好きな子の縦笛を舐めたいよね
俺、葵愛生が学校に行くためにドアを開けて家を出ると、隣の家のドアも開いて女の子が出てきた。
幼馴染の正留水面である。
「おはよう。ものすごい偶然だね」
「そうね」
そのまま自然と二人で学校まで歩く。よく付き合っていると誤解されるがそれも仕方のない話だろう。
それくらい幼馴染というのは大きな記号なのだ。
「そういや男子って好きな子の縦笛舐めるらしいな。桃子もきっと何百人の男に舐められたんだろうな」
「気持ち悪い事言わないでよさなぎちゃん…ああ、でもなぎさちゃんとか今でも小学校に忍び込んで縦笛舐めてそうですよね」
別の高校の制服を来た女子二人が朝から下世話な会話をしている。
それにしてもあの二人の片方は可愛いな、身長は奏さんと同じくらいで顔は天使のように愛らしく、おまけにメロンがついている。100人中99人は奏さんとあの子どちらを選ぶかと言われればあの子を選ぶことだろう。
しかし俺はどうしてもロリ巨乳というものは好きになれない。
ああいうのは漫画やアニメの世界にだけ存在していればいいのだ。
それにしても、縦笛か…
「そういえば今日は音楽の授業だったな」
「私は美術だけどね」
俺の通っている高校では芸術という授業があり、音楽、美術、文学の3つから選んで授業を受けることができる。俺と奏さんは音楽を選択しているのだ。
やがて音楽の授業の時間。俺は音楽室へ向かう。
音楽室に入ると、端っこの席に奏さんが座っていた。
前々から観察していて思ったが、奏さんはどうやら端っこ大好きクラブのようだ。
確かに俺も電車に乗るときに端っこの席に座りたがる節がある。
俺と奏さんは相性抜群だと言ってよいだろう。
「隣、いい?」
了承を得るより早く俺は奏さんの隣に座る。
「ふぇっ?は、はい。どうぞ」
「奏さん、音楽好きなの?」
「は、はい。あんまり、手先とか器用じゃないんで聞くの専門ですけど」
奏さんはどんな音楽が好きなんだろうな、気になる。
「ははは、俺は音楽聞いてたら眠くなるタイプでさ。音楽選んだのも、ほとんど音楽聞いてるだけで授業が終わるっていうから睡眠時間の確保にと思って」
「もう、不真面目ですね」
怒られた。もっと怒ってください。
そして音楽の授業が始まる。今日はクラシックを聴いて感想を書くそうだ。
心地よい音が流れてきて、俺の頭の中には奏さんとひまわり畑の中で抱き合っている姿が浮かぶ。
そして俺は奏さんのひざまくらで…ね…む…い…
「葵さん、授業終わっちゃいますよ。感想書かないと」
奏さんに起こされる。どうやら眠っていたようだ。肝心の音楽は全く覚えていない。
ただ夢の中で奏さんにひざまくらされていた事だけは覚えている。
「うへ…眠ってたのか。途中で起こしてくれてもよかったのに」
「そ、それは…。何だかすごく気持ちよさそうに寝てたんで、起こすのもあれかなって」
気遣いのできる奏さんは最高に可愛い。
とりあえず何か感想を書くか。とても心地いい音楽で、頭の中にひまわり畑と可愛らしい女の子が出てきました。うん、文才あるな、俺。
今日の授業も終わりだ、今日は俺が掃除当番で、奏さんはすぐに帰ってしまわれた。
じゃんけんで負けたのでゴミ出しをして教室に戻ると誰もいない。
俺は奏さんのロッカーを開けて、とあるものを探した。
しかし見つからない。
「流石にロッカー漁るのはどうかと思うわよ」
声がしたので振り返るとそこには水面が。
「お前突然現れるよな、こえーよ」
「人のロッカー漁る男の方が恐怖を感じるけどね…何探してたの」
ため息をつく水面。冷静に考えるとこんな変態行為を許容するこいつも恐怖を感じる。
「縦笛だよ。舐めようと思ってさ」
「そんな気はしてたけど直に言われると幼馴染とは言えど流石にドン引きだわ」
「持って帰ったのかな」
「私は音楽じゃないから知らないけど、そもそも縦笛持参の授業なの?」
言われて気づく。そういえば別に縦笛が必要だなんて説明はなかった。
小学校じゃあるまいし、吹奏楽部でもなければ高校生が縦笛を持ってくるはずがなかったのだ。
「なんてこったい…」
「馬鹿ね」
「恋は盲目なんだよ」
「気持ち悪い事言わないで頂戴」
気持ち悪い…か。気持ち悪がられついでにもう1つ気持ち悪がられてみよう。
俺は水面の顔を真っ直ぐみつめる。
「水面。頼みがある」
「何よ」
水面は目をそらす。相手の目を見て話せないのはどうかと思うぞ?
「お前の縦笛を舐めさせてくれ」
直後にパシッ!と乾いた音が響く。水面が俺をビンタしたのだ。
「痛いな、何するんだよ」
「突然そんな事を言われてビンタしない女の子がいると思ってるの」
「だよねぇ」
当たり前の反応だとは思う。しかしこいつは俺の幼馴染なのだ。
普通の女の子とは違ってある程度は俺のわがままも聞いてくれるはず。
「水面、女の子にはわからないかもしれないが縦笛を舐める事は男のロマンなんだ。そりゃあ舐めれるなら奏さんの縦笛舐めたいよ。だがこればかりは無理だ、俺も叶えられない夢を追い求める程馬鹿じゃない。だから俺は縦笛を舐める、という行為そのものに執着することにする。だからお前の縦笛を舐めさせてくれ」
パァン!と乾いた音が響く。今度は本気でビンタされた。
水面は俺を汚物を見るような目で見てくる。くぅ、ちょっと興奮してきた。
やがて彼女は深いため息をつく。
「…わかったわ」
「最後に水面の家に遊びにきたのいつだったかな」
「さあね」
二人で下校し、俺は水面の家にあがる。
「お、姉貴おかえり!おいおい男連れか?姉貴は彼氏とか作れないだろうなーと思ってたけどそんな事はなかったんだな感動したぜ…って葵兄ちゃんじゃん」
「おう水瀬。久々だな」
水面の弟である正留水瀬。確か中学2年生だったか。
「ところで水瀬、お前好きな子の縦笛舐めたことあるか?」
「勿論だぜ葵兄ちゃん!それどころか体操服や靴も嗅ぎまくったぜ!バレて嫌われたけどな!」
「…そんな話、聞きたくなかったわ」
自分の弟がかなりの上級者だと知り、ため息をつく水面。
いや多分男の8割はこういうことしてると思うぞ?男に幻想を抱き過ぎだぜ水面は。
「へえ、意外と女の子らしい部屋なんだな」
水面の部屋に入る。てっきり和風の部屋で掛け軸でも飾ってあるのかと思っていたが、意外とぬいぐるみがあったり、ファンシーな部屋だ。
「はいこれ。舐めたらさっさと帰って」
押入れから縦笛を取り出して俺に手渡す水面。
「ところで、これを最後に使ったのいつ?」
「小学6年生じゃないかしら」
小学6年生というと実に3年前だ。これはいかん。
「3年も経ったらもう何もかも消え去ってるじゃないか。いっぺん自分で吹いてよ」
ドゴォ!と硬い音がする。思い切りグーでぶん殴られたのだ。
殴られて俺は水面のベッドまで吹き飛ばされた。
「ねえ、幼馴染だからって何でもわがまま聞いてくれると思ったら大間違いよ」
「頼むよ、こんなんじゃそこらへんで買った縦笛を舐めるのと一緒じゃないか。布団の匂いかぎまくってやる」
「お願いしてるの?脅迫してるの?」
まあそこは長年付き合ってきた相手、俺が引かないと知っているのか諦めて水面は縦笛を口にし、曲を奏で始める。どうやら?ドレミの歌のようだ。ところどころフィー!という謎の高音を出しながら無事に彼女は演奏を終える。
「下手くそだね」
ズガァン!と硬い音がする。俺の顔面に縦笛をぶん投げたのだ。
演奏まで馬鹿にされて流石に堪忍袋の緒が切れたのか、水面はプルプルと震えている。
「ねえ、これでも私は優しい方だと思わない?」
「うん。流石に調子に乗っていたと思うよ。ごめんごめん」
さっさと本来の目的を果たすことにしよう。俺は彼女の縦笛を口につけ、曲を奏ではじめる。
「この曲…」
驚いたように俺を見つめる水面。この曲は確か水面が小学生の頃よく口ずさんでいた曲だ。
タイトルも歌詞もわからないが、何となく頭の中に入っていたので再現することができた。
「ふう、3年ぶりだけど、何とか演奏できるもんだね」
「う、うまいのね…」
演奏がうまくできて上機嫌な俺とは対照的に水面は落胆している。
きっと変態の癖になんで…と思っているのだろう。
「ところで、この曲なんて曲なの?昔口ずさんでたからメロディーは覚えてたけど」
「…お風呂場で適当に作った自作の曲よ」
「演奏の才能はないけど作曲の才能はあるんだね」
「うるさいわね。で、どうだったの?女の子の縦笛舐めた感想は」
そう、目的は彼女の自作ソングを演奏することではない、縦笛を舐めることだ。
水面が口をつけたばかりの縦笛を俺が口につけ、完全なる関節キスだ。
「うん、やっぱり水面とはいえど女の子の唾液の残ったものを口にするのは興奮するね。ジュースとかの関節キスって液体で唾液とかが流れるけど縦笛なら流れないじゃないか。だからこそ世の男は縦笛を舐めたがるんだと思うよ」
「真面目に考察しろとまでは言ってないわ」
彼女はその場にへたれこむ。
「はぁ…流石に突っ込みやら呆れやらで疲れたわ。もう用は済んだでしょ、さっさと帰って頂戴」
「いやあ本当に迷惑をかけるね、持つべきものは幼馴染だよ。何か埋め合わせしないとね、何か俺に頼むこと考えておいてくれよ」
縦笛を彼女に返すと、俺は部屋を出る。部屋を出てすぐのところには水瀬がいた。
さてはこいつずっと盗み聞きしてやがったな。
「葵兄ちゃん、俺も人の事を言えないというのはわかってる。だけど身内の彼氏が変態っていうのはやっぱり弟としては辛いんだよ」
まあ、遠くから眺めている分にはいいけど近くにいるとちょっと…というものはある。
変態も遠くから眺めれば笑えるが、身近にいると怖い。こいつはそう言いたいのだろう
「大丈夫、つきあってないから」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ…ま、姉貴もちょっと変な所あるし、お似合いなのかなぁ…」
俺は水面の家を出ると、すぐ隣にある自分の家へと戻った。
いつか、いつか奏さんの家にご招待されたら、縦笛を舐めよう。