表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天袋の話

作者: 風土帽

俺:語り手。不動産屋の新入社員。


先輩 (高橋):俺の先輩で教育係。


部長:先輩の先輩で、高橋の教育係だった。






「天袋を開けるときは、必ず開けまーすって声をかけてから開けろよ」

「何でですか?」

「目が合うことがあるからって、オレの先輩が言ってたんだ」

「え、もしかして幽霊ですか?」

「らしいな」

「先輩、毎回開けまーすって言ってんすか?」

「いや、言ってない。まあ、オレはそれでも会ったことないから、只の噂だよ」



 部屋の確認中に、何の脈絡もなく先輩がそんな話をした。

 俺が働いているところは賃貸専門の不動産屋だ。大学卒業後、ここに就職して1ヶ月がたった。仕事にも少し慣れてきた頃、そんな話をしてきた。

 


「なんで今そんな話したんすか。俺が怖がりなの知ってますよね?」

「ん?お前を怖がらせるため~」

「……部長にいいますよ?」

「わりぃわりぃ。これ終わったら昼奢ってやっから、な?」

「しょうがないっすね~」



 先輩は話しやすいが、ちょっと悪戯好きなのが玉に瑕だ。

 まあ、そういう所が親しみやすいし、皆から好かれている要因なんだろうな。






 そんな先輩が、急に会社に来なくなった。




 その数日後、自宅で亡くなっているのが発見された。電話もメールも応答がないことを心配した家族が、大家に鍵を開けてもらい発見したとのことだ。手首が切られていてその手首を浴槽に突っ込んだまま亡くなっていた、失血死だったことを後日部長から聞いた。警察は争った形跡もなく、また他人がいた形跡もなかったため自殺と断定された。

 病んでいる様子は全くなかったし、会社の人達も何故自殺したのかは分からないと、皆悲しんでいた。



 葬儀は家族だけで行われ、俺は弔問だけに行った。

 遺影の先輩は、いつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。涙が出た。一緒に行った部長が、無言でティッシュをくれた。部長も涙目だったが、見ないふりをした。




 先輩の死から日がたったが、俺はまだ少し先輩のことを引きずっていた。

 そんな気持ちを抱えつつも仕事はこなさないといけないので、今日も笑顔で客に物件を紹介していた。

 



「ありがとうございました」



 俺の客が帰り、ふと時計を見ると昼の時間だった。ちょうど休憩時間だし、今日は気分を変えるため外食をしよう。



「休憩行ってきます」

「いってらっしゃい」



 同僚に声をかけ、ロッカーに行き財布を取り出す。



「やあ」

「あ、部長。お疲れ様です」

「お疲れ、今から昼か?」

「そうです。今日は外に食べに行こうと思って」

「そうか、私も今から昼食なんだが一緒に行かないか?」

「え?」



 部長が声をかけてきたと思ったら、珍しくご飯に誘われた。

 あれ以来部長はよく俺を気にかけてくれている。なんでも、俺が先輩の初めての後輩だったかららしい。部長は先輩の先輩で教育係だったらしい。

 先輩に私が育てるから安心しろ、みたいな感じに思って貰いたいのだろうか。



「もちろん奢るぞ」

「ご一緒させてください」



 即答した。俺も現金だな。









「部長、ごちそうさまでした」

「君、よく食べるね」

「すみません」

「気にするな、遠慮するなと言ったのは私だ。むしろ見ていて気持ちいい食べっぷりだった、いいものを見せて貰ったよ」

「ありがとうございます」



 部長と一緒に入った定食屋で、かなり色々頼んでしまった。部長は焼き魚定食、俺は焼き肉定食大盛りに追加で煮魚、山菜の炒め物、モツ煮を頼んだ。店の人もあんちゃんよく食うねって、少し驚いていた。



「こりゃ、高橋も奢りたくなるわ」

「え、先輩が?」

「ああ、食べっぷりがいい後輩がいて奢りがいがあるって、笑ってたよ」

「そう、ですか」



 そういえば先輩はよく飯を奢ってくれた。そういう理由だったのか。



「なあ、お前に高橋のことで頼みたいことがあるんだ」

「……何ですか?」

「先日、特殊清掃員から全ての清掃が終わったと連絡があった。高橋が住んでいたところはうちで取り扱っている物件でな、今後そこを再度貸し出すことになった。それでな、その部屋の確認に私と一緒に行ってくれないか?」



 先輩の部屋の確認か。あまり気乗りはしない。

 だけど、先輩の部屋に今後誰も入らないというのも先輩は望んでいないだろう。



「頼む!私一人だと怖いんだ」

「わかりました。お供します」

「ありがとう!」



 この人も怖がりなんだと思って、妙に親近感がわき了承した。




 翌日、先輩の部屋だったところに行くことになった。

 俺が社用車を運転していると、ふと部長がこんな話をしてきた。



「実はな、一人で行くのが怖かったのは、今回の特殊清掃員からある話を聞いたからなんだ」

「どんな話なんすか?」

「なんでも、清掃中に屋根裏から何かが動いているような音がすると。最初はネズミかなと思って無視していたらしいんだが、たまにドンッと明らかにネズミでは出せないような大きな音がするんだと。気味が悪いから、清掃を早く済ませたらしい」

「え、幽霊、とか?」

「それはわからん。今回はその確認も兼ねているんだ」

「…………どうして、最初に言ってくれなかったんすか」

「言ったらお前来んだろ。怖がりだって聞いてたし」



 じゃあ、ますますなんで俺に頼んだんだ。



「もし、幽霊が高橋だったら、お前には何もしないんじゃないかって思って」

「俺は魔除けか何かですか」

「そうとも言うな」



 続けて、お清め塩も持ってきたから大丈夫だと部長は苦笑いしていた。

 その顔が、ちょっとだけ先輩に似ていると思ったのは内緒だ。



 大家に軽く挨拶をしてから、部屋に行く。いざ部屋の前に来ると、あの話を聞いたからなのかひどく緊張した。



「開けるぞ」

「はい」



 部長も少し緊張しているのか、鍵を回す手が微かに震えていた。



 ガチャッ



 鍵が開き、手前に扉を引き中に入る。

 部屋の中は綺麗に片付いていた。空気も嫌な感じはなく、人が住んでいた痕跡すらなくなっていた。



 ドンッ



 上から、まるで人が倒れ込んだような大きな音が聞こえた。

 部長と顔を見合わせる。特殊清掃員が聞いた音はこれか。



「と、とりあえず、一つずつ確認するぞ」

「は、はい」



 まずは玄関、異常なし。

 次に台所。水が流れた形跡があったが、昨日の清掃員が流したものだろうと気にとめなかった。

 次は洗面所と、先輩が亡くなっていたという浴槽。ここも匂いなどは全くなく、見た感じ異常はなかった。

 

 次に居間、異常なし。

 最後に押し入れがある寝室。



「収納の中も全部調べるぞ」 

「はい」



 まずはクローゼットを開ける。下の段、上の段、共に異常なし。

 そして、天袋がある押し入れ。


 

 スーッ



 下段、中段には何もなかった。右も左も異常なし。

 そして、天袋。よく見ると、少しだけ天袋の戸が開いていた。



「天袋を開けるときは、声かけろよ」

「・・・はい」



 中をのぞき込めるよう、脚立に乗る。



「開けますよ」



 声をかけ、天袋の戸を開ける。

 ふすまをゆっくり開ける。

 中に居た何かと目が合った。



「ヒッ」




 俺が恐怖で小さく声を漏らすと急に手が出てきて、ふすまにかけている俺の手をつかもうとしてきた。それと同時に別の手が奴の腕をつかみ、一瞬だけ動きが止まった。

 俺はその隙に腕を引っ込めた。勢いよく引っ込めたせいで脚立から落ち、尻餅をついてしまった。



「この野郎!」

「ギャアアアアア!!」



 部長が天袋にいた何かに、懐中電灯を照らし、塩をまいた。すると、その何かは悲鳴を上げた。



「おい!今のうちに出るぞ!」

「は、はい!」



 俺はなんとか立ち上がり、一目散に玄関へ向かい、外に出た。

 無事外に出られたことを確認し、部長に問いかけた。



「あれ、なんなんすか!!?」

「…………あれは幽霊じゃない……」

「え…?」



 そう呟いた部長は、すぐどこかに電話をかけた。

 数分後、警察が来て部長が何かを話していた。部長の話を聞いた警察は、すぐに部屋の中に入り、押し入れのある部屋へと消えていった。



「いたぞ!引きずり出せ!」

「嫌!やめて!」

「観念しろ!」



 警察の声と女性の声が響く。

 静かになったと思ったら、手錠をかけた女性が警察と一緒に出てきた。女性の髪はボサボサで痩せ細っていたが、目だけはギラギラと血走っていた。

 その風貌は幽霊よりも恐ろしかった。



「ご協力、感謝いたします」

「いえ」

 

   

 その後、一応俺達からも事情を聞くため一緒に警察署にいった。俺達はその時の状況を話し、すぐに解放された。


 帰りの車の中で、あの女は何だったのか部長が話してくれた。



「1年前、高橋はストーカーに悩んでいたんだ。それで私に相談してきて一言言ってやろうと、数日高橋の家に泊まっていたことがあった。その時に、あの女に会ったんだ。あの女は私に会った途端、奇声をあげ逃げていったが、これはヤバイ奴だと思ってすぐ警察に相談するよう言ったんだ」

「そう、だったんすね」



 あんな明るい先輩がストーカーに悩んでいたなんて、思いもしなかった。



「その後、高橋は今まで奴から貰ったメールや手紙などを警察に提出して、その時は私も一緒に行って証言をした。警察も一応対応はしてくれて、それ以来高橋の前に姿を現すことはなかったんだけどな……」





 後日あの女が住居侵入罪、殺人罪で起訴されたとニュースで知った。

 表向きは自殺と処理していたが、警察も一部他殺を疑っていたらしい。




『先日住居不法侵入で逮捕されていた田中○○容疑者が、新たに殺人罪で再逮捕されました。被害者は30代の会社員、高橋●さんです。

 容疑者は数ヶ月前から、被害者の天袋に住みつき犯行に及んだようです。被害者の血液から睡眠薬の成分が見つかっており、容疑者は自殺にみせかけるため青いカクテルに睡眠薬を混ぜ、寝たことを確認した後、手首を切り水を張った浴槽につけ殺したなどと供述しています。また、犯行に使った刃物が天袋から見つかり、刃物から容疑者の指紋と被害者の血液が検出され、再逮捕に至りました。

 動機については今のところ黙秘しており、今後の取り調べで明らかになっていくと思われます。

 

 被害者は1年前からストーカー被害に遭っており、警察にも被害届を出していました。警察関係者は――――』



 ブツッ



 さあ、そろそろ出勤の時間だ。



















 ~数年後~



「天袋を開けるときは、必ず開けますと声をかけてから開けるんだ」

「何でですか?」

「目が合うことがあるからだよ」

「へえ……先輩は、なんで開けるときに懐中電灯を照らしながら開けてるんですか?」

「ああ、そうした方が天袋の奴が怯むからだよ」







 

 今回は初めてホラーに挑戦してみましたが、結果人怖になってしまいした。最初はちゃんと幽霊の話にしようと思っていたんですが、書いているうちに人怖になっていました。でも、一部幽霊は出てきていますので、探してみてください。

 読者さんが私の作品で、ちょっとでも怖いと思っていただけたら幸いです。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヒトコワ 今はどうか分かりませんが昭和のアパートとかは平気で隣の部屋と天井仕切り無しで繋がってる物件未だに現役で賃貸なってたりするので怖いですよね。 流石に内見時に覗くので不動産屋に変な…
[良い点] 高橋……助けてくれたんですね……。 青いカクテルに睡眠薬を混ぜていたのは睡眠薬は錠剤の中が青くなっているから目立たないように、という事でしょうか。
[良い点] てっきり部長が助けたとばかり! ものがたりとウォ○リーを探せで2度楽しませて頂きましたっ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ