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好きな子の体操服が隠された

「おはよう、奏さん」

「葵さん、おはようございます」

 この日の朝、T字路で奏さんと合流して学校へ(実は隠れて待ち伏せしていたのだが)。

 ここ数日、俺の手の届かない所で奏さんへのいじめが起こっている。

 水をかけたり、椅子に接着剤をつけたりといった苛めはすぐに飽きるだろうと思っていたのだが、

 女子にとって奏さんの涙顔などは、俺と同じく加虐心を産んでしまうらしい。

 以前俺がやった靴に画びょうや傘をぼろぼろにするといった行為が、俺の気づかぬうちに行われているのだ。

 俺は苛めと言う行為を、なめていたのだろう。




 学校へ行き教室へ入る。

 奏さんの机には、花瓶が置かれていた。

「美化委員が、間違えて置いたのかな」

 俺はそう言って花瓶をロッカーの上に置く。

 奏さんは何も言わずに、いや、言えずに自分の席についた。

 今の奏さんに話しかけるのは多分逆効果だろう。俺も自分の席へ。

 しかし、俺に何の被害もないのはどういうことだろうか。

 奏さんへのいじめを行っている、活発的な女子グループからしてみれば俺はかなり邪魔な存在だ。

 奏さんに味方する者として、俺にも嫌がらせがあってもいいはずなのに。

 今のとこ、俺には何の被害もないのだ。




「あ、あれ…?」

 この日の5時間目は体育。奏さんはお昼ご飯を俺と一緒に食べた後、ロッカーを開ける。体操服を取り出して更衣室に行く予定なのだろう、しかしロッカーの中に体操服はなかったようだ。

 きっと、女子連中に隠されたのだろう。奏さんはまた泣き気になっておどおどしている。

「体操服、無いの?別のクラスの子に、借りにいこうよ」

「…はい」

 5時間目の体育の授業のない別のクラスの子なら、貸してくれるはずだと、俺の能天気な頭は思っていた。



 しかし答えはNOだった。奏さんと一緒に別のクラスに行き、誰か体操服を貸してくれないかと頼むが誰一人として貸してはくれなかった。

「…私、今日体育休みますから、大丈夫です、大丈夫ですから…葵さんも早く着替えないと、体育の授業に遅れますよ?」

 奏さんは廊下でそう弱弱しく言って、見学届を出しに職員室へ向かっていく。



「誰も貸しちゃくれないわよ」

「水面」

 気づけば水面が横にいた。既にジャージ姿だ。

「あんたが思ってる以上に私達は自分が被害者になりたくないのよ。ウチのジャージは名前が刺繍されてるから、奏さんに体操服を貸した人がばれちゃうわ。そしたらその人も奏さんと同じくいじめの対象になると思ってるの。奏さんがどんな被害にあったか、ってのは他のクラスにも広まってるからね。まあ、上級生には手を出さないだろうし、頼めば貸してくれるかもしれないけどね」

「水面…わかった、今から上級生の教室行って頼んでくるよ」

「…焼却炉の、裏」

 水面はそう言うと、体育館へと向かって行く。

 焼却炉の裏?何のことだと疑問に思いながらも、言われるがままに焼却炉の裏へ。

 そこには奏さんの体操服入れがあった。

 水面は隠された場所を知っていた、というわけか。

 それなら元に戻しておいてくれてもいいのに、と思ったが、水面だって自分の体裁を守らないといけないのだ。俺にヒントを教えてくれただけでも有難いことだ。



 体操服入れを手に、教室で男子の着替えがあるため廊下に一人寂しくうつむきながら佇んでいた奏さんの所へ。

「奏さん!体操服あったよ」

「あ、葵さん…ありがとうございます」

 うつむいたまま、感謝をする奏さん。

「今から急いで着替えれば間に合うよ」

 そう言って俺は体操服入れを手渡そうとするが、奏さんは首を横に振る。

 奏さんが顔をあげた時、その目は涙でいっぱいだった。



「…いいんです、どうせ、体育の授業に参加したって、ひくっ、バレーボールやら、バスケットボールをぶつけられたりするんです、だったら、休んだ方が、う、うああぅ」

 確かに、奏さんの言うとおりなのかもしれない。今日の体育の授業は体育館でバスケットボール。奏さんは女子の格好の餌食になるかもしれない。俺がそれを守れるかと言われると、多分答えはNOだ。

 だけど、奏さんだけに寂しい思いはさせない。

「だったら、俺も体育の授業休むよ」

「ひくっ、ごめんなさい、私の、せいで、う、うえええええん」

「だから奏さんは何も悪くないんだってば」

 皆勤賞、授業も全て出席を狙っていた俺だが、奏さんのためならそんなもんどうだっていい。

 俺はクラスの皆が体育館でバスケをする中、教室で泣きじゃくる奏さんを宥めた。

 気が付けば、奏さんは泣き疲れてしまったのか、安心したのか、俺に身体を預けて寝息を立てていた。

 奏さんは、相当俺に信頼を寄せているようだ。

 自作自演ではなく、本当のいじめに本気で対処した結果なのだろうか。

 まあ、俺にそんな事を言う資格がないことはわかってるけどね。

 でも今は、この状況を楽しんだっていいだろ?



 5時間目終了のチャイムが鳴る。俺は奏さんを起こして、男子が着替えにやってくるので教室の外に出す。

 いの一番に教室に入ってきたのは、久我だった。入るなり俺を睨みつける。

「よう久我」

「…もうお前が手を汚す必要も無くなったな、うまい事考えたな?俺がお前が黒幕だって言ったって、誰も信じちゃくれないだろうな。お前は苛められっこを助ける正義のヒーローってわけだ」

 外にいる奏さんには聞こえないように、小声で話しかけてくる。

「なあ久我、俺にこんな事言う資格はないんだろうけどさ、影ながらお前も奏さん助けてやってくれよ。俺と水面だけじゃ、やっぱり限界があってさ」

「…けっ」

 久我は俺に唾を吐きかけると、ジャージを脱いで着替えだす。

 流石は元ヤンだ、怖い怖い。



 今日の授業も終わり、俺と奏さんは一緒に学校を出て、T字路で別れる。

 今日の奏さんは、いつもより元気な表情でさよならをしてくれた。

 家に着くや否や携帯電話を開いて水面にメールを送る。

『なあ、奏さんへのいじめ、何とか抑止できないかな。いくらなんでもやりすぎだよ』

 …いや、やっぱり都合が良すぎるよな。返信を待たずにもう1通。

『ごめん、今の無かったことにしてくれ。自分で蒔いた種だもんな、俺の力でなんとかすべきなんだろう』

 携帯電話を閉じると、ベッドに寝っころがる。もうすぐ冬休みか。冬休み中は流石にいじめの被害にはあわないだろう。束の間の休息を楽しんでください、冬休みが終わったら、頑張っていじめを辞めさせます。

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