第91話 君と涙する
ルキアードの頼みで恐らくこの都に来ているであろうガイアード将軍を探すことになったレンであるが、彼のメインの任務はファルメイアの付き添いと護衛である。
それに割ける時間は限られている。
幸いにしてカールローディア滞在の二日目は一日自由時間という事になった。
また観光と偽り街へ出ることにしたレン。
付いてこようとするヒビキをなんとか言いくるめて思い留まらせるのには難儀した。
通りを歩きながら周囲を見回すレン。
流石は一大交易都市……どこも人で溢れている。
人探しは不慣れであるが探し人は目立って特徴のある男だ。
なんとかそこを足掛かりとして発見に繋げられないものかと考えながら歩いていると……。
(ああっ!!?? いたあッッ!!!??)
……いきなりの遭遇。
本当にガイアードを見つけてしまった。
なにせ人込みにいても彼は目立つ。
周囲の人間よりも頭一つ分デカい。
将軍は見慣れた黒い鎧姿ではなくさっぱりとした上品なスーツ姿であり、また変装のつもりなのかなんなのか眼鏡を掛けている。
しかし紛れもなくガイアード・ヴェゼルザーク本人だ。
ガイアードは他の大勢と一緒に吸い込まれるようにある大きな建物に入っていった。
(ど、どうしよう? とりあえずルキアードさんに連絡を……)
レンが周囲を見回すと幸いすぐ側にメッセンジャーボーイを見つけることができた。
彼に紙幣と走り書きをしたメモを手渡す。
ボーイはすぐに指定したルキアードの宿に向かって走っていった。
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ルキアードがやってきたのレンがボーイを走らせてから一時間半ほどが経過してからの事であった。
「やあ、すまない。急いできたんだが……」
軽く息を切らしている彼にレンは大丈夫だ、というようにゼスチャーした。
彼らの探し人はまだ移動していない。
とりあえず二人はガイアードが入った建物の向かいの食堂に席を取った。
「で、あそこへ入っていったって?」
二階席の窓から表の通りを見下ろしているルキアード。
レンがうなずくと彼は怪訝そうな顔をする。
ガイアードが入っていったのは大劇場である。
レンは知らなかったがこのカールローディアの大劇場は設備のレベルや規模において大陸でも五本の指に入るという有名な劇場だそうだ。
「父さんと演劇か……何だかミスマッチ過ぎてピンとこないよ」
「でも間違いなくあそこに入りましたよ」
首を傾げるルキアードにレンが言う。
それからレンはずっと劇場の入り口を見張っているがガイアードはまだ出てきていない。
「演目は……『ミネアスより』か、有名どころだね」
その方面には疎いレンですらタイトルやおおまかな粗筋は知っているほど有名な古典文学の物語だ。舞台演劇の演目としても定番である。
将来を誓い合ったある男女の悲恋の物語だ。
ある所に愛し合う男女がいたのだが、両家の都合により戦争の敵味方の陣営に分かれてしまう。
男は兵士となってある街を攻めるが、そこで逃げ送れて捕虜となった女と再会する。
男は女を逃がし自分も脱走兵となる。そして追っ手が掛かる中二人は逃亡を続け……というストーリーだ。
やがて午前の部が終わり人々がぞろぞろと劇場から出てくる。
……その中にはガイアードの姿もあった。
眼鏡を外して涙をハンカチで拭っている。
と、思うと「はぁ~」と長い息を吐いている。
レンにはわかる……あの吐息は「いやぁ~よかったなぁ」っていう感じのやつだ。
「……父さん」
「おわぁッッ!!???」
いきなり背後から声を掛けられ飛び上がるガイアードであった。
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そして現在、三人は先程の食堂に戻ってきていた。
「つまり……」
一通りの話を父から聞き終わったルキアードが「頭いたい」というようにこめかみを押さえている。
「父さんは本当に観劇目的でここに来たと……」
「う、うむ。まあ、そういう事になるな」
縮こまっているガイアード将軍。
彼の説明によるとこうだ。
ガイアード・ヴェゼルザークはそもそもが舞台観劇を趣味とする男であった。
しかし周囲へのイメージもあってそれをひたすらに隠して生きてきた。
ちなみに奥さんは知っているらしい、というかそもそも出会いが劇場だったらしい。
「ぜ、全然知らなかった……」
知られざる家族の一面に呆然とするルキアード。
好きな演目は感激できるものや悲劇でとにかく泣く。
彼曰く「舞台を見て思い切り泣くとだな、心の奥や腹の底に溜まったドロドロしたものが綺麗に洗い流される気がするのだ」とのこと。
贔屓の劇団が帝都にきてもばれるのが怖くてそこでは観に行けなかった。
その為遠征の時などに地方でこっそりと劇場に行くようにしていたのだそうだ。
それが今回、会談の場所として名前の挙がったカールローディアにその贔屓の劇団が来るという事を知ったガイアード。しかも演目は大好きな『ミネアスより』 これは観に行かねばなるまいとお忍びでやってきたというわけだ。
「人騒がせな……」
渋い顔で頭を抱えているルキアードである。
「父さん……この前叔父上、陛下がおっしゃっていたのはそうやって自分で演じているキャラに囚われて身動きが取れなくなっているんじゃないのか? っていう事なんじゃないの」
「……いや、まったく返す言葉も無い」
恐縮してハンカチで汗を拭うプライベート金剛将軍。
「俺のダメな所は確かにこういう所だろうな。自分の好きなものを自信を持って好きだとも言えんような奴にでかい仕事などできようはずもない」
ううむ、と腕を組んで唸るガイアード。
「舞台鑑賞はいいご趣味だと思いますよ。芸術にも理解のある将軍、みたいな感じで」
「そうか。今度は師団の連中も誘ってみるか……」
フォローを入れるレンに感じ入ったようにうなずいたガイアード。
「よしまずは目の前のお前たちからだな! 午後の部を観るぞチケット代は俺が出す!」
……と、思ったら将軍は目の前の二人の肩をガシッと掴んだ。
「え、ええ……? 父さん……?」
「あはは……」
力強く引っ張っていかれるレンとルキアード。
そして……。
「…………………………………………」
数時間後に三人は揃って泣きながら劇場から出てきたのだった。
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「なんで男三人で悲恋の物語観て泣いて帰ってきてんのよあんたは」
なんとも言えない微妙な呆れ顔で言うファルメイア。
レンはまだ鼻を啜っている。
「いや流れでそうなったんです。本当に泣ける話で……」
ファルメイアたちにはお忍びで観劇に来ていたガイアード親子にたまたま行き会って一緒に観る事になったと説明してある。
しかしストーリーは知っている自分をここまで泣かせるとは……。
演劇のパワーというものを感じて感動しつつも驚くレンであった。
「レン……なんだよお前、アタシを置いてそんなトコ行ってよ……次は連れてけよな」
「そ、そう? じゃあ今度行こうか。正直な、観る前は良さがよくわからなかったんだけど実際に観てみたらファンが沢山いる理由がよくわかったよ」
拙い語彙でその良さを説明しようと頑張るレンを見てファルメイアは苦笑している。
「あんたね、そんな今度とか言ってたらいつまでも行けないわよ。明日行きましょう。私も前に行ったのは本当に小さい頃だったからあまり良さはわからなかったけど、あんたがそこまで言うのなら楽しみだわ」
こうして……。
レンは次の日もファルメイアとヒビキを連れてまた舞台に行くことになった。
「…………………………………………」
……そして三人で泣きながら劇場から出てきたのだった。




