夏の章 名残の苺ソースとブランマンジェ
「よう、元気か」
竜幸は、急な雨の中で風が洗濯物を取り入れているときにやってきた。
「相変わらず、狭い庭だな。おまえの車だけで一杯。この木、邪魔」
桜の木に手を添えて、竜幸は風を見た。
「あなたに用はないですよ」
縁側に洗濯物を放り込むと、風は竜幸のそばにかけて行った。
「冷たいねえ、一番上の従兄に」
竜幸は、還暦近いというのにどうかすると40代にしか見えない。若作りしてるわけではない、そういう体質なのだろう。長めの前髪も、白地に赤や金で刺繍されたスカジャンも、違和感がないのだ。もっとも老けないことに関して、おじいは「無責任に生きているから」と竜幸を評する。
「なあ、前にもちょっと話したけど、ここ売らない? ああ、売るのが嫌なら貸さない? どっちにしろ、悪いようにはしないから」
ほほ笑む顔は、人好きする無邪気な笑顔だ。しかし、風はおじいから何度も何度も聞かされていた。竜幸のことは。
――あいつは、ペテン師だ。竜幸の言葉に耳を傾けるな。
「帰ってください」
「あのさ、あんまりこいうの聞くの申し訳ないけど、お金は足りてる? 風は、いま在宅ワークだろ。しかも、正社員時代の貯蓄、この家のリノベに突っ込んじゃって、もうあんまりお金ないんじゃないかな―って、俺なりに心配しているわけよ」
竜幸に言われて風の声が詰まった。葛城家の台所は、ラクとはいいがたい。けれど竜幸にずかずかと土足で踏み込まれていいわけはない。
「あなたが口出しすることじゃいです。帰ってください。ぼくとおじいは、静かに暮らしたい」
竜幸は傘で半分顔を隠す。笑う口元だけが見えるように。
「また、来るから。考えていてくれよ」
竜幸のそばに、車が停まる。竜幸は傘を閉じて車に乗ると窓越しに顎をくいっと横に動かした。わずかに上から見下ろすような視線が剣呑に光ったように見えた。
「もう来ないでください」
風が話し終わらないうちに、車は走り去った。
風は車が去っていった方向をしばらく見ていた。いつのまにか拳が強く握りこまれていた。
雨は激しくなっていった。
六月最初のカレーはチキンカレーだった。
おじいとの勉強を終えた茉莉花と、おじい、風と三人はテーブルに着いた。スープは玉ねぎ・人参・キャベツ・大根を千切りにした野菜のコンソメスープにした。デザートは名残の苺ソースがかかったブランマンジェだ。
「チキンのカレーも美味しい。ママ、チキンのカレーは作らないから」
「おじいはゆっくり食べて」
おじいはうなずき、ゆっくりとスプーンを動かす。先日の一件はすでに報告済みだ。それがストレスになっていなければいいと風は思っている。
「あ、ふうちゃん、さっきおじいにも話したけど、再来週に県大会の地区予選があるの。だから、今月の金曜日はもう来れないんだ」
「来週と再来週と、最後の週も?」
「う、うんっ」
風が尋ねると、茉莉花はスプーンを止めて少し言いよどんだ。
「あのね、県予選が終わったら三年生の先輩たちが引退だから、みんなで打ち上げするんだ」
つっかえつっかえ、茉莉花は話した。話すうちにどんどん顔が赤くなる。その様子を見て、風は気づいた。たぶん、先輩の中に茉莉花の気になる先輩でもいるんじゃないかな、と。
「そう、わかった。じゃあ、次に会えるのは七月になってからだね」
「七夕の日のおじいの誕生日には、ぜったい来るからね」
茉莉花がおじいに念を押すと、おじいが嬉しそうにうなずく。
茉莉花がしばらく家に来れなくなるのは、いいかもしれない。いつ、竜幸が来るか分からない。茉莉花と合わせたくない。茉莉花にもしもがあったら、取り返しがつかない。
茉莉花は無邪気に今夜もカレーをお替りした。
チンピラばかり書くのがうまくなっていくような