好きな子のお弁当に砂を入れました
文化祭が終わり、代休となった月曜日にゆっくり体を休めて火曜日からまた学校生活が始まる。
俺と水面は今日も一緒に家を出て、文化祭が終わったのでいつも通りの時間に学校に来るようになった奏さんとT字路で合流して学校へ。
俺達3人が教室へ入るなり、クラスメイトの女子の冷たい視線。
目線を見るに、俺と水面ではなくどうやら奏さんに向いているようだ。
「…?」
奏さんは何で彼女たちが自分を睨んでいるのかわからず、おどおどしながらも自分の席に着く。
やがて一人の女子が奏さんの席のところまで歩み寄ると、
「奏さん、あなたが文化祭のセット壊したんでしょ」
そうきつく言い放つ。
「え…?」
困惑する奏さん、そりゃそうだ。奏さんは一番クラスに貢献していた、むしろ最大の被害者だというのにどうして加害者扱いされないといけないのか。
「奏さん当日だって第一発見者だったらしいじゃない、怪しいもんよね。クラスにも馴染んでいなかったし、腹いせに壊したんでしょ?」
もう一人女子が奏さんの席まで詰め寄ってそう言い放つ。無茶苦茶だ。
「ちが、わたしは、そんなこと」
奏さんはもう限界のようで目に涙を浮かべながら精一杯反論する。可愛らしいが、見ていて不愉快だ。
「いい加減にしろよ、なんか証拠でもあんのかよ!」
俺は奏さんの席まで歩み寄り、女子二名を睨み付ける。
「…ちっ」
俺が女子を平気でぶん殴れるほど本気で怒っていると思ったのだろう、女子二人は舌打ちをすると不愉快にそうに自分たちの席へ戻っていった。
「…ちょっと体調優れないので、保健室行ってきますね」
涙声で奏さんはそう言うと、ふらふらと教室を出て行った。
「でもよー、俺も奏が犯人だと思うんだよね」
「夜中に学校へ向かう奏さんを誰かが見たって話よ」
本人のいない教室で、男子も女子もそんなことを言って奏さんを疑いだす。
自分達がネガキャンしたとはいえ、ここまで簡単に踊らされるクラスメイトを見ていると腹が立つね。
まあ、それはそれとして俺は奏さんが保健室で休んでいる間にお弁当箱を盗み、その中にこっそり砂を入れて戻した。
3時間目の途中にふらふらと戻ってきた奏さんを見守りながら4時間目終了のチャイムが鳴るのを待つ。
「いただき…ま…」
例え一人寂しくお弁当でもいただきますを毎日言う彼女であったが、今日は最後まで言う事ができず、代わりに涙をこぼし始める。
「あーら、汚いお弁当ね」
近くでお弁当をつついていた女子グループの一人が、砂まみれになった奏さんのお弁当に注目し、そんな事を言う。
もう奏さんは限界だろう、うっ、えぐっ、と幼稚園児のように嗚咽を漏らしながら泣くしかない。
「誰がやったか知らないけど、自業自得じゃない?」
「だよねー、ほら、文化祭台無しにしようとした女には砂まみれのお弁当がお似合いだって、早く食べなよ」
泣きじゃくる奏さんをけらけら笑う女子グループ。
「おいおいやりすぎだろ~」
「奏さんかわいそうじゃ~ん」
男子の2人がそう言って笑いだす。明らかに奏さんを馬鹿にしている口調だ。
本人がいるというのに、なんて性悪な連中なのだろう。本当は砂を入れたのは俺じゃなくてこいつらなんじゃないかと錯覚してしまう。
「っざけんじゃねえ!」
俺はガァン!と自分の机を叩き、立ち上がって叫ぶ。あまりにも強く叩いてしまったので一緒にお弁当を食べていた男子生徒の飲み物がこぼれてしまった。ごめん。
「いい加減にしろよてめえら!奏さんはな、誰よりも文化祭成功させたくて毎日頑張ってたんだぞ!それをクラスに馴染んでないとか難癖つけて挙句の果てにこんな嫌がらせしてよぉ!なあ、奏さんが犯人なわけないだろ、水面!」
俺は別の女子グループ…大人しい女の子のグループなのだが、そいつらのリーダー格である水面の方を向いて、助け舟を求める。しかし…
「さあ、どうかしらね?」
「な、水面!?」
今までずっと俺の味方だった彼女は冷たい視線を俺と奏さんに向けた。
「火のないところに煙は立たないっていうし、疑われるような事をしてるのは事実なんじゃない?」
「私もそう思うよ、葵君」
「私も」
水面のその発言に、水面のグループの女子が同意し始める。これでほとんどの女子は奏さんの敵となったわけだ。
奏さんの方を見ると、もう誰も信じられないという悲壮感が見て取れた。
そりゃそうだろう、俺程ではないにしろ、それなりに奏さんと水面は面識があった。
文化祭では受付を代わってくれた水面が、急に自分の敵になるなんて考えられなかったのだろう。
奏さんはお弁当を持って、教室から逃げ出す。俺はそれを追った。
「奏さん!」
「あ、葵さん…大丈夫です、トイレに、トイレに行くだけですから…」
女子トイレの前につくと、奏さんは俺に弱弱しい笑みを返してトイレの中へ。
少し女子トイレの前で俺は待ってみたが、シャリ…シャリ…ペッ、という音が聞こえた。
ひょっとして、砂まみれになったお弁当を食べているのだろうか。親が作ったお弁当だからと。
なんだか、急に自分のやった事の非道さが許せなくなった。
しかし、もう後には引けないのだろう。俺は教室へ戻ろうとする。
「おい、葵」
教室に戻る途中に、久我と出くわした。
「よう久我」
「砂入れたの、お前なんだろ?」
「黙っててくれよ」
久我は俺をゴミ虫を見るような目で見ると、
「一発、殴らせろ」
ガァン!と俺の頬をぶん殴り、唾を吐き捨てて教室へ戻って行った。
俺も頭を抱えながら教室へ戻る。
奏さんはトイレでお弁当を食べた後教室に帰ってきて、
「葵さん、私今日は帰りますね。…ありがとうございました」
弱弱しくそう言うと、早退して行った。
女子がニヤニヤと笑い、男子のお調子者がそれに同調し、大人しい男子は傍観者を決め込む。
俺と奏さんは、この日を持ってクラスから孤立して行く事となる。
昼休憩中にあれだけ敵対しておいて一緒に帰れるはずがない、俺と水面は5分ほど時間をずらして下校。
途中の電柱で落ち合うことに。
「これで、よかったのかな」
「さあね」
俺と水面は二人歩きながら夕日を見上げてため息をつく。
そう、水面のそれは全てお芝居。女子のリーダー格でありそれなりに奏さんも信頼を寄せていた水面を敵にすることで、奏さんに絶望を与える。
そんな奏さんを俺は守る、という寸法だ。
「そんなわけで、明日からばんばん俺と奏さんをいじめてくれよ、手下使ってでもさ」
「…まあ、頑張ってみるわ」
「…今更だけど、ごめんな。こんな下らないことに巻き込んじまってさ」
どちらかというと正義の味方という言葉が似合う水面に、いじめっ子の役をやらせるのは申し訳ない。
「申し訳ないって思うんだったら、絶対にクラスのいじめに打ち勝って奏さんと幸せになる事ね」
そう、全ては俺が奏さんと幸せになるための作戦なのだ。だから水面のためにも、成功させないといけない。