アイサイドE、F
◆◇◆◇◆
「暇だな……」
アイEは何度目か分からない独り言をつぶやきながら、寝返りを打つ。
宿った身体は20代くらいの若い女性のものなのだが、元々身体が丈夫ではなかったらしく、スカオー世界でいうところの「救護室」を集めたような場所に、たびたび入って治療している人だった。
最初はどんな世界だろうと期待して入れ替わったというのに、いきなりベッドの上で目覚め、そこから動けないなんて、誰が想像しただろうか。
これでも回復したので、ある程度は動けるようになったが……最初のうちは本当に何もできず、もどかしい日々を過ごしたものだ。
と、その時また「何故か緊張するあの音」が聞こえたので、アイEはゆっくり身を起こし、窓の外を見る。
点滅する赤い光を伴って、白い箱が滑るようにこの場所に着いた。箱の一部分が開き、大急ぎで中から人が運び出される……。
何度か見ているうちにまず、この世界では救護室に自動では運ばれないのだと理解した。
次いでこの世界にいる白衣のプリーストたちは、一瞬で傷を回復させる手段を持っておらず、見たことも聞いたこともない方法で治療するのだと知った。
そして……運ばれる者の一部は、プリーストたちの誰も蘇生することができないようで、今度は黒い箱にその人を乗せ、静かにどこかへ運んでいくのだ。
「私もいつか、黒い箱で運ばれるのかな……」
それは、とてつもなく恐ろしいことのように思われた。
戦闘不能の先に何があるのかを、アイEは知らない。知りたくもない。
嫌な考えを振り払うように頭を振り、またベッドに戻った。
「こういう時は何か、癒しが欲しいんだけどな……」
ここには場所によって子供もいるが……それは大抵、自分と同じように治療中の身だ。不安を払拭できるような癒しには足りない。
自分がいる救護室には、たまに白衣のプリーストが様子を見に来る程度で、自分以外誰もいないので、話し相手すら確保できないし……。
仕方なく、アイEはスマートフォンを操作し、身体の持ち主がよく見ていた「SNS」なるものの画面を開いた。
スカオー世界にある「ワールドチャット」に似ているようで、それよりももっと高度なもの。文字だけでなく、画像や動画まで伝えられる優れものだ。
自分の足ではいけない場所の様子も、これなら確認できるので、アイEはこうしてたまに見ていた。可愛い生き物の画像や動画を見るのが、今のところ一番癒される。
だが一通り眺めて癒されると、今度はまた暇になってしまう……と、ずっとこの繰り返しなのだ。
「あれ、これは……」
見慣れた画像に目を止める。日付は10日ほど前のものだが、どうやらかつてスカイオーシャンをプレイしていた者が、懐かしんでオフライン版で作成した画像を上げたものらしい。
そして入力した文字を表示する部分に、他愛もない言葉と共に「#スカオー」と青文字で書かれているのが気になった。
「そう言えば他のものにも、こんな感じのがあったっけ……」
試しに検索機能の部分に「#スカオー」と入力し、検索してみると、驚くほど沢山のスカオー関連について書かれたものが表示されるではないか。
しかも古いものばかりかと思いきや、驚くことに今日付のものがいくつもある。
「わぁ……こんなに愛されてたんだぁ……」
その愛が何年分も凝縮されて自分たちが生まれたのだから、当然かもしれないが、実際にその証を見るのは不思議な感じだ。
と、その中に意外な画像を見つけ、アイEの目は釘付けになる。
「これを読める人は連絡ください。読めない人は拡散希望」とのコメントと共に載せられた、1枚の画像。それはスカオー語を紙に手書きし、撮影したものだった。すでにかなりの回数、拡散されている。
釘付けになったのは勿論、その画像に書かれた文章を読めるからだ。
『この次に上げた、リンク先の動画を見てください。そしてもっと知りたくなったら、連絡をください。方法は……』
長文なので、ひとまずそこまで読んでから動画を見てみる。
何のことはない、スカオーをプレイしていた人なら一度は見たことがあるであろう、キングドロセラと三段渦紋亀の戦闘動画……?
いや……コメントを見る限り、同じように動画を見たほとんどの人は気付いていないようだが、これは敵の行動パターンから、どちらも「the 2nd」のものではないか。
しかも、観戦エリア内で撮影したと思われる。
行動パターンが前作と違うと気づいた人は、この動画を誰かが作成したフェイクだと思っているようだ。それさえも意図しているのだとしたら……。
「つまりこれは……アイの誰かが撮影して、書いたものなのね」
こんなものを、こちら側の人間が撮影できるはずもない。当然の結論だった。
突然自分たちと世界を入れ替えられたはずなのに、必死に力を合わせて戦うプレイヤーたちの姿を動画で知り、アイEは胸が熱くなった。
ああ、そうか。たとえ身体が弱くても、ゲーム内なら役立てることが、そして大勢の人と触れ合えることが、この身体の持ち主にとっては最も重要な癒しだったのか。だからこそあんなに、夢中になったのか。
「あら? その動画はもしかして……」
夢中になりすぎたようだ。アイEは声を掛けられるまで、その白衣のプリーストがこの場所に来たことに気づかなかった。
一瞬どうするべきか迷ったが、隠す意味はないことに気づき……それより気になったことを確かめようと決める。
「知ってるんですか、これ?」
「……ええ、昔プレイしたことがあるゲームよ」
質問に答えるまでの僅かな「間」を、アイEは見逃さなかった。
「じゃあもしかして、これも読めますか?」
先ほど自分が一部読んだ、スカオー語が書かれている画像を見せる。顔には出さなかったが、目に驚きの色が出ていた。これは……。
『私は読めるわ』
敢えて目を合わせずに、だが聞こえるようにスカオー語で呟く。
『私も読めるわ。あなたもアイなのね?』
白衣のプリースト改め、アイFもスカオー語で応える。これが、こちらの世界でのアイEとアイFの再会となった。
「そうとなれば、早速連絡を取らないとかしら?」
「そうね。2人でね」
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