第92話 正体不明の英雄
雲の上を上部が城砦になっている巨大な鉄の船が移動している。
空中要塞ザナドゥ。古代の技術をドワーフたちが復活させて建造した空の砦だ。
それを使い今ギュリオージュたちはカールローディアへ向かっていた。
「街から見えるとこまで飛ばすんじゃねーですよ。話がこじれたらめんどくせー」
「わかっているさ。降りたらそこからは我々は蒸気自動車で移動する。ザナドゥは念のため少し北へ戻しておく事にしよう」
相変わらず小テーブルに足を投げ出して司令席に座るギュリオージュ。
近くに立つヘイゼルの彼女への対応も手馴れたものだ。
「一応非戦闘員に偽装した手の者を街へは入れてある」
「必要ねーですよ。今回は本当に戦る気はねー」
ギュリオージュはフンと鼻を鳴らす。
「向こうだってわかってますよ。ウチが紅蓮将軍を指名した時点でな。今また戦ったらあっちが勝つ」
「そういう事をすんなりと認めるんだな」
意外そうに言うヘイゼルをジロッと横目でギュリオージュが睨んだ。
「事実なんだからどうしようもねーでしょうがよ。この前は初見の奇襲が通ったから有利に戦えたけど同じ手はもう食ってもらえねー。アイツ、今のウチの殺し方ならもう両手の指でも足りねーくらい思いついてますよ」
『戦闘の引き出しが少ない』……それがギュリオージュの弱点。
同クラスの戦闘力を持つ者との戦闘経験の少なさからくるものだ。
それでも彼女の実力なら並みの強者であれば問題なく圧倒できるが七将クラスともなるとそうはいかない。
ファルメイアはもう前の戦いの時にその事に気付いているはずだ。
「アイツの師匠誰か知ってるか?」
「データは頭に入っている。『魔道王』の名で呼ばれる男……お前の父が白い砂漠を踏破した時に選んで連れていった三人の内の一人だな」
ヘイゼルがその名をそらんじるとギュリオージュは遠くの景色を見るような目をした。
「ああ、そーですよ。人間のクセしてもう何百年生きてるかもわかんねー、古代からの魔術を自在に使いこなすって伝説のバケモンだ。そんな奴に徹底的に鍛えられたアイツと独学で雪原の魔物と戦ってここまできたウチとじゃくやしいが土台に差がありすぎる」
ギュリオージュは持ち上げた腕を後頭部で重ねると椅子の前足を浮かせて天井を見上げる。
「ま、それがわかっただけでこの前の戦いは意味があった。そーゆーわけで今はまだあっちの言いなりにしとくさ。伸び代ならウチに圧倒的に分がある。その内どいつもこいつも超えてやりますよ」
「さて、どこまで取り上げられるかだな」
自陣営の所持する様々な権利や物や金のリストを目に眼鏡の奥の目を細めるヘイゼルであった。
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そして、会談当日。
帝国側が指定したホテルの一室で両陣営が向かい合う。
ファルメイアとギュリオージュ。
紅蓮将軍が連れているのはレンとヒビキ。
対する姫側はヘイゼル一人である。
レンに向かって手を振ったギュリオージュをファルメイアとヒビキの二人が睨んだ。
「……ちゃんと輸血はしてきたの?」
「ああ。本日は血が流れることのないようにお願いしたいものだ。こちらもそちらもな」
紅蓮将軍の軽口に薄く笑って返答するヘイゼル。
そしてエルフは紅蓮将軍の付き人たちに視線を移した。
一人初顔合わせの娘がいる。
狐の耳を頭に持つ槍のような武器を持つ銀色の髪の背の高い少女……。
(前回はこいつを温存したのか。大した手持ちの駒の層の厚さだ)
ヒビキを見て目を細めたヘイゼル。
そのヒビキも彼女を見ている。
(今……)
狐耳の少女が目を閉じる。
(首を落とせた)
脳内でのシミュレーションによりそう判断したヒビキ。
そしてヘイゼルも彼女の視線の意味をおぼろげに理解していた。
(……等と考えていそうだな。怖い怖い)
眼鏡の蔓に指を置き、位置を直すヘイゼル。
(もっとも、首を落とされた程度では私は死なないがね)
そんな二人を尻目に紅蓮将軍が席に着く。
「お互いの連れ同士が目と目で会話しちゃっているけど、始めるわよ」
その彼女の正面にギュリオージュも座る。
「いつでもOKですよ。まずはそっちの要求を聞く、そんで対応を考える」
「いいでしょう。ではこちらから……」
ファルメイアが持って来た帝国側からの要求とは。
魔氷晶の採掘権の譲渡。
大要塞の明け渡し。
ギュリオージュは帝都に入り皇帝府の管理下に入る。
空中要塞の運用は都度皇帝府の許可を取り飛行ルートを報告する。
上記を全て受け入れるのであればギュリオージュのこれまでの行動は不問とする。
……以上であった。
(……温い)
話を聞いてヘイゼルはまずそう思った。
ザナドゥや資産の没収は当然あると思っていたのだが……。
「終わり? そんなんでいーんです?」
「ええ、そうね。こちらからは以上。ゼムグラス皇帝陛下はザリオン前陛下のご息女として、皇帝の血族として……優秀なギュリオージュ様に自身の統治を助けてもらいたいと仰せです」
大人の微笑みで言うファルメイアにギュリオージュも口の端を上げた。
「ハイハイ、仰せのままにってヤツ。いい子のギュリオがゼム兄のお手伝いをしますよ」
お手上げ、とでも言うように両手を上げたギュリオージュ。
紅蓮将軍が立ち上がり右手を差し出す。
数秒黙ってからギュリオージュも立ち上がり、握手に応じる。
……こうして、両者の会談は表向きは極めて平穏に成功裏に幕を下ろしたのであった。
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そして、空中要塞にて帰路のギュリオージュたち。
「ありゃ中々よく考えられてる。単なる甘い沙汰じゃねーですよ」
ザナドゥ司令室のギュリオージュ。
これから彼女はダナン大要塞へ一度戻りそこを引き払って帝都行きである。
「空中要塞が金食い虫だなんて事はとっくの昔にお見通しでしょーよ。ヘタに取り上げて持て余すよりもウチに持たしておいて金を吸わせておいたほうがいい」
「まあ今の帝国にこれを使ってやりたいような事はないだろうな」
空中要塞は維持にも運行にも莫大な費用がかかる。
戦時中であれば大きな役割を果たすが現状もう帝国にはこれを使ってまで戦う相手がいない。
運行の自由を皇帝府に押さえられている以上単なる空の移動手段としてしか使えないザナドゥは不良債権化していると言えるだろう。
「で、金を取り上げなかったのはウチの背後を探ろうとしてる。金の流れを見張る気だろ」
「しばらくは『組織』への送金は慎重にしたほうがいいな」
魔氷晶の交易も空中要塞の購入もヘイゼルを紹介されたのも全ては「組織」の仲介あっての事だ。
「まーあそこは実質単なる互助会だしウチの所属がバレたらバレたで構いやしねーですけど……」
「そうは言っても組織は金さえ払えばどれだけ陽の当たる場所に顔を出せないような大悪党だろうと問題なく受け入れるからな。先々のことを考えるのなら所属は知られていない方がいい」
ヘイゼルの言葉に「ああ」と半分上の空で返事をするギュリオージュ。
「そういえば今日はあの騎士の事を話題に出さなかったな? あれから何日か狂ったようにヤツの話ばかりしていたからてっきり今日はその話を持ち出すと思っていたぞ」
ヘイゼルの言うあの騎士とは狼の騎士の事だ。
「あー……向こうから振ってきたらあれこれ話すつもりだったんですけどね」
そしてギュリオージュは何事か考え込んでいる。
「なあ、あいつ帝国軍なのか?」
「さあ……データはないな」
自らが帝都を離れてからもギュリオージュは帝国中枢の事は調べ続けてきた。
人と金を使い詳細にである。
「あんなとんでもねーのが帝国軍にいたとしてウチらがそれ調べられないとかあり得るんですかね。それにあの時の紅蓮将軍たちの動きも仲間内にあんなのがいるって前提の動きじゃなかった気がするし……」
「たまたまあんな怪物が通りがかったと? ……中々面白い仮説だな」
苦笑するヘイゼルを半眼で睨むギュリオージュ。
「そうは言わねーですけど、紅蓮将軍もやつの正体をよくわかってないってのはあり得るんじゃねーですかね」
ギュリオージュの言葉にふむ、とヘイゼルは鼻を鳴らした。
ファルメイアたちが狼の騎士の事を話題にしなかったのは彼女たちが騎士の事をよくわかっていない、あるいは知らなかったからではないか。
「味方にも正体を隠す謎のヒーローというわけか」
「いずれにせよ向こうもわかってねー可能性がある以上わざわざこっちから話を出す必要はねーですよ」
犬歯を見せてニヤリと笑ったギュリオージュ。
「……いつか、また会えるさ」




