ナイト
初めてこの場所に来た時から、それは感じていた。
スカオーの職業は5種類で、ここには20人程度のプレイヤーがいるはずなのに、ナイトのシンボルである「茶丸の中に白抜きで剣盾が描かれたマーク」をまだ見つけられない。つまりそれだけ、ナイトのプレイヤー人口が少ないということだろう。
ならばその理由が、何かあるはずだ。
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たろ吉:不人気職……ではないです 恐らく
ただ 難易度が高い職なのは確かです
今回は前作をプレイしてる人しかベータ版に来ていないので 前作でナイトが本職だった方くらいしか ナイト専用ガチャを引いていないのかもしれません
熾天使セラフィム:そうねぇ~ どちらかと言うと……続けられる人が少ないんだと思うわぁ~♡
私のお友達も前作で最初ナイトをやってたけど 自分には無理だって言って すぐ他の職に変えてたわぁ~♡
詳しくは実際に ナイトさんに聞くのが早いかしらぁ?
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とはいえ、そのナイトが見つからないのでは、聞きようもない。
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たろ吉:ナイト…… 一応1人知ってますが こういうことを説明させるのは……たぶん向かないんですよね……
熾天使セラフィム:私はまだ1人も会ってないけどぉ~ 呼んだら来てくれるんじゃないかしらぁ~?
ナイトさんは基本 困ってる人を放っておけない 優しい方ばかりだからぁ~♡
ユウ:呼ぶって…… まだ1人も会ってないんですよね? どうやって……
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そう発言した直後、私は視界の端に、見覚えのある赤・黒を基調とした服に身を包むファイター……くろんさんを捉えた。
くろんさんもこちらに気づいたようで、手を振るエモーションをしている。
「えっ……?」
現実にいるはずがない、と思っていた。何故なら彼女と会ったのは、夢の中だけなのだから。
だが少なくともくろんさんは、現実の私を知っているような素振りだ。
とその時、誰かにスマホの画面内から引っ張られたような気がした。
ほんの一瞬の暗転。
その後すぐ、現実の私とゲーム内のユウの立ち位置がくるりと入れ替わったかのように、自分がまたゲーム世界の住人になっていることを認識した。
そして同時に、それはとても自然なことで、心地よいと思っている自分に驚く。
「もしかしてユウさんもこっちに来ましたか?
心地良いですよね、ここ。夢なら覚めないでほしいと思うほどに」
その言葉で、この経験は私だけでなく、たろ吉さんもすでに知っているものなんだと悟った。
場面は先ほどと同じ、私が質問を投げかけた直後だ。
セラフィムさんは私の問いに答える代わりにウインクし、ワールドチャットで叫んだ。
「ちょっと困ってるから、ギルドまでナイトさん来てぇ~♡」
何とも大雑把な呼びかけ。だが効果は絶大だった。
数秒後、3名の性別1ナイトがほぼ同時に現れたのだから。
「お父さんに任せなさい」
最初に来たRockさんは小麦色の肌に銀の短髪高身長。
この中では最もがっしりした体格で、いかにも防御力が高そうな鎧を着た、「ナイトらしいナイト」だ。
だがその頭にカワウソを乗せており、目が細いので威圧感はなく、ボイス通り優しくて頼りになる「お父さん」という印象が強い。
「俺様の筋肉をご所望かい?」
次に来た照輝さんは薄桃色の髪をポニーテールにし、眼鏡をかけ、黒の執事服に身を包んでいる。
中身長の細マッチョでクールな外見なのに、中身はボイス通り「脳筋」といったところか。
「僕も混ぜてほしいな」
最後のぜっぴんさんはナイトとは思えない細身の低身長で、鼻の頭に絆創膏を付けた、銀髪色黒の少年だ。
ボイスも「年下の男の子」だが……鹿の角付きフードといい、胸元が広く開いてヒラヒラした緑基調の上下服といい、全体的に中国奥地にいそうな仙人っぽい印象で、見た目以上の長い年数を生きたように見える。
ちなみに、ワールドチャットを見たと思われる、ナイト以外のプレイヤーもどんどん集まっている。みんなナイトを一目見ようとしているのかもしれない。
「そこのユウさんが ナイトの役割とかについて 詳しく知りたいんですってぇ~♡」
私の代わりにセラフィムさんが素早く説明してくれた。いつの間にかパーティは解散されている。
あ、これ、このままここで会話する流れだ。
まあ夢の中なら大部屋で対面してるのと同じ感覚だから、まだまし……か?
「ナイトの役割はな、筋肉で人を守ることだ!」
ああ……照輝さんに説明を求めたら駄目らしい。
「え!? えーと、その……ママに怒られちゃう」
Rockさんは一瞬頑張って説明してくれそうだったが、何故かたろ吉さんを見て止めたように見えたのは、気のせいだろうか?
「え!まじ!? この人数の前で!? いやいやいやいや」
ぜっぴんさん、すみません。確かに私も恥ずかしいです。
とはいえ人はまだまだ集まってくるし、どうにもこのまま収まりそうにない雰囲気だ。
と、その時。
「こんにちはーっ」
「まあ師匠まで! やったわね」
追加で2名の性別2ナイトが現れた。
もしかしてこれ、本当に世界中のナイトが集まる勢いなのか……?
師匠と呼んだ方のナイト……紅央さんは高身長。長い金髪と緑の瞳、セクシーな唇が特徴的で、その名と同じ紅色のコルセットドレスを着こなしている。
「お色気」ボイスなので、より異性を引き付ける魅力で溢れていた。
一方師匠と呼ばれた方のナイト……真珠さんはフリル付きの白・緑を基調とした軽量鎧を着ており、赤い瞳に強い意志を感じる。
ただしゲーム内最低身長かつ、白銀髪をツインドリルにしているため、全体的に幼い印象だ。最高身長のRockさんと並ぶともはや、大人と子供ほどの差である。ボイスは明るく可愛らしい「アイドル2」だ。
『適役!!!』
先に来ていたナイトたちの声が見事にハモる。3人の指が指し示す先には、真珠さんがいた。
「はい?」
「あ、すみません。
実は武器ガチャ何を引くか迷ってて、他の4職業の役割とかについては詳しく聞けたんですけど……ナイトさんだけ見つからなくて困っていたら、セラフィムさんがワールドチャットで代わりに呼びかけてくれたんです。
ただ、こちらの方々は、そういうの苦手みたいで……」
それを聞いた紅央さんは目を輝かせて、真珠さんを見る。
「それ……いいわねぇ! 私も久しぶりに、師匠の初心者講習をまた受けたいわぁ!」
「あらまあ。人に教えられるようになりましょうって、教えたでしょうに」
「私は永遠の初心者ですから、まだ早いですぅ!」
このやり取りを見ると、確かに真珠さんが師匠で、包容力とか母性とかが強いように感じた。身長差は逆転しているが。
「まあ、私は大丈夫ですよ。慣れてますから。
とはいえ、ユウさんだけが聞きたいわけでもなさそうなので……ここを借り切ってしまいましょうか!」
言うが早いか、ギルド内に置かれていた長椅子にブーツを脱いで立ち、皆が真珠さんの方を見ていることを確かめてから、彼女は大きく息を吸い込んだ。
「スカイオーシャンをプレイしている皆さん、こんにちはーっ」
『こんにちはーっ!』
あ、これは本当に慣れてるな。まるでアイドルのイベント会場のようなノリだ。
「もしかして、かなり有名な方なんですか?」
「師匠は初心者ナイトに広く知識を提供することで、スカオーのナイト人口を大幅に増やした、救世主なんですぅ♪ 初心者講習懐かしいわぁ」
「教えを受けたことはないけど、お父さんも知ってるぞ。動画をいくつか見たことがある。
同職だから共闘したことはないかもな……」
動画までUPしていた方なのか。それなら確かに、広く知られていてもおかしくない。
それにしても、ナイト人口が増えてもこれなら、それ以前はかなり少なかったのだろうな。
「さて、まず初心者講習を受ける方には必ず、この質問をしています。
ナイトのお仕事って何でしょう? そこの方、思うままに答えてください!」
「え、えっと……ヘイトを取ることで攻撃を受けて、みんなを守ることです!」
「はい、いい答えですね! ほとんどの方が同じ答えだと思います。あ、頷いてくれてますね~!
実はこの答え、半分正解で、半分間違いです。
例えば初手でヘイトを取って、次の敵の攻撃を受けて戦闘不能になったとしたらどうですか?」
聞いている皆が、「ああ~」とか「それもそうか~」と言った顔をしている。
「はい、皆さんが認識している通り、蘇生がとても難しくなっているこのゲームでは、屍を超えて行け! なんてことは、成り立ちません。」
セラフィムさんもこれを聞いて、うんうんと頷いている。
「必殺技ゲージ使わないと蘇生って確実じゃないし、リキャストタイムもかなり長いものねぇ♡ 蘇生後に立て直すのにも時間がかかるし♡」
確かにそれなら、戦闘不能にならない方が重要だ。
「また、ナイト以外は守護技がほぼ使えません。そのためナイトが戦闘不能になっただけでパーティが崩壊し、全滅してしまうことが多々あります。
例えば同じ人を救う職業として、消防士を想像してみましょう。防火服を着ないで火事場に向かう消防士はいませんよね? ナイトも同じことです。
まずしっかり防火服を着こんで、危険な前線に立ち、敵に立ち向かう。これが基本になります」
「筋肉を鍛えただけでは、耐えられないからな!」
そこから先は具体的な剣盾武器の解説になっていったので、自分が個人的に知りたいことは、他のナイトさんたちに質問することにした。
「たろ吉さんから、ナイトは難易度が高い職だって聞いたんですけど……今のを聞く限りだと、そんな風に思わなかったんですよね。どのあたりが難しいんですか?」
「お父さん含めナイトは、7.9秒って時間をいかに操れるかが鍵なんだぞぉ!」
「すみません、もう少し詳しく……」
「この中だと、次に説明できそうなのは僕かな……。
僕らが守護できる時間のことだよ、それ」
ぜっぴんさんが傍にいてくれて助かった。確かにRockさんも説明は苦手そうだ。
「守護できる時間……まさか武器技の効果時間が7.9秒だけってことですか!?」
「そう。全てじゃないけど、効果が高い守護技ほどね。
だから真珠さんが今話してたように、僕らがヘイトを取って耐えるのは【基本の基】。
そのうえで、各戦闘ごとに最適な武器防具を選択し、敵味方の行動を含む全てを把握したうえで、最も効果的なタイミングで全員を守護するための技を出せる人が、ナイトとして生き残るんだよ」
それを聞き、何となくナイトを目指す人も、続ける人も少ない理由を悟った。
最適解を導き出すにはまず知識が必要だし、全体を把握できる広い視野もいる。さらに的確なタイミングでの守護を可能とするプレイヤースキルを求められ、ミスが許されない……つまりプレイする上での重圧が、大きすぎるのだ。
「その難しさが、ナイトの魅力なんだけどね」
私の表情から思っていることを察したのか、そう言ってぜっぴんさんは笑った。
「俺様のように筋肉を鍛える奴は少ないらしくて、スカオーの職人口割合は、結構偏ってたぜ」
「昔アンケートで調べた人がいたなぁ。確かその結果が……
ファイター29%、マジシャン23%、プリースト21%、レンジャー17%、ナイト10%だったか?」
「ナイトってそんなに少ないんですか!?」
「でも、そのアンケートはあくまで、【どの程度その職のプレイヤーがいる印象ですか】ってものだからぁ、本職と別にナイトをしていた方も含まれるのよねぇ。
私はすぐに師匠と出会えて、ナイトについて学んだり、相談できたから良かったけどぉ、それがなかったらナイトを続けられなかったかもぉ」
「そうそう。なので僕的に最初からずっとナイトを本職にしていた人は、その半分くらいかなって印象だよ」
どうりで見かけないはずだ。その言葉が正しいとしたら、全体の5-6%しかナイト専用武器ガチャを引いた人がいないことになる。
「ちなみに職業特性は何ですか?」
「あ、それは私でも答えられますぅ!
斧使用時の一定時間ヘイトアップと、槍使用時の逆鱗付与100%ですぅ!
逆鱗っていうのは、ダメージを1回受けるごとに1つ消費して、必殺技ゲージが溜まるものですぅ!」
「つまり使いこなせば、普通より早く必殺技ゲージを貯められるんですね。
よく分かりました、ありがとうございます!」
これでようやく5つ全ての職業のことを知ることができ……私が武器ガチャを選ぶための材料が揃った。