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07. 千の夜を数えて

 この国の宗教は、この国の王家と係わり合いが深い。

そもそも、神と国家の始まりの王が同じだということから親密さが伺える。

いつしか俗世である王家と神聖なものである宗教とは袂を分かち、それでも国の宗教として現在まで存続している。

数代前までは教会における最高の地位に座るものは、国王と定められていた。

それが覆された理由はわからないが、国王はその座を明け渡し、俗世とは完全に隔絶されたものとなっていった。

それでも、ときおり王家からは王女が巫女として差し出され、教会はそれを受け入れてきた。そういう様式めいたことすら行われなくなったのは、先代からである。

現国王は、すっかり宗教から距離を置く立場を貫いている。




「おはようございます」

「おはよう」


頻繁にやってくる教会の男に、ユズリハが朝の挨拶をする。

こんな時間に起きているのは下働きのものたちぐらいだ。だが、彼は必ずその時間にやってきては、こうやってユズリハに声をかける。

信仰のことなど全くわからないユズリハも、彼のある意味浮世離れした雰囲気に少々押され気味だ。

ユズリハには上っ面の知識と信仰心しかない、ということを見抜いた彼は、彼女に信仰心を植えつけたいらしい。熱心に教義の基礎から平易な言葉で説明を施してくれている。

それを、ああ、そういうシステムなのね、と簡単に流してしまうのは、育った環境によるものだろうか。

知識としての宗教は知っていても、その根本のところで寄り添えない。

過酷な状況下に置かれてもなお、ユズリハは神に縋ることはなかったのだから。


「あなたには、あなたの神がいるのですね」


上辺だけを同意して見せた気配に、男が残念そうに呟く。


「神はいません」


反射的にそう答えていた。

自己保身だとか、対面だとか、そういったもの一切を忘れ本音を吐露する。

神などいれば、自分はこんなところにはいなかったはずだ、と。

自分たちの神ではなくとも、皆それぞれの神を信仰している文化において、彼女のその考え方は異端だ。

男は、黙ったままユズリハに祈りを捧げた。

神はいない。

けれども、自分のために祈ってくれる男の気持ちぐらいは理解できるかもしれない。

そう、思った。




 ユズリハにとって馴染みの四季、がないこの国には長い夏と短い冬が存在する。

厳しい冬がなかったことが、彼女が生き残った理由でもある。

野宿しても少なくとも凍死することがなかった気候は、彼女にとって幸いだったのだ。


「今日も暑いねぇ」


ずっと暑い国に住んでいてもなお、暑さには慣れないものなのかと適当に頷く。

湿度が低いため、ずっと住み易いのに、と、じめじめとした季節を思い出しながら。


「そういえば、また、ほら」


聞かれてはまずい事を話すように、仲間が話を続ける。

口ごもりつつも、示唆するのは行方不明のことであり、おそらくまた出てしまったのだろう。

ユズリハが前の前の町にいた頃には、村内の噂程度でしかなかったものが、ものすごい勢いで拡がりをみせていた。

理由の一つには、遺体が発見されたことが挙げられる。

行方不明になったきり、生死すらわからなかった案件が、一気に死亡事件へと発展したのだ。

だからといって、役人が事件をとりあげないという事実は変わりはないのだが。

そこへきて一気に国家体制への不満が募り始めているのが現状だ。

重くなっていく一方の税、小競り合いが繰り返される国境。

ようやく平和になった、とのんきに言ってのける人間はもういない。

さらには、姿をみせなくなって久しい王妃の存在が不安に拍車をかけている。

王妃の生国などはあからさまに武力をちらつかせる始末だ。


「あんたも気をつけなねぇ」


中年にあたる同僚の話は、いつもそう付け加えて終了する。

最近では、ただ美しいと評判になる若者が次々と姿を消していく有様だからだ。


「そうですね、気をつけます」


当たり障りのない答えを返し、そして仕事へ取り掛かっていった。





「おはようございます」


いつもの教会の男が現れ、ユズリハは何時もどおりに挨拶をする。

彼は難しい顔をして、ユズリハに頷いた。


「どうされました?」


常に笑顔を絶やさない男の異変に、思わずユズリハが問いかける。


「妹が姿を消しました」

「妹さんが?」


家族のことなど初めて耳にしたユズリハは、彼の顔をまじまじと見つめた。

この男の妹ならば、さぞかし美しい少女に違いない、と、そこまで考えていやな予感がよぎる。


「例の、ではないかと」


口に出せないでいたユズリハに、男が端的に事実を述べる。

家族ならば、どれほど探したところで心当たりがないことなどわかっているのだろう。

ほとんどの人間たちに、行方をくらます正当な理由などなかったのだから。


「とりあっては?」

「もらえません」


聖職者の関係者ならばと期待した気持ちは一瞬で萎む。

役人たちにとって、この案件に清濁は関係がないことのようだ。


「あの・・・・・・」


ユズリハは断片的ではあるが、知っている事を話してしまおうかと思いながらも躊躇う。

ずっと考えないようにして、考えてたくはない事実が浮かび上がってしまうから。

恐らくあの男が引き起こしているこの事件たちは、ただひたすらユズリハを探すためにやっていることなのではないか、という真実が。

そうなれば、間接的にユズリハは加害者だ。

彼女を責める声さえあがるだろう。

いくら理不尽だと言い募ろうとも、一人の犠牲ですめばそれでよい、と嘯く人間は多い。

自分のせいではない、と言い張れるほどユズリハは強くはない。

だからといって、あの男につかまるつもりも毛頭ない。

言いよどむ彼女の肩に男が手をかける。


「あなたもお気をつけなさい」


ユズリハが美しい少女だと誰かから聞いたのだろう、男はそういい残して、何時もの仕事へと向った。


反乱軍が結成されたと、ユズリハが伝え聞いたのは、それから幾夜もたってない頃。

もう、彼女がこの世界へ連れてこられ、片手に足りる年ほどの年が過ぎ去った後であった。

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