梅干しの握り飯とひきかえに
その餅がのびたさきに、娘の顔がつき、きいたこともない気味の悪い声で、ナヲモウセ、ナヲモウセ、とゆれている。
『 ととさ ん か かさ ん ナ ヲ 名 名 ヲ 』
モウセと命じた餅が、ぐぐう、と丈をのばしておつなの顔が走るようにせまり、夫婦は声をあげて逃げ出した。
――――――
「 ―― あとはもう、《番神様》にいただいたお札をなげつけて、どうにか逃げかえったらしくてな。このはなしを聞いた村では、その娘がなにかしよって、《山神様》を怒らせてかくされて、ほんで《番神様》がそれを知ってて夫婦を山へいれたんじゃろ、いうとるがな、わしはちがうと思うわ」
「ほおそうか。では、なにか?」
「そういう『わからんもの』を、経でおさめるのが坊様じゃろ。 だからそんな汚いナリでも声をかけたんじゃ」
ばあさんは壺から梅干しを皿へとりだすと、ジョウカイのまえにおいた。
「これを握り飯にしてやるけエ、はよウおさめてくれんかの。どうもな、あの山をこえてくる旅のモンにも、そうやって名をきくらしくてな。あの山にいやな噂がたったら、それこそほんとうに《山神様》が怒るかもしれん」そうなったら、こまる、と婆さんはしわだらけの顔にさらにしわをよせた。
梅干しをひとつをつまんで口にいれたジョウカイは、わらいながら種をだした。
「こりゃうまい。そうか、この握り飯をもらうならば、どうにかせねばなるまいな」
こうしてジョウカイは、山へゆくことになった。




