな、と思った。
そんな佐川さんは攻略キャラを全員自分のものにしたいみたいで、色々とアプローチをしてみたりしているようだけれど、どうやっても残り一人が落とせないようだ。イベントも全く起きてないようで、かなり焦っているような姿を何度か見かける。
恐らくこれからも彼女の期待するイベントは起きないだろう。
だって、彼は本当の攻略キャラでは無いのだから。
「ハル、来たよぉ」
十二時四十五分。大体この時間に、きまって東堂はやって来て一緒にお昼を食べていく。少し前から始まったそれは、習慣となりつつあった。
「お疲れ。今日も?」
「うんー。もぉほんと困っちゃうよねぇ」
「佐川さんもよくめげないよね」
「ねー。早く諦めろって感じぃ」
へらへらと気の抜けた笑みを浮かべて東堂は言った。けして楽しくて笑っているわけではない。らしい。このキャラクターのせいで笑いたくなくてもこんな顔しか出来ないのだと、前に東堂は言っていた。語尾を伸ばした口調も同様なようだ。
東堂は本当は中学生で、去年本物の東堂と入れ替わってしまったらしい。入れ替わる前の東堂は大層な女好きで、二股どころか片手で足りないくらいの女と同時に付き合うのも当たり前だったようで、入れ替わってからの東堂は相当苦労したと言っていた。そのエピソードは、女に刺されそうになったとか、ストーカーされていて実は自宅に入られてたりしてたとか、メンヘラ女に監禁されそうになったとか、実に可哀想な話ばかりだ。
「あっ、はいこれぇ。甘いもの、好きだよねぇ?」
「ん。うわ、今日六個もある。相変わらずモテるね」
「前はモテたいって思ってたんだけどなぁ」
と、困った顔。
東堂は入れ替わった後、即座に当時関係のあった女と別れ、それから今の今までフリーを貫いている。だけど、昔の浮き名は一年たった今でも健在で、遊びでも、という女が後をたたない。前の東堂は甘いものが大層好きだったようで、そういう贈り物も相変わらずたくさん来る。でも今の東堂はあまりそういったものが好きではないらしく、貰うと大抵私に回ってくるのだ。
今日は、チョコレート類が二つ。マドレーヌ一つ。それとカラフルなマシュマロにクッキーのアソート。キャラメルなんてのもある。どれも既製品だ。どうやら前の東堂は既製品しか受け取らないたちだったらしく、手作り類が来た試しがない。私としても、誰が作ったか分からない手作りのお菓子より既製品の方が嬉しい。
「いつもありがと」
「どういたしましてぇ。こっちも助かってるからおあいこだよぉ」
「そっか」
「ふふっ。あ、そういえばねぇ。何か今日佐川が手作りのマフィン渡してきたんだよねぇ」
「えっ、それは凄いね」
「まあ突き返したけどねぇ。佐川は何か意味わかんないこと言ってたし、取り巻きもうるさくって大変だったよぉ」
「うわぁ。凄い想像できるわ」
「そーいえばさぁ、ハルこの前佐川に絡まれたらしいねぇ」
「うーん。なんか私佐川さんのこと嫉妬して苛めてるんだって。泣かれちゃった」
「ハルがそんなことするわけないのにねぇ」
そう言って、東堂は微笑んだ。その笑みには少し危うさを感じさせる翳りが感じられる。でもこれがゲームのせいなのか、それとも本心からなのか私には判別できなかった。
東堂は元の世界に帰りたがっている。当然だ。この世界に来てから、女関係で相当痛い目をみているようだし、家はそれなりに裕福なようで好きに使えるお金は多いようだが、両親は両方とも浮気を繰り返していて家にはほとんどいないらしい。友達もどうやっても作れないようだ。コミュ力それなりにあると思ってたのにねぇ、とは東堂の談である。
恐らくだけれど、東堂に問題があるからではないと思う。というのも、私も友達が出来ないのだ。言い訳をしておくと、これは私のせいではない。と思う。
元々、方瀬小春というキャラクターは孤独でなくてはならない。そういう設定なのだ。おかげで両親は産まれたときからなく、孤児院で育った。その間、友達はどうやっても出来なかった。何をしたわけでもないのに学校ではいじめられた。最近になって突然祖父だという資産家に引き取られることになったが、そこに愛情は無かった。当然だ、今更ポッと出てきたような血の繋がりがあるだけの少女に孫への愛情など簡単には生まれないだろう。そういう設定だからか、方瀬小春というキャラは、他の乙女ゲーと違って明るくて前向きで健気な典型的なキャラではなく、一貫として屈折しているが、実は精神的には脆い少女のような印象を受けた。
そもそもこのゲームはコンセプトからして孤独なので、主人公も攻略キャラも何かしらのトラウマを持っていて、孤独を感じていたはずだ。
私も、そして東堂もゲームのキャラとは少し違うが、孤独を感じている。私達は互いに依存し合っている。
このゲームにはハーレムエンドとハッピーエンドと友情エンドとバッドエンドの計四種類のエンディングが用意されているが、バッドエンドの中でそれぞれの攻略キャラに一つずつ、共依存エンドと呼ばれるものがある。共依存エンドは、好感度が高いのにトラウマを乗り越えられなかった場合に発生するエンドだ。ものによっては、この攻略キャラヤンデレなんじゃないか?といった終わり方もある。まあある意味このルートではどのキャラも少なからず病んでいるから共依存となってしまうのだろう。
私達もそうだ。違う世界から来たという共通項を繋がりとし、孤独を埋め合っている。互いではけして埋まらないと知りながら、必死に隙間を埋めようとしている。
佐川さんもきっと私達と同じ穴に入っている。今はゲームと浮かれているけれど、これが現実だと気付いたら一体どうなるのだろうか。それを知った上で今が幸福と感じるのならば、それはとても幸せなことだ。
「ヒロ」
「ん、なぁに?」
「ずっと側に、いてね」
東堂の、本当の名前を呼ぶ。
ああ、この人だけは佐川さんにはあげられないなぁ。
東堂は柔らかく微笑んだ。
「もちろん」
前回も今回も私の書く乙女ゲーム転生の主人公は元の世界に帰りたがっている、精神的に脆いキャラになってしまっているみたいですね。
キャラ被り、残念です。ごめんなさい。
次はできればそうでないキャラにしたいです。




