文明崩壊後の人類
西暦二〇五二年。
人類が築き上げた輝かしい文明は、崩壊した。
都市に掛けられた大きな橋は赤く錆び、汚れた川面に首を垂らしている。ビルはところどころコンクリートが崩れ、肋骨のような鉄筋がむき出し。道路は舗装されることはなく、大穴だらけで、砲台の傾いた戦車が路上に放置されている。
かつて繁盛していたであろう商業施設は、窓という窓が割れ、蔓植物に侵食されている。皮肉にも、この蔓が建物の倒壊を抑えてしまっている。
「⋯⋯いいぞ、こっちだ!!」
蔓に覆われたビルから、人影が五つ現れた。生存者である。慌てた様子で、出てきたビルの入口を何度も振り返りながら走っている。直後、ビルが呻く。腹の底から響き渡るような轟音が鳴り、砂埃が立ち込める。わずかに残った窓ガラスの破片が降り注ぐ。
砂埃の中から現れたのは四つの赤い光。そして、六つの鋭いなにか。脚だ。蜘蛛のような見た目をしているが、蜘蛛ではない。"変異獣"だ。大きさは戦車よりも断然大きく、第一、蜘蛛の足は八本だ。
それは、恐ろしい速度で五人の生存者を追いかけてきた。人の走る速度ではとても逃げ切ることはできない。
「クソ!!蜘蛛モドキめ!!」
誰かが叫んだ。腰の銃を素早く取り出し、発射。青色の光が数発放たれ、変異獣に命中する。しかし、厚く硬い、まるで装甲のような外骨格には歯が立たない。生存者は舌打ちをして、銃を腰にしまった。
「振り返るな!!走れ!!」
希望もない状況でただただ走り続ける。体力の限界は近い。生存者全員の足の疲労は蓄積する一方だ。その時、錆びた橋の向こう側から現れる何か。黒くて大きなものだ。
「新手の変異獣か⋯⋯!?」
視界が悪い。汗が邪魔だった。生存者の一人が汗を拭い、それを見る。近づいていくに連れて、輪郭がはっきりしてくる。人型だ。
黒鉄の巨躯。堂々と橋の中央を歩いてくる巨人。左腕には銃のような兵器が取り付けられていて、両肩には砲台がある。巨人はゆっくりと歩いていく。ただ、まっすぐ変異獣を見ている。
「おい!!きてるぞ!!おい!!」
生存者の一人が叫んだ。新手の変異獣ではなかったことは幸いだった。だが、状況は変わっていない。この機体の操縦者は敵なのか、味方なのか。そして、変異獣は止まることなく追い続けてきている。
巨人の右腕から、鋭く光る刃が、ゆっくりと現れた。変異獣が二本の前足を振り上げる。威嚇だ。
人型の機体は途端に、走り出した。両肩の砲台が稼働し光が集まっていく。直後、緑の光が放たれた。光は変異獣の顔の左側に当たった。変異獣の絶叫が響く。顔の半分が消えていた。消滅したのではない。溶けたのだ。
「緑の光⋯⋯動力は一体⋯⋯?」
「あれは⋯⋯MCS、なのか?」
機体は右腕の刃を、外骨格が溶けた箇所に突き立てる。変異獣は苦痛のあまり暴れる。目の前の機体を突き刺さんと、鋭い足を振り上げる。機体は刃を抜き、変異獣の攻撃を回避する。巨体には見合わないほど、素早い動きだった。
「操縦者の技術が高い⋯⋯それに、あのMCSは何だ?」
この生存者たちも、この崩壊した世界で生き残っている熟練者だ。様々な種類のMCSを何度も見てきている。しかし、今目の前にあるのは、全く見たことのないMCSだった。
再び、機体から緑の光が放たれる。変異獣に、もう抵抗する力は残っていなかった。巨人は変異獣を蹴飛ばし、再度、緑の光を放つ。変異獣は炎上した。それきり、変異獣は動くことはなかった。
「未登録の型番です⋯⋯スキャンができません。」
ヘルメットの画面に表示された解析結果には、このMCSの情報は一切なかった。つまり、このMCSは正規に製造されたものではない。改造されたわけでもなく、個人、もしくは秘匿された組織が製造したものとなる。
MCS――Mobile Combat Systemの略称。近年広く普及しつつある新型の兵器だ。さまざまな型のロボットが存在する。MCSには、特殊なエネルギー物質が使用されている。
生存者全員に緊張が走る中、黒鉄の巨躯の頭が開く。中から、人影が現れた。戦闘スーツに身を包んだ操縦者は、ゆっくりと降り立った。生存者たちは腰の銃に手を掛ける。抜きはしないが、警戒はしている。操縦者は生存者たちに視線を向けるが、すぐに視線は変異獣の遺骸へと移った。まるで、生存者にはなんの興味もないかのように。
「⋯⋯助けたわけじゃない、のか?」
操縦者は変異獣の遺骸に近づき、観察を始めた。生存者たちはお互いに顔を見合わせ、腰の銃から手を離した。そして、操縦者に近づいていった。操縦者は再び、生存者たちに視線を移した。
「⋯⋯救援感謝する。おかげで助かった。」
「助けたわけではない。」
くぐもった声で返事が聞こえた。変声機が取り付けられている。男なのか、女なのかもわからない。身長は高くもなく低くもなく、普通だ。体型は痩せ型。それしかわからない。顔はヘルメットに隠れていて見えない。




