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時の舟と風の手跡  作者: たびー


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秋の章 パンプキンパイ

 女性は芋類が好きらしいと耳にしたことはあるが、本当だったようだ。

 ケアマネの太田はパンプキンパイを出されると、目を輝かせた。

 11月、太田の月例の訪問日に合わせて、風はパンプキンパイを焼いた。近所の農家からお裾分けしていただいた南瓜があったからだ。南瓜、三個ももらっても、男二人暮らしだ。どれほど消化できよう。

 パンプキンパイを作るまでに、パンプキンプリンも作ったし、普通に煮つけやひき肉のあんかけも作った。甘いのもしょっぱいのも食べつくし、もう南瓜の顔は見飽きたとおじいには言われてしまった。お菓子にして茉莉花に渡すのも限界がある。太田が来る機会があってよかった。

「風さんは、ほんとうにお料理がお上手ですね。レパートリーも広いですし」

 太田は風が書いた記録ノートを今一度見て感心する。パイは、すでに太田の胃に収まった後だ。

「カフェを開けそう」

「それはないです、ほんと」

 竜幸が口にしたというセリフを思い出して、風の背中が薄ら寒くなる。

「風には、よくしてもらってますよ」

 今日はおじいも一緒のテーブルについている。コーヒーを淹れることまで手伝ってくれた。

「それで、太田さん。わたしもディサービスというものに通いたいと思うのですが、どうすればよろしいですか」

 おじいの言葉に、太田も風も数秒間体が静止した。

「お、おじい、どうした? ディサービスに行きたいなんて」

 風がどもりながら問いかけると、おじいはコーヒーをゆっくりと飲み干してから返事をした。

「木山のところへ行ったろう。施設を見せてもらって、思っていたより感じがいいなと」

 おじいは、どんなところを想像していたんだろうと風は首をひねった。しかし、木山氏がいたのはホームであってデイサービスではない。そこのところに誤解はないだろうか。風が考えあぐねていると、太田が半ば叫ぶようにして椅子から立ち上がった。

「すばらしい、すばらしいです、謹吾さん」

 あまりの声量に、風はたじろいだ。太田は頬を上気させ、胸の前で両手を握った。

「いくつになっても、新しいことにチャレンジする謹吾さん、すばらしいです」

「たしかに、そうです、よね」

 風はどもりながら太田の言葉に同意した。当のおじいは、太田に褒められてまんざらでもないという表情をする。いままで、ディサービスなど行くものかとはなから拒否していたのだから、たしかにおじいの変化はすばらしい。

「まずは、お試しでどこかに行ってみませんか? 年内に一度くらい行けるように空いているところを探しますね」

 それでは、と太田は手回り品を片付け、挨拶もそこそこにそのまま玄関へと移動してしまう。

 呆けている風の肩を隣な座るおじいがつついた。

「太田さん、忘れて行ったぞ」

 おじいが指さす先に、太田の空色のマフラーがあった。風は慌てて立ち上がり、マフラーをつかんで玄関へ走った。

「ちょっと、ちょっと待って」

 風は太田を追いかけて外へ出た。上着も持たないで外へ出た風は、曇り空のした、寒さに両腕で自分を抱きしめた。

「太田さーん」

 表通りに出てみると、太田はいつもの駐車場へ行くところだったが、風の声にようやく足を止めて振り返った。

「忘れ物ですよ」

 風の言葉に思わず首のあたりをひとなでした太田は、風のところへと小走りで戻ってきた。

「すみません、なんだか慌てちゃって。いつもカレシに言われちゃうんですけど」

 太田は一礼してマフラーを受け取ると、首にさっと巻きつけた。風は太田の一言に足がぎくっと止まった。

 カレシ? 彼氏と聞こえたが。

 「葛城さん、はだしじゃないですか!」

 クロックスをつっかけた風の足はむき出しで、太田は目を見開いた。

「あ、すぐに戻るので平気です……」

 言われて気づいたが、足ははだしだし、最近はろくに理容店へも行っていなくて髪が伸びたままだ。あまりに身なりに気を付けていなさすぎでは。風は急に恥ずかしくなって、じゃあと言って二三歩後ずさった。

「あの、謹吾さん、よかったです。なんていうか前向きになられて」

 身をひるがえそうとした風は、動きを止めた。

「今までの頑なさが少し減ったように感じました。同級生のかたとの再会もよかったのでしょうね」

「よかったみたいです。来年は桜を一緒に見たいって言ってましたし」

 風ははねた髪を撫でつけた。今更だけれど、少しでも身ぎれいにしたいと焦った。そんな風のようすに気づかぬようで、太田は大きくうなずいた。

「年内に、お試ししてもらいましょう。それで、年が明けたら週一くらいで通えるようになったら、いいですね」

「あの、金曜日は曾孫に勉強を教える日なので、金曜日以外でお願いします」

 茉莉花の家庭教師役は、おじいの楽しみなのだ。楽しみを週のうち何回かに分けてもらったほうがいい。

「はい、承知いたしました。それから」

 と、そこで太田は一度言葉を切った。

「竜の文字の方とは、決着がついたのですね」

 風は思わず笑ってしまった。こわばった頬が少し緩む。

「決着がついたどころか、呼びもしないのに、たまに顔を見せるようになりました」

 ご心配おかけしました、と風は太田に頭を下げた。風は太田が気にかけてくれたことを嬉しく思った。

 それじゃあ、と太田は軽く頭を下げて駐車場へと向かっていった。

 風は太田の背中を見送る。

 そうか、カレシがいたのか……。

 灰色の空から、ひらりと雪片が舞い降りる。風は急に体が冷えてしまったように感じた。

パンプキンパイ、ときたらシナモンティーでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 風くん始まらないうちに終わっちゃった感じ…… 縁ていうものは不思議なものだ。
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