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よくあるお話

双鏡

作者: 松島深冬



よくある話で御座います。


「いつまでも私たちは一緒よね?」

「勿論よ。産まれた時から一緒なんですもの、これまでも、これからも」


 そう云いながら母方の今は亡き祖母から譲り受けた鏡台の前で姉妹は微笑みあうので御座います。


 その界隈で、評判の双子の姉妹。名は姉を「あかり」妹を「やよい」。いつも何をするにも一緒。双子ゆえにその顔は、ぱっと見では親でさえ見分けがつかぬ程にそっくり。

 若い頃は美丈夫と誉れ高く、四十を過ぎた今ではその美男振りに威厳を兼ね備えた軍医の父は、勿論目に入れても痛くはないと云う程娘たちを可愛がって居ります。 若き頃幾人もの殿方から求婚され、中でも若き頃の父から熱烈な求婚を受けたという、今は良妻賢母の鏡のような母はその可愛がりように苦笑しつつも見守って居ります。父に良く似た面差しで、父と同じ軍医を志す五つ違いの兄もこれまた父のように大変妹たちをいとおしんで居りました。


 そんな姉妹も十四才。


「お前達もそろそろ年頃。お前達がお嫁に行ってしまう事を考えると僕の胸は張り裂けそうだよ」

 最近兄はこんな事をよく云うようになりました。その度にあかりとやよいはくすくすと顔を見合わせ笑います。そして二人は決まってこう云うので御座います。

「厭だわ、お兄様ったら。私達はお嫁になど行きませんわ?」

「お兄様がこの家の跡を継ぐのですもの。お父様だってお嫁になど行かずとも良いとおっしゃったもの」

 ねぇ?と首を傾げる妹達を見ながら兄は複雑そうに笑顔を浮かべるので御座います。

「いっその事、幼い頃に云っていた様に、この僕がお前達二人を娶る事が出来れば良いのになぁ……」


 そんな或る日の事で御座います。あかりは祖母に、やよいは母に。用を申し付けられ、いつも一緒の筈の姉妹が別行動。出掛けに兄と擦れ違い、その複雑そうな顔にあかりは首を傾げて居りました。


 けれども、嗚呼なんて事。その別行動の顛末が、誰に予想出来た事でしょう。

 お家の為、との祖母の計らいで、あかりにとある将校との縁談が。祖母に連れられあかりが向かった先は、その将校との顔合わせの場だったので御座います。

 事の次第を知ったあかりは青冷め、祖母を振り切り外へ飛び出したので御座います。


 母の用を終え、あかりの帰りを待ちわびていたやよいは襖の開く気配に読んでいた書物から顔を上げました。

「あ、お帰りなさい。おばあ様の御用はなんだったの?」

「……すぐに帰ってきてしまったの……つまらなそうだったものだから」

 襖と向かい合う鏡台の鏡に、あかりの少し疲れた様な微笑みが映って居りました。




「……だから僕は、こんなやり方は反対だったんです!あかりの性格を考えたなら……こんなやり方は!」

 兄は両親と祖母を前に口惜しいと云う様に唇を噛みしめ、妹に目をやりました。妹はいつもと同じ様に笑って居ります。それが尚更に兄の目にはやるせなく、口惜しいので御座いましょう。

「私たち、いつまでも一緒ですものね?双子の姉妹なんですもの」

 鏡台の前に座り、微笑むやよいにあかりも微笑みます。いつもと同じ笑顔。いつもと同じ、問い掛け。


 気が抜けた様な父母、そして後悔の念に捕らわれ咽び泣く祖母を兄は冷たく一瞥して立ち上がり、鏡の前の妹の元へ。兄の目には、出掛けのあかりの少し首を傾げ浮かべた笑みが焼き付いて居ります。

 縁談の席から逃れようと外に出たあかりは、後を追ってきた者を振り切ろうと往来に飛び出し、そこへ丁度走ってきたハイヤーに撥ねられ、そのまま息を引き取ったので御座いました。

「……やよい」

 肩に手を置くとやよいは兄を振り返り、いつもの様に微笑みを浮かべるので御座います。


「なんです?お兄様」


 目の錯覚で御座いましょうか。兄は振り返ったやよいの後ろ姿が映っている筈の鏡の中に、自分に向かって微笑む妹の姿を見た様な……



 終





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