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八百屋の娘、若姫になる

平民出身の巫女が神殿のNo.2に抜擢され、人外の陰謀で攫われてしまうお話です。

リリーは栗色の髪と同色の瞳を持つ快活な少女だ。

リリーは小さな頃から神殿が大好きだった。

リリーの両親は八百屋を営んでいて、家族は祖父母・父母・兄姉・リリーの7人。

八百屋を始めたのは祖父で、相続という程の財産はなかったが、店舗兼自宅と荷馬車を受け継いで、父が商売を続けている。

一家は毎月新月の日に女神ラトナを祀る泉の神殿に参拝していた。

神殿の敷地は広大で、中に温泉が湧いている。

参拝に行くと、男女別に分かれた囲いの中で服を脱ぎ、湯を被って身を清める。

そこで巫女にお金を払って湯着を借りると、池のように広い温泉に入ることができる。

湯を被る所までは無料なので、お金をかけなくても参拝前に身を清めることはできるが、リリーが巫女から湯着を受け取るのを楽しみにしているから、父は毎回リリーに小銭を渡して湯着を借りてくれた。

お金を渡すと巫女さんは「ようこそお参りくださいました」とにっこりして、良い匂いの湯着をくれる。

リリーは大きくなったら自分も巫女になって、「ようこそお参りくださいました」と言いたいと思っていた。

温泉で身体が温まって子供達が遊び飽きたら、自分の服に着替えて本殿の女神像の前に行き、跪いてお祈りする。

リリーはいつも「またお参りに来られますように」とお願いしていた。

やがて祖父母が亡くなり、兄が結婚して八百屋を継いだ。

父母とリリーも兄夫婦を手伝って店を盛り立てた。

リリーもそろそろ将来を考える年頃だ。

どこかに働きに出て結婚するのが一般的だが、リリーは幼い頃から憧れていた巫女になることにした。

神殿にいる間は純潔でなければならないが、良い人が見つかれば還俗して結婚することもできる。

リリーは可愛らしい容姿なので、いずれ恋愛して結婚できそうだ。

家族も賛成してくれたので、リリーは15歳で下級巫女として神殿に入った。

下級巫女の仕事はほぼ神殿の下働きだが、希望者には中級巫女に必要な教養と奉納舞も教えて貰えた。

リリーは、せっかくなので神殿に残っても困らないように、教えて貰えることは全部勉強した。

食事は海産物だけはNGだったが、元々特に好きなわけではないから全く苦にならなかった。

塩が海塩か岩塩かなど、味がわかる訳でもなく、どちらでも良かった。

巫女になりたいと思ったきっかけの湯着は、巫女が糸つむぎから機織り・縫製をして作っていた。

信者が温泉で使った物は、神殿の敷地を流れる小川の水できれいに洗濯して干したあと香を焚き染めて浄化している。これならば代金を頂いても胸を張って渡せる。

リリーは子供の頃に憧れた姿そのまま「ようこそお参りくださいました」と信者に微笑んだ。

リリーが17歳になった時、神女様が30歳になり、若姫選定の籤引きが行なわれることになった。若姫とは神女の後継者のことで、現神女が引退するまで補佐をして仕事を覚える。

神女は神殿の最高権力者ではあるが、俗世の栄華とは無関係にひたすら女神に仕えるので、贅沢な暮らしを望む者がなりたがる職ではない。

女が神殿で権力を振るいたいなら上級巫女を目指すものだ。

籤引きの前1ヶ月、神殿は閉鎖され、中にいる女は全員精進潔斎した。

食事は「森の恵み」だけになり、パンや紅茶は食卓に上らず、芋や栗と野草茶がそれに代わった。

特殊なメニューではあるが、肉や果物は食べられるので、辛くはなかった。

籤引きの日には、貴族出身の筆頭巫女から孤児院を出たばかりの巫女見習いまで、神殿内にいる女は全員集められた。

籤は、それを引く女の数よりだいぶ多い。

その中に当たりが1つしかないのだから全員外れも有りうるが、それはそれで女神の思し召しだという。

くじを引く順番は特に定められていないが、筆頭巫女から、手を伸ばしてやっと届くくらいの高い場所に固定された籠の中から薄い木札を取っていく。

リリーの前に引いた女達は全員ハズレだ。

順番が来て、リリーは背伸びして頭上の籠に手を伸ばした。

見上げてもまったく見えない場所なので、手探りで木札を握って、神女様の前まで行き、手を開く。

リリーの札は朱色で彩色された「当たり」であった。

この瞬間、リリーが若姫に決定し、まだくじを引いていない者もいたが、選定は終了した。

くじにハズレた筆頭巫女などは、あからさまにほっとした表情をしていた。

リリーはまさか自分が選ばれると思っていなかったからとても驚いたが、次代神女になれるのは光栄なことだと誇らしく思った。

神女になれば神殿から出られないので家族に会えなくなるが、若姫のうちは信者と接する機会も多く、家族の顔も見られる。

家族もとても驚いていたが、信心深い一家であったので、大変な名誉だと喜んでくれた。


若姫となったリリーは、神殿外で行なわれる祭礼に積極的に参加して信者と交流し、王宮の礼拝所での祭礼も担当した。

神女になると神殿で未明に行なう祭祀でしか信者の前に姿を見せないから、若姫のうちに顔を売っておいた方が良いという神殿の思惑もあった。


ある日、リリーは怪我や病気で神殿に来られない人々のために、王都の療養所で癒しの祈祷文を読んでいた。

集まっているのは、やっと起き上がって座れるようになった患者達だと聞いている。

しかし、祈祷中に一部の患者がいきなり立ち上がってリリーに向かってきた。

一瞬、神の奇跡が起きたのかと胸を躍らせたが、こちらに歩いてくる男達の表情は不穏だ。

そしてリリーは為す術もなく男達に身体を持ち上げられて籠に押し込まれてしまった。

周りに居るのは本物の患者達と非力な巫女だけで、男達からリリーを取り返すことはできなかった。

巫女が療養所の守衛を探して呼んでくる頃には、男達は馬に乗って走り去ってしまった。


リリーは円筒型の籠に押し込まれて男の背に負われた。

どこか開く場所がないかと押してみたが、びくともしなかった。

籠の中は暗く、外の様子は見えない。

男が走って馬に飛び乗り、馬を疾走させたので、揺れが酷くて叫ぶことすらできない。

少しすると男の背から降ろされ馬車に積まれたようだが、今度は籠が横倒しにされて、リリーは窮屈な姿勢のままうつ伏せになってしまった。

時々身体が浮くほど馬車が揺れ、息も絶え絶えだ。

やっと馬車が止まり、籠が開けられると、そこは森の中のようだった。

「おお、生きてた。死んじまってたらやばかったな」

療養所で襲いかかって来た男が言う。

「おい、死にたくなかったらあっちの荷馬車の荷台でおとなしく寝てろ。言うことを聞かなければ縄で縛って猿轡をするぞ」

人気も無い森の中。抵抗しても仕方がないと、言われた通り荷馬車の荷台で寝転んだ。

いったい何処に連れていかれるんだろう。

女神ラトナを崇めるこの王国で次期神女が攫われるなんて考えたこともなかった。

恐らく自分だけじゃなく、神殿も王宮も、誰も想像してなかっただろう。

王都の警備隊はもう捜索を始めてくれただろうか。

王都を出て貴族領に入ったら情報伝達に時間がかかる。自分が拉致されたことが伝わって捜索が始まるのに何日もかかってしまうかもしれない。

捜索隊に見つけて貰うまで無事に生き延びなければ。

リリーは極力男達を刺激しないよう、言うことに従った。

男達のリリーに対する扱いは雑だが、傷つける意図はないようで、最低限の食事と用足しはさせてもらえた。

ある時は酒樽に、またある時は衣装ケースに閉じ込められて運ばれ続け、ついに国境を越えてしまった時、リリーは若姫として神殿に戻ることを諦めた。

衆人環視の中攫われてから時間が経ちすぎて、きっとリリーの誘拐は広く知られてしまっただろう。実際はどうであれ、純潔を失ったと噂されるに違いない。

それでも、家族の元には帰りたい。

希望を捨ててはいけない。


たくさんの作品の中から見つけてお読み下さりありがとうございます。

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