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ドSな彼とクリスマスイブ

作者: mahuyu

12月24日


今日はクリスマスイブ。


わたしこと伊波珠子はあったかいコタツの中にいた。


さっきリビングの窓から外見るとチラチラと雪が降っていた。


さむそー。


そう呟いて首をすくめ、このコタツの中に入った。


世間はクリスマスイブで、なぜか日本ではカップルだけが最高潮に盛り上がる日。


本来ならキリスト誕生の前夜祭として世界中が喜びを分かち合う日なのに。


聖なる夜であるはずが、いつの間にかカップルがイチャコライチャコラする日にすり替わっている。


男は荒い鼻息と共に高価なプレゼントを用意し、女はその聖なる身体【性なる身体】を男に差し出し、どのホテルも満室御礼。


キリストの誕生なんか祝っている暇などないほどイチャコライチャコラする日。


ホテル街は震度二を記録するほど……


夜中に起きる揺れは地震ではありませんと、テロップが流れるほどイチャコラする日。


この、不届き者めら!


神父と牧師の違いもわかっていないカップルがイブを語るな!


過ごすな!


もし、カトリックとプロテスタントの戦いの戦士たちがタイムスリップしたのなら、「敵は日本にあり」と押し寄せて来るに違いない。


この腐敗した日本を浄化してくれる戦士たちの指揮なら、わたしがかって出てやるとPM2時29分までそう吠えていた。(コタツの中で)


PM2時30分。


コタツの上に放置されていた携帯が鳴った。


ピロリン、ピロリン。


相手は剛念寺保タモツ


剛念寺保……


八月まで、わたしと保は同じ卓球部員だった。


そう、二人だけの卓球部員だったのだ。



男女二人。


つまり、男子卓球部員一人と女子卓球部員一人ってこと。


当然団体戦は出られない。


広い体育館内。


バスケットボール部とバレーボール部の華やかな練習風景の片隅で、コソコソと卓球台を広げていたと二人きりの卓球部。



保は、同級生なのに、わたしに敬語を使えと言うほどの男。


10分だけ自分のほうが、入部が早かったと言う理由だけで。


同級生なのに、先輩後輩の間柄になった。


保は自他ともに認める変わり者で、独自に編み出した練習方法を無理やりわたしに付き合わせた。来る日も来る日もわたしに敬語を強いて、自分は踏ん反り返り、練習に付き合わせた。


中でも百本スマッシュの練習は痛かった。


わたし目がけてスマッシュを打ち込むのだ。


顔や腕や足にピン球がペチペチ当たり、身体中赤い痕だらけになった。


そんなわたしを見て踏ん反り返ったまま笑うタモツは自称ドS。


痛がるわたしを見て喜んでいた。


わたしの献身的な付き合いのお陰で、保はメキメキと力を付けた。


そう、保だけが強くなっていた。


『わたしも強くなりたい』


そう主張するわたしに保が言った言葉。


「時間がもったいない」


もう、辞めようと思った。


こんな、卓球部なんか、辞めようと……


でも、来る日も来る日も保と一緒に卓球をして、知らない間に、そんな保が好きになっていた。ドSの保を。


だから……辞められなかった。好きだから、保の傍に居たかった。


下僕のような三年の月日が流れ、三年生最後の試合が終わった。


そして、部員を引退して、保と会う機会がまったくなくなった。


たまに、校舎内の廊下ですれ違うだけで、話すことすらも無くなっていた。


そんなタモツからのまさかの電話。



飛び起きて携帯を手にした。


『珠子?』


「はい」


『お前、今、ヒマ?』


「ヒマです。ヒマです。死ぬほどヒマです」


思わずそう答えた。


『今から、出て来られないか?』


「出られます。出られます。全然ヒマですから」


『じゃあ、お前の家の近くのドンドンファミリー(ファミレス)で三時に待ってる』


「三時ですね。分かりました。直ぐに向かいます」


ヨッシャー!


右手を天井に向けて突き上げた。


伊波珠子18歳に春が来た。


クリスマスイブに……


ムヒヒ


予定が出来たのだ。


しかも―――


相手は剛念寺保。


伊波珠子18年生きて来て男子の誘いを受けるなんて初めてのこと。


コタツから飛び出し、着ていた綿入れをブーメランのように放り投げた。


こうして、腐敗した日本を浄化してくれる戦士たちの指揮は取れなくなってしまった。



剛念寺保との待ち合わせ時間まで、後、三十分しか無い。


どうする?


取りあえず、外は寒くて凍えそうだが、シャワーを浴びることにした。


朝からコタツで寝てはテレビを見て、あきればまた寝るを繰り返しながら、日本浄化作戦を企てていたので寝汗をかいていた。


五分でパパッとシャワーを浴びて、一番女の子に見えるワンピースを着て、薄いメイクを施した。


唇に少しだけグロスを塗ると、我ながら色っぽく見える。


鏡に向かってウィンク一つ。


自分で自分が気持ち悪くなった。


ウィンクはやめよう。


ファー付きのコートにブーツを履いて、玄関先の姿見を見て二コリと笑い日本の腐敗化促進の一員となって、家から飛び出した。


道路は人通りが多く、冷たく乾いた風がビューと吹き抜けた。


さっき、慌ててシャワーを浴びたので、襟足が寒いし、慣れないミニのワンピースはさすがに冷える。


家の暖かなコタツが恋しい。ネコのようにゴロニャンと横になって寝ていたい。


でも、そんなことは言っていられない。


ネコのように寝ていたって春は来ない。


春が逃げたらどうするんだ。


チャンス到来してんだぞ。


このチャンスを逃してたまるか。


まるで台風並みの風が吹きつけて来た。


頬がブルブル揺れている。


上空一千メートルから飛び降りるスカイダイビングのよう。


こんなことで怯んでどうするタマコ。


震える足を一歩一歩前に出して、アスファルトを踏みしめるように進んだ。


この際、足が動けなくなっても、匍匐前進ホフクゼンシンしてでも、剛念寺保に会ってやる。


大好きな保の澄ました顔を思い出した。


ブリザード級の風の中だったけど、心の中は温かい春の風が舞った。


急いだ甲斐があって、ドンドンファミリーには五分前に着いた。


ドアを押して中に入り、ファミレス内を見渡すと、窓際で剛念寺保が澄ました顔で、座っていた。


冬の昼下がり、窓から差し込む柔らかな光が保を包み込んでいた。透明感のあるその横顔がくっきりと浮かび上がり、真珠色の肌が際立って見えた。


男の癖に美白エステでも行っているんじゃないのか?その肌を手に入れる為、世間の女性が幾らつぎ込むと思ってんの?


悔しいほど綺麗な横顔にほんの少しだけ殺意を覚えた。


気を落ち着かせながら、ゆっくりと保の席に近づいた。


おお神よ。


わたしのこの小さな胸から殺意をなくしてくれたまえ。


心の中で十字を切った。


そうでもしないと、クリスマスイブ殺人事件になってしまう。


近づくにつれ、保の全身が視界に入って来た。


制服かジャージ姿しか見たことなかった保が、今時の高校生風のファッションで決めている。


ネイビーブルーのチェックのネルシャツにカ―キ―色のファー付きブルゾン。


それがやけに決まっていて、自然と顔が綻んだ。


なんだかんだ言っても保は、やはりイケてるメンズだ。


自分を知っているのか知らないのか分からないけど、意識していない部分が逆に鼻につくが、そんな保が、五分前に来たわたしより、先に来て、待っていてくれたことにもう一度舞い上がった。


単純に嬉しい。


そのお陰で周囲に幸せな視線を送れる自分に驚いた。


クリームソーダを手でかき混ぜている、どうしようもない子供さえ可愛く見えた。


隣同士に座ってパフェを食べ合いっこしているバカップルでさえ、賢く見える。


この世の中はイブなのだ。


誰もが愛を誓い合うイブなのだ。


なんでも許されるイブなのだ。


さっきまでの日本浄化作戦を企てていた狭い心は消え去っていた。


「ごめんなさい。待たせてしまって」


有りったけの笑顔で、カップルお約束のセリフを吐いてしまった。


わたしに気付いた保が切れ長の眼を大きく見開いた。


琥珀色かかった眼はヤケに澄みきっている。


人類が始めて身につけた宝石、琥珀を生まれながらにして持ち合わせている保にまた、殺意を抱いた。


ダメだ。


ダメだ。


十字を切れ。


「うん。俺も今、来たとこ。まあ、座れよ」


いつものドSの剛念寺保がヤケに優しい言い草。直ぐにわたしから眼を逸らした動作がぎこちなく感じる。


言われるまま、前の席に座った。


「お前、なんか注文する?」


メニューを差し出して来た保の目の前には、眼の覚めるような色のブルーハワイソーダ。


南国の海を思い出させる飲み物だがこの時期は似合わない……が


「剛念寺君と同じのでいいです」


バーで待ち合わせた大人カップルみたいに言ってみた。


本当は、身体が冷え切っていたから、暖かいココアが飲みたかったんだけど。


ここは、カップルみたいに同じ物を注文した。


保は直ぐに店員を呼び止め、オーダーしてくれた。


人の注文を代わりに頼んでくれるなんて、今までなかったことだ。


変だ。剛念寺保、今日は絶対変だ。


まさか、わたしに告白とか?


チラリと保に眼をやる。


ツンと澄ました顔で、深く椅子に座り、長い足を組んでガラスの外を見ている。


そんな素振りは見せない。


そうでなければ、イブの日に保は、どうしてわたしを呼びだしたんだろ?


ファッションだってデートモードだし、ファミレス内を見渡す限りでは一番素敵でカッコイイ男の子だ。


正直今日の保には驚いた。


頭の隅では、ジャージを着てくるんじゃないのか?


イヤもしかしたら、フリースに綿入れを着たまま来るんじゃないのか?


そんな心配をしていたけど、余計な心配だった。


今日の保はどっから見てもオシャレなイケメン高校生だ。


わたしを呼び出したワケは何?


そればかりが頭の中を駆け巡る。


いつも毒を吐く、薄く形のいい桜色の唇は堅く一文字に閉じられている。


ブルーハワイソーダが運ばれて来て、テーブルに青いグラスが二つ並んだ。


トロピカルな澄みきった青いソーダ。


炭酸の泡が浮かんでは消え、浮んでは消え、それさえわたしの目を楽しませてくれた。


もし、保と恋人同士になれたなら、今年の夏は南国の海で保とチチクリ合うことが出来るかも知れない。


頭の中に晴れ渡った水平線が浮んだ。


青いソーダ水にそこまで妄想してしまうわたしは異常だ。


イブと言う特別な日に舞い上がっている。


先ほどから保に対して殺意を覚えるのは、イブに舞い上がり、可愛さ余って憎さ百倍ってヤツのせいだ。


長い足を組んでいた保が、足を元に戻してあらたまった風に座り直した。


「なあ、タマコ。お前を今日、呼び出したのは他でもないんだが……」


保の言葉に口に咥えていたストローを少しだけ離して、ゴクリと息を飲んだ。


「ちょっと……頼みが」


そう言いかけた保が隣の椅子に置いてあったカバンから、500mlのペットボトルを取り出し、


「これだ」


そう言ってテーブルの上にドカンと置いた。


突然現れたペットボトル。


今さっき、夢のような演出を繰り出していた青いソーダ水の真ん中に、対照的な色の液体が入ったペット

ボトル。


そのペットボトルの底には、茶色く濁った液体が入っていた。


「……」


ドロッとして、茶色いコールタールのような液体。


泥水のほうが、まだ、サラサラしているように思えた。


眉間に皺を寄せ考え込むような仕草をしている保。


その保の顔にはイブと言う文字が見つからない。


眉間の皺とイブは繋がっていない。


そして、イブとは繋がらない話を始めた。


「実は俺の死んだ祖父は大手薬品会社に勤めていたんだ」


「薬品……外車?」


「外車じゃねえよ。会社だそ。その会社の研究室に永年勤めてたんだ」


「へえ……そうですか」


「その祖父の家から、一世一代の発見だと書き記したノートが出て来たんだ」


「一世一代の発見?」


「ああ。そこで、俺が、そのノートを見て、レシピ通り調合した液体が……これなんだ」


保はペットボトルを、わたしの目の前で軽く振る。


あんまり近くで振るから目が真ん中に寄ってしまった。


薬品作る時でもレシピって言うのか?


「凄いじゃないですか!」


疑問があったけど大げさに褒めてやった。


保は一旦、ペットボトルをテーブルに置いて腕組みをして、ため息を付く。


「作ったはいいが……ちゃんとできているか分からないんだ。それに……」


「それに?」


「飲んで試す勇気がないんだ」


「……」


「それでさ、お前、これを飲んでみてくれないか?」


「はあ?」


「お前にどんなもんか試して欲しいんだ」


目の覚めるようなブルーハワイソーダのグラスが二つ。


その間に、泥水のような液体が入ったペットボトル。


一カ月以上放置した、ミルクティーのようにも見える。


腐ったミルクティー……


それを……


わたしに飲めと―――


保はいつものように冷静沈着な態度。


ドS根性丸出しのその眼は飲めと命令しているように見える。


着ていたワンピースの端を両手で摘まんだ。


世間は煌びやかなクリスマスイブで、そんな中でわたしはこの剛念寺保に呼び出された。


舞い上がって、羽が生えたような気分で、ここにやって来た。


呼び出したのは、この茶色い液体をわたしに飲ます為。


こいつは、この寒空の中にわたしを呼び出し、得体の知れない液体を飲めと言うのか?


クリスマスイブに、男に呼び出され、こんなこと言われる女は、世界中でわたし一人じゃないのだろうか?



学校内じゃ変わり者の保。


保の周りには、使い捨てカメラの現像の為、暗室に閉じこもり過ぎた写真部員と、星が出る頃に帰宅する謎の天文学部員の友達がいた。


妖しい過ぎる三人組み。


別の意味で近寄りがたい男子生徒たちだ。


一人でいれば、絶対モテルはずなんだけど、わたしを含む、学校内の女子はそんな保に近寄れなかった。

異様な雰囲気を持った彼らに話しかけることが出来なかったのだ。


こんな得体の知れない液体を作り上げた保はやはり変わり者で、あの写真部員と天文学部員の仲間なんだ。


そして、わたしの気持ちをこれっぽっちも知らないで、この泥水(腐ったミルクティー)を飲めと言う。


保と過ごした、三年間が走馬灯のように思い出された。


卓球台の向こうで踏ん反り返る保の姿が…


自分は飲む勇気が無いので、わたしに飲めと命令する。


この自己中心的発言はドSの保らしいじゃないか。


涙がワッと溢れて来た。


そして……


テーブルの上のペットボトルに手を伸ばした。


キャップを捻って、そのままその液体を一気に飲みほした。


ゴクリッ


味わう暇もないほどの一気だった。


飲みほしたと同時に涙がポタリポタリと頬を伝って来た。


味は……涙の味。


「どうだ? どんな感じだ? 何か変わったか?」


動物実験のマウスを覗き込むような眼でそう聞いて来た。


何がなんだか分からなくなった。


「わたし……世界で一番不幸です。クリスマスイブに呼び出されて、好きな人にこんな泥水みたいな得体の知れない物を飲めと命令されて、世界で一番不幸な女です」


泣きながら、そう保に訴えた。


すると、保は眼を見開いて、また、カバンの中から同じ液体が入ったペットボトルを取り出した。


そして、キャップを捻った。


それを口にあて、一気飲みした。


保……が液体を飲み込んだ。


「タマコ……今、俺のこと、好きな人って言ったな」


「言いましたよ。言いました。それがどうしたんです。バカにしたいんですか?」


「確かに好きな人って言ったよな」


「言ったけど……辛いです。剛念寺君に動物実験用のマウスみたいな扱い受けて、辛いです!」


「俺も……タマコが好きだ」


「……」


「俺も、ずっと、タマコがすきだったんだ」


「……」


「祖父の一世一代の発見……この液体は、自白剤なんだ。お前、今、俺がスキって自白したよな。だから、俺もいま、お前に好きだって自白した。つまり、実験は成功したってことだよな」


自白……


わたし……自白したのか?


これって……


自白じゃなくて……



告白じゃないの?


立ち上がった保から、手が差し伸べられた。


「今から、俺んちでクリスマスパーティーしないか?」


「クリスマスパーティー?」


「実験が成功したら、タマコと一緒にやろうと思って用意しているんだ」


保の顔を見上げて、その手を握った。


「行こう」


急展開……


いきなり、保の家って。


ハードル高い。


ファミレスを出て、保に手を引かれ、寒い空の下を歩いた。


街並みはクリスマスイブ。


陰り始めた陽。


イルミネーションがチラリチラリと灯りだす。


わたしの手を引いて、前を歩く保。


周りから見れば、どこから見ても幸せカップルだ。


保の手は…


どこまでも温かかった。






保の家に着いて、保の部屋に通された。


部屋の中には、折り紙で作ったクサリが天井から釣られていた。


保がセッティングしたのだろうか?


テーブルには、クリスマスケーキにから揚げにオムライス。


まるで保育園のクリスマス会のようだった。


保……


保もクリスマスパーティーなど、保育園での記憶しかないのだろう。


でも、可愛くて、また涙が出そうだった。


「これ、剛念寺君が用意してくれたんですか?」


「うん」


「折り紙を鋏で切ってクサリを作ってくれたんですか?」


「うん。かなり時間が掛った」


ロマンティックな雰囲気ゼロだったけど、心がこもってて、とても嬉しかった。


「オムライス……もですか?」


「うん。味は保証しねえぞ」


席に着いて、無言のまま二人オムライスを頬張った。


保は一言も喋らない。


わたしもそんな保にしゃべりかけられない。


自白したもの同士……


お互いが好きだと自白したもの同士。


こうして二人でいると、実に恥ずかしい。


モクモクと全てを食べ終えた。


クリスマスと言うより、通夜の席だ。


「オムライス……冷めてたな」


保がポツリと言い出した。


「はい、でも、美味しかったです」


「から揚げも冷えてたな」


「冷えたから揚げ嫌いじゃないです」


最後にケーキを食べて一息ついた。


目の前の保が、また、カバンからペットボトルを取り出し、例の液体をゴクリと飲んだ。


「?」


このタイミングで、今度は何を自白するつもりなんだろう。


「お前、今日から敬語やめろよな」


「え?」


「俺に敬語使うな」


「え……はい」


「オムライスもから揚げも熱いうちに食べるもんだよな」


「まあ……そうですけど」


「なあ、タマコ、胸の中、熱くないか?」


「胸の中?」


「タマコに自白して、さっきから俺、ずっと熱いままなんだ」


「わたしは、恥ずかしくて顔が熱いです」


「つまり、俺ら熱いモノ同士ってことだな。鉄は熱いうちに打てって言うよな」


「はい。聞いたことあります」


「だから、敬語使うなって」


「はい、すみません」


「だから……俺、熱いままタマコに……キスしてえ」


そう言いながら、わたしの隣へと移動してきた。


「はあ?」


「熱いまま、キスしてえ」


「キ……キス?」


「うん」


瞬き一つせずにジッと見つめて来た。


「そ……キスなんて……好きって自白して直ぐだし、まだ早すぎです」


「早くない。俺ら、どれだけの時間一緒にいたと思ってんの? そこら辺のカップルより長い時間一緒にいただろ?」


「そ……それはそうですけど」


「敬語使うなって言っただろ?」


そう言いながらグイッ顔を近づけて来た。


「あの……顔近いです」


「敬語使うなって。近くならなきゃキスできないだろ?」


「だ……だけど」


更に顔を近づけてくるから、大きく仰け反った。


そんなわたしにもっとグイグイと顔を近づけて来て、体重が支えきれず、絨毯の上に倒れてしまった。


それでも保はわたしに迫ってくる。


そのまま保はわたしに覆い被さって来て、押し倒された状態になった。


「俺ら、全然早くないぞ。こうなるのって、遅いくらいだ」


保、自白しているのか?


自白剤飲んで、自白しているのか?


これ、本心だよね。


「もう……待てねえよ」


「待てないって……どう言う意味ですか?」


「敬語使うなって言っただろ?俺は男で、お前は女ってことだ」


両腕を押さえ付けられた。


「そんな分かりきったこと、今更何を言うんですか?」


「敬語……使うなって」


目の前十センチで、二コリと笑った保の手のひらが、フワリとわたしの頭を撫でた。


「……」


唇と唇の間隔が一センチ。


思わず目を閉じた。


そして…


唇が触れる寸前、保の言葉が聞こえた。




「タマコ……すげー好き」







     

        Fin





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