好きな子への苛めはおさまった
「全部私に任せなさい」
水面はそう言った。俺が引き起こしたクラスメイトからの奏さんへのいじめを止めさせたいから力を貸してくれと頼んだところ、水面はそう言ったのだ。
おいおい、俺の出番無しかよ。確かに俺はあまり役に立たない人間かもしれないし、余計に事態を悪化させるかもしれないけど、何だか釈然としない。水面に全部押し付けているようで。
それから数日が経ったある日の事。
今日は高校に教育関係のお偉いさんが視察しに来るそうで、皆良い子にしてろよと担任に釘を刺される。
しかし高校生がそんな言葉に耳を貸すはずがない、表向きはニコニコとしているがやはりそれでも裏では奏さんの机に虫を入れたり、落書きをしたりと陰湿な事をやっていた。
お昼休憩になり、俺はいつものように奏さんの机まで移動してお弁当を広げる。
水面は昼休憩になるとすぐに教室を出て行った。今日は食堂で食べるのだろうか。
「あれ、私のお弁当…」
奏さんは自分のカバンを探すも、お弁当が見つからなかったらしい。
いつのまにか隠されてしまったというわけか。
「大丈夫?俺のお弁当分けてあげるよ」
「だ、大丈夫ですよ。購買部に行きますから。葵さん男の子なんだからしっかり食べないと」
奏さんは寂しげに笑って席を立ち、購買部に行くため教室を出ようとする、その時だった。
『あ、そうだ。どうせならこの奏さんの制服も、やっちゃおうよ』
『それいいね、ジョキジョキジョキーっと』
放送などで使われる、教室の上のスピーカーから声が流れる。
奏さんに嫌がらせをしている主犯格の女子2名の声だ。
その当人2名は取り巻きの女子達と今日もニヤニヤと食事を取っていたが、その放送を聞いて顔色が変わる。
『それにしてもあの時の奏さんの表情、最高だったねー。やめてください、やめてくださいをずっと連呼しててさ、途中から何も言わなくなって人形みたいになってさ。レイプってあんな感じなのかな』
『やだー下品。そうそう、中学の時に苛めてた工藤さん覚えてる?』
『覚えてる覚えてる、あいつも少し可愛いからって調子乗ってたけど、中学卒業する頃は常に笑えない、ブサイクな顔になっててウケたわー』
奏さんを苛めていたこと、昔の中学でも同じような事をしていたことなど、彼女達の悪行が赤裸々に暴露される。おい、放送室だ!と教師達が慌てて廊下を走って行った。
「お前ら、そんな事してたのかよ。流石にやりすぎだろ…」
クラスのお調子者の男子がそう言い放ち、2人を睨む。
今までずっと事なかれ主義で、傍観者を決め込んでいたクラスメイト達だが、実際にこんな発言を聞いてしまえば、騒ぎが大事になれば、傍観者でなくなる。途端に主犯格である女子2名を攻撃し始めた。
「ちが、違う、私は」
彼女達は慌てて弁解しだすも、全ては手遅れだろう。
丁度水面が教室に入ってきて、何事もなかったかのようにお弁当を食べ始めた。
教育関係のお偉いさんのいる時に、こんな会話が暴露された結果そりゃもう一大事。
今まで奏さんの敵だった皆は途端に、まるで最初から自分達は奏さんの味方だったんですとばかりにこの女子達の敵になる。校舎を荒らしたのはこの2人なんじゃないか?という風潮になる。
結論から言えば奏さんへの苛めはぴったりと止まった。
元々嫌がらせをしていたのはあの2人で、残りの連中は傍観者だったということか。
取り巻きにも尻尾切りされた彼女達は気付けば逃げるように余所の学校へと転校していった。
自業自得、というやつなのだろうか。
彼女達の転校の知らせを聞いたその日、俺は奏さんと一緒に下校した。
「とりあえず、何て言えばいいんだろうな。良かったね、いや、違うのかな」
奏さんに何と言えばいいのかわからない。
奏さんを苛めていた連中が学校からいなくなり奏さんへの嫌がらせは無くなったのだから喜ぶべきことなんだろうけど、終わり方が何だか後味が悪い。
「葵さん…私も自分の気持ちがよくわからないんですよね。でも、これだけは言えます。今までずっと私の味方してくれてありがとうございました。あ、後久我君にもお礼しないと」
きっと奏さんは苛めっこ達と和解してハッピーエンドを求めていたのだろう。
それじゃあ、また明日…と奏さんはT字路で俺に手を振って別れた。
「水面、これで良かったのかな」
そして俺は奏さんを見送った後、隠れていた水面に声をかける。
彼女達の会話を放送で流した本人に。
「おとぎ話じゃあるまいし、皆で仲良くなってハッピーエンドなんて無理な話よ。加害者に優しいって事はね、被害者に冷たいってこと。遅かれ早かれ、彼女達はどこかで自爆して制裁を受けたわ。だったら早い方がマシでしょ?そして私達…いえ、私も制裁を受けないといけない」
水面はそう言って、その翌日に、
「私が校舎を荒らしました」
朝礼が終わってすぐ、クラスメイトの目の前で、そう言いだすのだ。
ざわめく教室。水面は俺に目で黙ってて、と伝えると涙を流しながら語りだす。
「優等生でいる事に疲れて、つい文化祭のセットを壊しちゃって、気付いたら奏さんがやったことになって。すぐに自分がやったって言いだそうと思ったのに、奏さんが嫌がらせ受けているのを見て、言いだせなくなって…本当にごめんなさい!」
水面は自分一人で責任を取ろうとしていた。
校舎を荒らしたのは自分もだし、そもそも俺が水面を巻き込ませたのに、水面だけが責任を取ろうとするのはおかしい。俺も立ち上がって自分の罪を告白しようと思ったが、水面は俺に目で訴える。
『今まであなたは何のためにやってきたの、奏さんと幸せになるためでしょう?
愛生は奏さんのヒーローでなくてはいけない、奏さんを苛めから守ったヒーローでないと。
自作自演で奏さんへの嫌がらせの原因となった人間、なんて肩書きはいらない。
愛生まで罪を告白するなら、今までやってきたことがパーになる。女に恥をかかせるつもり?』
目を見ただけだったが、俺は水面の考えていることがはっきりとわかった。
俺は水面のその気持ちに負けて、結局知らんぷりをするしかなかった。
「許すか許さないかはよー、奏さんが決めるべきじゃね?」
水面の告白を聞いてお調子者の男子がそんな事を言いだす。
ついこの間まで奏さんが犯人だと決めつけて蔑むような視線を送っていたくせに都合のいい男だ。
話を振られた奏さんは、席から立ち上がって、
「正留さん…許すも何も、私は別に怒ってませんよ。私だって、たまにむしゃくしゃして何か壊したいなって思うことはありますし。それに私も悪かったんです、いつもうじうじして、そんなんだから周りに誤解されて、当たり前ですよね。だからその、正留さん、良かったら前みたいに、仲良くしてください」
そう言ってペコリと頭を下げる。何故か知らないけれど、クラスからは拍手が起こった。
俺は拍手をすることができなかった。なんだかものすごく調子のいい拍手だったからだ。
クラスメイト達が自分のやったことを棚にあげて、水面を許すことで自分を聖人のように見せているようで。けれども一番自分のやったことを棚にあげている俺がそんな彼等を批判することなど許されないのはわかっていた。だから俺はうつむくしかなかった。
こうして、奏さんへの苛めの件は収束した。
終わってみれば、調子に乗った二人が痛い目を見て、水面が責任を取って、クラスメイトはコウモリのように振る舞って。
奏さんは、水面達大人しい女子グループに混ざるようになった。よく笑うようになった。
俺は奏さんに告白しようと思った。
水面が俺に罪を着せないように、自ら体を張ってお膳立てしてくれた。
水面のためにも、俺は奏さんと幸せにならないと、そう思っていた。
終業式の日に、告白しようと思っていた。水面は絶対に成功する、そう言っていた。
そして高校2年から、色々あったことを水に流して、新しいクラスで新しい関係が始まる。そう言う筋書きだった。
「…奏さんに、告白されたんだ」
終業式の前日、久我が俺を呼び出してそう言った。