コンプレックス
「――ねえ、実松さん。もしかして、どこか具合でも悪い?」
「……へっ? どうしてですか? 小野田先生」
「……いえ、去年と比べてずいぶんと数値が……」
「……去年は、壊れていたんじゃないですか? それでは、次の反復横とびがありますので」
「……え、ええ……」
ある日のお昼頃。
体育館にて、不思議そうにそう尋ねる小野田先生。だけど、別に不思議なことなんて何もない。だって、たった今わたしが出した握力測定の数値は、同い年の――小学五年生の女子の平均と、ほとんど変わらないはずなんだから。
……ほんと、なんで去年は本気なんて出しちゃったんだろう。まあ、今更後悔しても遅いんだけど。
「……ねえ、実松さん。もし良かったら、手伝ってくれないかな?」
「……へっ?」
それから、数時間後。
放課後、靴箱へと向かう廊下を歩いていると、ふと後ろから馴染みのある声がかかる。振り向くと、そこにはクラスメイトの女の子、本田さんの姿が。そして、その手には数十冊の――恐らくは、クラス全員分のノートが抱えられていて。……だけど――
「……その、ごめんね本田さん。わたし、ちょっと急いでて……」
そう、おどおどと伝える。……いや、別におどおどすることじゃないんだけど……その、なんだか申し訳ないなって。……でも、今日はもともと本田さんの役目なんだし、断っても問題は――
「……なに、それ。別に、急いでるようには見えなかったけど。手伝うのが嫌なら、はっきりそう言ってよ。そういうの、感じ悪いよ?」
「……へっ? あっ、いや、その……」
すると、そう言って足早にわたしの横を通り過ぎ去っていく本田さん。……いや、その、わたし、そんなつもりじゃ――
でも、引き留めて伝える勇気もなくそのまま見送るわたし。……うん、なにしてるんだろうね、ほんと。
「…………はぁ」
それから、ほどなくして。
活気のないため息をつきながら、とぼとぼと校門へと歩いていくわたし。……いや、活気のあるため息なんてないと思うけど……ともあれ、その理由はもちろんさっきの――
「――キャーー、彗月く〜ん!!」
「……ん?」
すると、突然耳に響いた甲高い声。見ると、多くの女の子がフェンスにしがみつくようにしてグラウンドを見つめていて。そして、女の子達の視線の先には――
「――キャーーー、すごいすごい彗月く〜ん!!」
左のバッターボックスにて、素人のわたしでも分かるくらいにすごい打球を飛ばす男の子の姿が。遠目からだし、ヘルメットを被っているからあまりよく見えないけど……それでも、すごく綺麗な顔をしているのは分かって……うん、うらやましい。……それに――
「……わたしも」
ふと、こぶしに力が入る。……わたしも、男の子だったら良かったなぁ。だったら、力が強い自分を誇れたと思うのに。




