リスタート
「ねえ……どこまでが夢で、どこからが現実なの……?」
誰かがそう、呟いたのがきっかけ。
「オレたちみんな……ゲーム内に精神だけ、閉じ込められたってことか!?」
「ログアウトボタンはどこ!? そうすれば出られるんじゃ……」
「そんなの初めからないよ! いつもアプリを閉じるだけだっただろ!?」
「じゃあその、アプリを閉じる方法は!?」
「仮にアプリを閉じることができても、現実との繋がりが閉じられるだけじゃないの……?」
「じゃあどうすればいいんだよ!!」
阿鼻叫喚とは、こういうことを言うのだろうなと思いながら、私は茫然とその光景を見ていた。
今度はいつの間にか、物悲しい音楽が流れ出している。もしかしたら私たちの感情とかそういうものを察知して、勝手に音楽が変わる世界なのかもしれない。
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U-berry:誰か助けてっ……! 急に敵の攻撃が痛くなって……ぐっ!
Miyabi:なんでこうなるの!
エレ:失敗を悔やむ前に理由を考えなきゃ
Dylica:回復役さん! 盾役さん!
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ワールドチャットで助けを求めている人もいる。まさか、精神がゲーム内にあることで、敵の攻撃を現実として感じるようになったのか? ダメージを受けると、そのまま精神が傷つけられる?
もし精神が傷つけられすぎたら……考えたくもない。
とはいえ見過ごせないと判断したのか、ワールドチャットにいち早く反応したRockさんが半透明の操作画面を開き、次の瞬間ギルドから消える。このゲームの移動は基本ワープだから、恐らくそれをやったのだろう。
確か元々、戦闘エリア内のパーティから今のようにチャット要請があった場合、その場に即合流できる機能があったはずだ。
それを見た他の人たちも数名、職など関係なく要請に応じてワープしていく。
だが、何名かは救援が間に合わなかったのだろう。今度はギルド内にある救護室の方から、うめき声がいくつも聞こえてきた。
救護室は戦闘不能でパーティが全滅した場合に、プレイヤーが送られる場所だ。戦闘不能=即死ではないことがこれで分かったが、だからと言って安心できるはずもない。少なくともその声を聞く限り、彼らは間違いなく、「死」ぬほどの痛みを経験したのだろうから。
……そうだ、せめて傷を癒してあげないと。
なかなか動いてくれない頭を必死に働かせ、私は職業変更画面でプリーストを選択した。問題なく変更できたので、武器編成画面から他人を回復可能な武器を探す。幸いいくつかメイスが見つかったので、それをセットして救護室へ向かった。
うめき声をあげている人たちは、少なくとも見た目上の怪我や、装備の破損・汚れ等はなかった。そこは元々、そういった演出がないゲームだからなのだろう。
だがHP1状態でここに送られているので、顔色はすこぶる悪い。これが全てゲームのままなら自然回復機能に任せてもいいのだが、もしHPが回復しないことで相応の痛みが続くのだとしたら、回復させるのが一番のはずだ。
再使用可能時間が切れるたびに私は回復用メイスを振り、救護室の人々を癒し続けた。
その後、どれほどの時間が経ったのか……。
うまく救出された人も、救出に奔走した人もギルドに戻り、私を含めた数名がかりで傷ついた人を癒し続けたことでようやく、救護室のうめき声は収まった。音楽も止まっている。
とはいえ、戦闘不能を経験した人たちは、すぐにはショックから立ち直れなさそうである。私とて、まだ自分の身に起こったことが信じられない。
みんな泣いたり叫んだりで疲れたのか、沈黙して、ギルドのあちこちで身を縮めていた。
「……みんな、そろそろいいかい?」
その時、Rockさんが部屋全体を見渡して、そう言った。さして大きな声ではなかったが、誰も話していないのでよく声が通っている。
「ちょっとここは落ち着いて、今後のことを話し合いたいんだ。
……みんなで、ここから出るために」
その言葉で、半分ほどの人が顔を上げた。代表するように、天尚さんが質問する。
「あのっ! それは、ここから出る方法が分かったってことですか!?」
「いや、それはその……具体的にはまだ……」
「そう、ですか……」
「でもその、ええと……ちゃんと言ってたんだよ。アイが」
「えっ!?」
どうやら天尚さんはまだ気づいていないらしい。
「確かに言ってました。『やり直せば本当にハッピーエンドがあるって分かれば、戻ってあげる』って。そのこと……ですよね?」
私の補足に、Rockさんは肯定した。
「ただ、その……ハッピーエンドに辿り着くためにはね、色々と問題があるんだよ」
「問題……」
「その通りだな」
今度は蛍さんが補足する。
「このゲームはベータ版だってことが、大問題だと俺は思う」
「ごめんなさい。私には……まだよく分からないわ……」
くろんさん含め、ピンとこない人は結構いるようだ。私もまだよく分からない。
「それってぇ~、もしかして……武器ガチャがもうできないってこと?」
恐る恐ると言った感じで、熾天使セラフィムさんが質問した。
「あっ……! そうだわ……。残りは……デイリーガチャ、だけ……?」
それは確かに大問題だ。本番サーバーなら新武器実装などで武器ガチャが更新されるが、ベータ版にそんなものがあるはずもない。
「そんなぁ~! 課金もできないんでしょう?」
紅央さんの指摘通り、課金して通常より良いサービスを受けることもできない。
つまり、今ある武器を駆使して、この世界を攻略する必要があるわけだ。
「壁にぶつかった? ならぶち壊せ!」
「その壁を、どうやってぶち壊すか、だよね。一番問題なのは、時間的壁だと僕は思うけど……」
照輝さんとぜっぴんのやり取りを聞いてようやく、私はRockさんが何故今こんな話を始めたのかを、そしてアイが最後に言った「間に合えば」の意味を悟った。
「1カ月間……!!」
そう、ベータ版の閉鎖時期は、すでに決まっているのだ。もしそれまでにハッピーエンドに辿り着けなかったら……私たちは永遠に、ここから出られなくなるかもしれない。私たちは、嘆き悲しむ時間すらもう惜しい状況にある……。
それにようやく気づいた人々が、息をのんだ。
「それでもハッピーエンドに辿り着くためには……お父さんは、みんなで協力するしかないと思うんだ。手伝ってくれるかな?
勿論そのためなら、お父さんは何でもできるぞ。お父さんに任せなさい!」
すごいな、この状況でそんな風に言えるんだ。Rockさんは本当に、みんなのお父さんって感じだ。
その想いに反応したのか、優しく静かな音楽が流れ出す。
「かっこいい!! 頼りになるなぁ。僕も手伝うよ!」
「俺もついていくぞ」
「うぅん……燃えてきたっ♡」
「参加させてもらえる?」
「私もそれに一票です」
「俺様の筋肉に任せな!」
次々と上がる賛同する声。
私も、そうなれるだろうか。……否、なりたいんだ。
「一緒に行こっ?」
真珠さんにそう言われ、私は頷いた。
「パパ、クサいですよ」
最後にたろ吉さんがそう呟いたのに対して、
「パパは臭くない!」
Rockさんがそう反論したのが妙におかしくて、ようやく、皆の顔に笑みが出た。
今の時間を確認するため、私はデイリーガチャの画面を開く。丁度、デイリーガチャが復活したところだった。
つまり私たちに残された時間は……今日を含めてあと、28日だ。