恋 歌
【恋歌】
待てど 暮らせど 来て下さらぬ
愛しい主さま 憎い人
恋うて 焦がれて 主さまを
ただ待つ この身の悲しさよ
翼があるなら 飛んでも行けよう
脚があるなら 駆けても行けよう
鱗があるなら 堀を抜け
愛しい主さまの身許まで
一心に泳いで行けようものを
叶わぬ恋ゆえ なおさら燃ゆる
あちきは哀れな カゴの鳥
この身を焦がす想いを抱いて
今宵も笑顔を繕うて
太夫という名の カゴの鳥
愛しい主さま 待ち侘びて
この身は売れども 心は売らぬ
想いは あちきのものじゃもの
紅柄格子のカゴの中
恋しい主さま 待ちまする
【恋風】
こんなにも 胸が苦しい
あなたを求めて あなたを探して
息が詰まるほどに切ない
あなたを想って
ただ泣く事しかできないこの身には
触れる風さえ 切れるほど冷たい
いっその事 この想いを封じてしまえば
あなたへの恋慕を忘れてしまえば
この身の辛さはなくなるのでしょうか
もしも私の この身が消えてしまえば
あなたへの気持ちも消えてしまうのでしょうか
それとも吹き来る風に乗り
あなたの許へ届くのかしら
ああ こんなにも苦しい想いを抱いて
私は果たして
あなたを 愛しているの
それとも
あなたを 憎んでいるの
【秋扇】
秋になり
使われなくなった扇を
忘れてしまうように
あなたは私を
忘れてしまうのでしょうか
あれほど
愛しいと言ってくださったのに
私を抱き締めてくださったのに
今はもう
あなたの心は
私にはないのでしょうか
日を追うごとに
冷たくなってゆく秋の風が
私の心を凍えさせてゆくのです
あなたはもう
私を見てはくださらないのですか
あなたの心が
私に戻る日はないのですか
打ち捨てられてしまった
秋の扇のように……
【秋水】
私の心は 研ぎ澄まされた刃
触れれば切れてしまうほど
冷たい光を放つ 三尺の秋水
待って 待って 待ちくたびれて
あなたを待つのをやめました
私の身内に宿った悲しみが
凍って 凝って 鋭い刃になったのです
もうどんな想いも
私の心を波立たせる事はないでしょう
鋭利な輝き 三尺の秋水
【玉章】
私の想いを綴った手紙は
貴方の許に届いているでしょうか
たとえお返事を頂けなくとも
構いはしません
ただ私のこの想いを
貴方に知っておいて欲しかった
私一人の胸の裡に
仕舞い続けておくには
あまりにも苦しい想いだから
私からの その手紙は
貴方だけが読んで下さい
そして どうか
燃やしてしまって欲しいのです
その焔に導かれて
私の想いも昇華できるように
【化粧~KEWAI~】
鏡を開き その前に座る
呼吸を整え 心を静める
装う事は 女の武器
白粉をたたく
眉を引く
女が“女“になるための儀式
目張りを入れる
紅を差す
化粧 それは女の鎧
己の心を鎧うために
女は一人 美しく装う
それは本能
たとえ いとけなき幼女でさえも
装う意味を違えはしない
【業火】
あなたに心寄せる事は
許されないのでしょうか
結ばれないとわかっていて なお
あなたへの想いを抱き続けていく事は
地獄の業火に身を焼かれる辛さです
それでも私は あなたへ向かうこの心を
止める事が出来ないのです
止めようと思えば思うほど
私の心は あなたの許へと向かうのです
いっそ この身を焼き尽くしてしまえば
この想いごと 業火に包まれてしまえば
そうすれば
私の想いは 解放されるのでしょうか
【徒波】
人の心は移ろいやすいもの
確かな事などありはしない
私を愛していると言ってくれた
貴方の瞳は 私を見ていない
貴方の心は 今はもうここにはない
寄せては返し 返しては寄せる
ひと時も同じ姿を見せない波のように
あちらへ こちらへ 揺れながら
次々と誰かの許へ移って行く
打ち付けては砕け
引いてはまた打ち付ける
恋とか愛とか言う徒波は
私の心も揺らす
貴方の心も揺らす
【澪標】
湊から沖へと
遠い異国の海へと
船が出る
迷わず戻って来れるようにと
波間に見える澪標
貴方も私の許へ
迷わず戻ってくれますか
ずっとずっと待っています
貴方一人を想いながら
水平線に船影を探すように
私も貴方の影を求めているのです
この想いに身を焦がし
この想いに身をやつし
ずっとずっと待っています
この想いに身を尽くし
【秋風の立つ】
あなたの心に吹いた風は
一体 何を連れてきたのでしょう
あなたの心を流れた風は
一体 何を連れて行ってしまったのでしょう
あんなに近くに感じられた
優しく温かかった あなたの心が
季節の移り変わりに従って
離れていくのが わかります
きらきらしかった夏が過ぎ
山の紅葉が色づく頃
あなたの心を吹き抜けていったのは
恋の炎を吹き消す 秋風
それは あなたの優しさなのか
それとも あなたの冷たさなのか
【夜叉】
我が身はこの世にあれど
心はこの世にあらず
いかにそなたを想えども
我の心は届かじ
この身を焦がす情炎が
我が身を修羅道へと堕とすのだ
愛しい 愛しい いとおしい
それゆえ そなたを憎むのじゃ
恋い慕う想いと同じだけ
鬼となり 夜叉となり
骨身の髄まで憎むのだ
この想いの叶わぬなら
この手でそなたを千々に引き裂いて
血肉の一片 一滴まで
残さず喰ろうてくれようものを
さすればそなたと我は一つ
共に離れる事はない
女は鬼に変ずるもの
我は女夜叉
恋に殉じて堕ちるもの