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01. 君が居た永遠 1

 隣国との、いつ終わるともわからなかった小競り合いが終結し、王国には平和が訪れた。

様々なものが絡み合い、二度と元には戻らないだろうと言われた両国間の関係を調整し、どちらの国にも和平をもたらしたのは跡継ぎたる王子。

王子は、父王や周囲からの期待通りにその跡を継ぎ、賢王として王国の中心、よりどころとして君臨した。

若者が徴兵されることのない日々、植物を見守り、家畜を世話する毎日が続いていく。

そんな穏やかな空気の中、曖昧で、それでも微かに不安を煽るような噂が俄かに伝わり始めた。

曰く、珍しい髪色の少女や少年たちが、都へと連れ去れら、行方不明となっている、と。

都に憧れ、後先考えずにそちらを目指す若者は少なくない。

子供の所在がつかめない親、というのも稀有な例ではない。

放蕩の末の出来事を、そのような偽りで飾り、周囲を誤魔化した気になっている親もいるのだろう。

だが、いつごろからかその噂はある種の恐怖をもって語られるようになった。

ある一定の真実が含まれているのではないか、という猜疑心も添えて。

誰もが簡単に口に出せるような軽い噂、などではなくなった頃、娘の姿が見えなくなったという親がいる村に、一人の少女がやってきた。

ユズリハという名の少女は、村の酒屋に居つき、そしてひっそりと働き始めた。





「おーい、こっちにも!」


顔中髭だらの大柄な男が、豪快に右腕を突き上げる。

それに引きずられるようにして、周囲の男たちも、われもわれもと酒盃のおかわりを要求する。

それを器用にさばきながら、少女は次々と彼らへお目当ての酒を渡していく。

ついでに、酒の肴の注文も聞きうけ、厨房へとそれらを伝える。

どちらかというと臀部がふくよかな女性が多い村において、華奢な体の持ち主である少女が重い杯をいくつも両手に持ち、歩いていくさまは少々心もとない。

だが、その光景すらすでにすっかり見慣れたものとなるほど、少女はこの村に馴染んでいた。

やがて、一人また二人と、よい心持ちになった男たちが酒場を後にし、残された少女と他の働き手たちは後片付けを始めた。

戦争が終わり時が経ち、あちこちにいた荒くれた兵士たちも己の町へと引き上げていった。

残された者、失った者、全てが風化するにはまだ時の経過が少ないものの、それでも村は平和なときを謳歌していた。

いくつかの、不可思議な現象を除いて。




「あいつ……」


遠慮という言葉から最も遠い位置にある男たちが、声を潜める。

何時もの時間にいつものように酒場に集まり出した男たちは、どこか沈痛な面持ちで視線を向ける。

その先には、一人の男が数人で囲うはずの丸い木製の机につっぷしながら飲んでいた。

平和になった村では、そのような酔い方をする人間は限られており、そして村人たちはその原因を知っていることがあたりまえだ。

親が死んだ、妻が死んだ、子供が死んだ。

戦争が終わっても、死そのものから逃れられるはずもなく、そういった側面もまた日常である。

村の男たちが、行きつけの酒場でそれらから逃れるように酒を飲むことを非難されることはない。

だが、今回のそれは少々異なる様相を呈している。


「お客さん、大丈夫ですか?」


おせっかいぞろいの村人たちが声を掛けない中、少女が見かねて声をかける。

深酔いしている男の周囲にはぽっかりと空間ができ、正直に言えば営業妨害でもあると少女は考えたからだ。

だが、彼女の声は彼には届かず、代わりに彼女は華奢な腕をこれでもかと、無粋な男に引っ張られてしまった。

強引に引き寄せられ、転びそうになりながらも、彼女は腕を引っ張った男を見上げる。

顔の半分ほどは髭に覆われた、常連の大男が、少女を見下ろしていた。


「あいつのことは放っておいた方がいい」

「はぁ、でも大丈夫なんですかね?」

「後で誰かが送るだろう、まあ、好きなだけ飲ませてやってくれ」

「いいならいいんですけどねぇ」


男のことを親身になって心配しているわけではない少女は、常連客の言葉に素直に頷く。


「彼女さえ無事でいてくれたらなぁ」


誰かがそう呟き、そしてそれきり彼らは黙りこくってしまった。

常連客の言葉どおりに、彼は別の男に担がれ、闇夜の中運ばれていった。





「珍しい、買い物か?」


常連客に呼び止められ、酒屋の少女が足をとめる。

日よけのために被っていた布を少しずらし、少女は客を見上げる。

この土地は、適度に雨が降り、寒暖の差が激しい。そのおかげか農作物などの実りはよいのだが、いかんせん今の時期の日差しは厳しいものがある。

そのため特に女性は少女のように日よけの布を頭から被ることが多い。

そして、その日よけは段々と進化していき、今では身を飾る手段の一つとして捉えられている。

少女のそれは、どちらかというと土色の地味な日よけであり、縁取りにわずかばかりの装飾すら施されていないものだ。

若い女性が身につけるものとしては、地味に過ぎる。


「いえ、なんとなく。あまりに暑くて」


酒場の二階に住み込みで働いている少女は、常ならば昼前に外に出ることはない。

それは、全ての仕事が終わり、床に就けば、必然的に起きるのは昼少し前となることが多いからだ。

だからこそ、珍しいその姿に、常連客も声をかけたのだ。


「ちょうどいい、昼につきあえ」


そう言って、彼は強引に少女を常連とする食堂へと連行していった。



「それっぽっちか?」

「十分です」


若い女性を連れてくるには不似合いな、力仕事をする男たちが集う食堂にて、常連客と少女は向かい合う形で席についた。

おかみに勧められるままに頼んだ昼餉は、彼女の体にあわせたかのような、上品な盛りの料理だった。

彼の方は、見るだけで満腹となりそうなほど積まれた料理ではあったが。


「昨日は悪かったな」


突然の謝罪に、どういうことかわからない彼女は首をかしげる。

口の中のものを嚥下し、素直に問いかける。


「どういうこと?」

「いや、あいつが」


ようやく、彼が、昨日深酒をして周囲に微妙な雰囲気を撒き散らしていた男の事を指しているのだと気がついた。


「いえ、特に迷惑を受けたわけではないし」


そういって、おかみおすすめの揚げ物を口にする。

香辛料をからめたそれは、暑い中も食の進みそうな一品だ。


「迷惑というなら、ねぇ」


あまり品がよいとはいえばい職場では、いざこざは日常茶飯事だ。

短気な男たちが肩を寄せ合えば、当然それだけで混乱は引き起こされる。大人数の乱闘は珍しいものの、それでも拳の殴り合い程度の喧嘩は日常だ。

深酒をして雰囲気を悪くするなど、それに比べれたらかわいらしいものだ。

だが、少女も、あれが根本的に何か違うものを含んでいるということに気がついてはいた。

彼女はこの村に流れ着いた余所者であり、彼らの真の部分には触れることはできないことを自覚している。つまりはわが身かわいさに、深い部分に突っ込むことはないだけだ。


「噂は知っているか?」

「噂?」


荒唐無稽なものから、ある程度の真実を含んだものまで、噂というのは何もない田舎では格好の暇つぶしの材料みたいなものだ。

酒場では、当然あらゆる種類のものが飛びかい、彼女の耳にも届く。


「珍しい髪色の、ってやつ」


最後まで口にするまでもなく、その噂は少女も知っていた。

珍しい髪色の美しい少女や少年が、ある日突然姿を消し、それきり二度と姿を現さない、というものだ。

最初はただの家出だと思われたそれらは、数が増え、彼ら彼女らの共通点が上げられるにつれ、徐々に怪談めいた噂話となって人々の口の端にのぼるようになった。

さらには役所の方の扱いの不可思議さも、人々に猜疑心を植え付けることに拍車をかけた。

最初は親身になって聴取していた地方の役人たちが、幾日か立てば全てをただの家出だと片付け、それ以降の届けを一切受け付けない。

さらに上の役所へと行けば、扱いはさらに冷淡なものとなり、ある金持ちの商人が無理やりねじ込んだ届出はなかったことにされ、あまつさえ彼らの行方すらわからなくなったとか。あまりに不可解な扱いは、元からいいとはいえなかった民と役人の溝を、さらにえぐるようなまねとなってしまった。

ただの失踪ならば、届けを預かり、放置すればよかったのだ。

役人たちの頑なな態度に、逆に何かがあると思わせてしまっている。

おおっぴらに口にだすことはためらわれ、だからと言って誰にも伝えないことにも抵抗がある現状。

それが零れ落ちた噂のように流布していき、現在真実味を伴って蔓延している。


「あいつの婚約者が」

「ああ」


それだけで少女は理解した。

彼女がたどり着く前、同じ年頃のやはり少女が行方知れずとなったと知っていたからだ。

彼女は非常に珍しい燃えるような赤い髪色をもち、そしてやはり大変美しい少女であったと。


「勝手に出て行くような子じゃないことはみんなしっている」


だが、役所は一人親の届けを受け付けはしなかった。

親一人子一人で、ようやく少女自身も幸せになろうとしているというのに、自ら姿を消すはずはないのだ。

事件か事故か。

それすらも探索しようとしない上の態度に、誰も彼もが思うところはある。

爆発しないのは、偏に自分たち、子は、当てはまらないとどこかで安堵しているからだ。


「そういえばおまえはどこの出身だ?」


食べ終わった男は、話題を変えるために少女について問う。

少女は小首を傾げて見上げる。

すでに陰鬱とした雰囲気は消え去り、そこにはただ男としての好奇心が浮かんでいた。


「遠いとこ」

「まあ、そうだろうなぁ。なまってるし」


少女は曖昧に微笑む。

彼女の発音から、彼女の出身地がこの国ではないことは誰もが気がついていた。

戦争から逃れていたらいつのまにかこんなところまでやってきた、という答えに、それ以上追求する人間はいなかった。

さらなる会話を重ねるわけではなく、少女は大人しく昼食を口に運ぶ。

ゆっくりと食べ終わり、少女が手を合わせる。


「なんだそりゃ?」

「私の国の決まり?みたいなもん」


簡単に礼を言い、二人して店を後にする。


「名前は?」


少女は、酒屋の少女として存在し、誰も彼女の個人の名を聞くことはない。


「ユズリハ」

「めずらしい名前だな」

「私が生まれた日の花の名前」

「そっか、そんな花が咲いてる国だったんだな」


質問には答えず、やはり少女は黙って微笑む。


「おまえは、じゃなくてよかったな」


ユズリハの髪を見ながら、男が声を掛ける。

少女の髪色が、ありふれた栗色をしていることからの言葉だろう。

ユズリハも黙ったまま頷いた。

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