第95話 彼女はエンペラーメーカー
……何やらガイアード将軍の屋敷で工事を行っている。
それを登城した際にレンが見かけた。
「……ああ、あれね。窯を作っているんだ」
「カマ……?」
ルキアードに聞いてみると彼は苦笑してそう答える。
「そう。窯……陶芸のやつさ。父さんが今度陶芸をするんだって家に作らせてる」
「ガイアード将軍が……陶芸ですか」
あのガタイでろくろを回している所はちょっと想像しにくい。
まあ、厳つい見た目はちょっと職人っぽくもあるか? と考えるレン。
何にせよ武人一筋みたいな男だったので周囲は驚いている事だろう。
「釣りを始めたり、詩を詠んだりとかさ……色々やってるよ。今まで興味があったけどできなかった事を全部やるんだってさ」
苦笑して肩を竦めたルキアード。
そう言いながらも彼はそんな父をそう悪くも思っていないようだ。
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城の廊下で意外な人物を行き会う。
「……む」
相変わらずの黒い軍服姿のヘイゼルはレンを見ると足を止め軍帽のつばを少し上げて彼を見た。
数名の同じ黒い軍服のエルフ傭兵を連れている彼女。
レンも足を止めて彼女を見る。
……あの時、ファルメイアの首を裂いた甲虫。
あれはこのヘイゼル・ミュンツァーが自らの血を魔術で操ったものだという。
「ふふ、そう怖い顔をしなくていい。今の私はお前の敵じゃない」
笑うヘイゼル。だが彼女の笑みは見る者に親しみを感じさせるようなものではない。
……怖い笑みだ。
「私は民間の傭兵団を率いる身だ。ギュリオージュ様に雇われている。改めて彼女の警護や身の回りの世話を担当することになった。お前とも色々あったがこれからは味方陣営というわけだよ。よろしくしてやってくれ。ここはまだ不慣れでね」
何と返答するべきかわからずレンは黙ったままだ。
少なくとも握手を交わすような気分にはなれない。
そんな彼の様子にヘイゼルは軽く肩を竦めた。
「やれやれ警戒されているな。お前たちと戦ったのはあくまでもビジネス上の契約によるもので他意はないんだが……。打ち解けてもらうには時間が必要か?」
「……ギュリオージュ様次第では、また戦う事になるかもしれないって事だよな?」
固い表情のままレンが問うと、ヘイゼルはあっさりと「そういう事になるな」と認めた。
「だから……」と彼女はレンに歩み寄って顔を寄せる。
「ギュリオージュ様と懇意にする事だ。お前と彼女の仲が良好であれば、私もずっとお前のお友達さ」
小声で囁くように言うと彼女は身を離し、そして口の端を僅かに上げた。
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ギュリオージュ・ヴェゼルザークの執務室は帝城内にある。
彼女に公式の肩書は存在しないのだが、待遇はほぼ天魔七将と同じだ。
皇帝の血族であり、かつ七将と互角の戦闘力を持つとなれば正直な所扱いが難しいのだろう。
「ああ、ヘイゼルに会ったんですか。今日来てましたからね」
レンの訪問を受けたギュリオージュが言う。
彼が何故この姫の下を訪れているのかと言うと……。
「あんた、ちょっと行ってご機嫌伺い兼ねて何か変な事企んでないか探ってきなさい」
そうファルメイアに命じられたからである。
自信が無いというレンに主人は……。
「別に一回で全部調べろなんて言ってないでしょ。ちょこちょこ顔出して少しずつ仲良くなりなさいよ。……あくまでもオトモダチとしてね」
釘さしながら半眼でそう言った。
「大人しくしててほしいのよ。正直、もう戦いたくない。あんなんでもザリオン様の娘だしね……」
どうもそういう事であるらしい。
流石の紅蓮将軍でも敬愛した人物の愛娘では戦いにくいか。
「アイツ、顔コエーでしょ? でも心配しなくていいですよ。中身もコエーから」
(安心できない……)
冗談なのか本気なのかわからないギュリオージュの言葉に冷や汗を流すレンである。
「ウチが無理言って雇ったんですよね。正直、ウチここじゃ厄介者だから、城のやつ周りに置くとどいつも委縮して腫れもの扱いだし……」
「……!」
驚くレン。
しばらく窓から外を見るように顔を背けていたギュリオージュ。
彼女がこちらを向くとその頬を涙の雫が伝って落ちる。
「ウチの味方は誰もいないから……。ああいうのを金で雇って使うしかねーわけですよ」
「いや、その……」
狼狽えるレン。まさか泣かれるとは思っていなかったのでどう対処していいものかまったくわからない。
しかしここで何も言わないようでは今日ここへ来た意味がない。
「俺でよければギュリオージュ様の御力になります」
「ホントに……?」
うなずいたレンに恐る恐る歩み寄ってくるギュリオージュ。
そして彼女はレンの胸に顔を鎮める。
「嬉しい、レン兄。これからウチのことはギュリオって呼んでね」
「う、うん……ギュリオ、わかったよ」
優しく彼女の背に手を回すレン。
ここまでは許してくれ、と心の中でファルメイアに謝罪しながら……。
(うっひひひひひ、思ったよりチョロいですよ、レン兄。まあそこも可愛いですけどね)
そして彼からは見えない角度でギュリオージュは邪悪な笑みを浮かべている。
彼女のポケットにはウソ泣きに使った目薬が入っている。
(ヨッシャー横取りしてやりますよ! 見てやがれ赤女!! あははははは!!!)
レンの胸板に頬を当てて内心では滅茶苦茶高笑いしているギュリオージュであった。
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「……で、あんたはそれ真に受けたわけ?」
呆れ声のファルメイア。
戻ったレンの報告を聞いた反応である。
「え? うん。気の毒だなって……」
素直にレンがうなずくとファルメイアはやや疲れた表情でハァと大きくため息をついた。
「あんたのその……心がキレイ? と言えなくもない所は美徳かもしれないけどね。でもお城でやってくには危なっかしすぎるわ」
「俺は騙されてた……?」
茫然とする従者にうなずく紅蓮将軍。
「当たり前でしょうに。周りが敵だらけ? そんなのむしろ望むところでしょうよ。悦に入って高笑いしてるわよきっと」
「……それじゃヘンタイだよ」
周り中から武器を向けられてふんぞり返って高笑いしているギュリオージュを想像して何とも言えない気分になるレン。
そんな彼を見てファルメイアが立ち上がる。
「ハイここで確認、あんたがこの世で一番好きなのは?」
人差し指をレンの鼻先に突き付けるファルメイア。
「え? その……イグニスだよ」
「よろしい」
満足げに微笑んでからファルメイアは目を閉じた。
彼女の意図を察したレンが口づけを交わす。
しばらく二人はそのまま動かず……やがてファルメイアはレンの後頭部に回していた両腕を解いた。
ほぅ、とわずかに熱を帯びた吐息を吐いたファルメイア。
潤んだ瞳にレンを映して彼女は優しく微笑む。
「……いつか、あんたと二人でどこかへ旅行にでも行きたいわね」
「うん」
レンも穏やかに笑ってうなずいた。
「……よし、じゃあ行きましょう」
「うん……はい?」
思わず間の抜けた声を出してしまったレン。
その彼の前でファルメイアはクローゼットを開けて衣装をいくつも引っ張り出している。
「前も言ったでしょ? 『いつか』なんてのはないの。思い立ったら決行よ」
「いや、そんな仕事とか学校が……」
困り顔のレン。思い切り平日である。週末も遠い。
「あ~のねぇ、私は皇帝を即位させた女、エンペラーメーカーよ? その位どうとでもなるわよ……多分」
「多分!!??」
目を剥くレン。
楽しそうにスーツケースに荷物を詰めているファルメイア。
この後、本当に休暇の申請と同時に彼女はレンを連れて帝都を飛び出していってしまい、その事は少なからぬ騒動を巻き起こす事になるのだが……。
(まあ、いいか……)
開き直りか諦めか。
そう思うレンである。
「……ほら、何してるの? あんたも早く支度しなさいよ」
輝く彼女の笑顔を見ていると、それだけで何でもできる、何でもしてやろうと思えるのだから。




