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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第88話 二代目皇帝

 円卓の間に天魔七将と宰相が集合している。


 約二か月ぶりの全員集合だ。

 揃った七将とレナードを前にしてゼムグラスは円卓に聖剣を置いた。


「これをファルメイア将軍が持ち帰ったことについては諸兄諸姉も既に聞き及んでいることと思う」


 ザリオンの聖剣には皆少なからぬ興味があるのか将軍たちは全員が剣に視線を注いでいる。

 真贋について何かを口にする者はいなかった。

 疑う余地はない。鞘に納められた状態で離れた位置からでも確かな『力』を感じる剣だ。


「将軍はこれを自分に譲渡した。私に即位せよとの事だ」


『!!!』


 ガイアード将軍とアドルファス将軍の二人だけが動かない。

 この二人は予めそれを聞かされている。

 残りの七将とレナード宰相は驚愕してゼムグラスとファルメイアの顔を交互に見る。


「悩んだが……私は受けることにした。武官ではない私がこのような形で即位することに関しては諸将も思うところはあると思う。だが……」


 ガイアード将軍が、そしてファルメイア将軍が拍手している。

 少し遅れてアドルファス将軍が……そして、そこからその場にいる全員に拍手は広がった。

 天魔七将全員が、そしてレナード宰相が……ゼムグラスに拍手を送っている。


「ありがとう。皆……ありがとう」


 感極まったゼムグラスがやや言葉を詰まらせ気味に言う。


「私は凡才だが、それでも精一杯よき皇帝であれるよう努力しよう。どうか皆の力を貸してほしい」


 深く頭を下げたゼムグラス。

 拍手はそれからしばらくの間鳴り止むことはなかった。


 ────────────────────────────


 こうして、帝国の二代目皇帝は先帝ザリオンの次男ゼムグラス・ヴェゼルザークに決まった。


 立て続けの号外が出る。

 帝都の民の多くは新皇帝ゼムグラス誕生を祝い、そして彼の為に危険を顧みずに聖剣を持ち帰った紅蓮将軍の武勇と献身を褒め称えた。


『即位は断る』

『自分を凄いと言わせる』


 紅蓮将軍ファルメイアは自分で言ったとおりにそれを実現してみせたのだった。


「私に言わせればね……」


 屋敷の私室で寛いでいるファルメイア。

 愛用の長椅子に寝そべってお気に入りのクッションに頭を乗せている。

 彼女はしばらくの間休暇中である。


「この国の偉い人たちは皆『ザリオン病』なのよ」

「病気……ですか?」


 主人の言葉に不思議そうなレン。


「そう。何でも問題の答えを彼に設定しちゃう。絶対視しすぎなのよ」

「偉大な御方でしたからね」


 そう何度も顔を合わせたわけではないがその事を思い出すだけでも今でも背筋が伸びる思いがするレンだ。

 あのオーラは稀有なものだと思う。


「偉大な人だし、私も尊敬しているし慕っているけど、それにしてもあの人だって無敵の完璧人間ではないわ。欠点だって色々あった。家族への接し方とかね」


 ザリオンの特殊な家族構成についてはレンも知っている。

 彼には……妻がいない。

 子供を産ませた女性は数人いるのだが、彼女たちは全員妃ではないのだ。

 その為記録上のザリオンは生涯独身である。


「あの人はね、自分に媚を売ったり顔色を窺ったりする人の事に一切興味が持てなかったのよ。それは肉親でも同じ。彼の子供たちも一人を除いて皆そうだったから、彼は子供にも関心を持てずに生きていた」


 ガイアード将軍やゼムグラス宰相……今は新皇帝……の顔を思い出すレン。

 父を慕い父に尽くしながらも父から関心を寄せられることのなかった息子たち。

 唯一の例外とはあのギュリオージュの事だろう。


「その事をあの人自身もわかっていたし、いいと思ってもいなかった。彼は彼で悩んでいたわ」


『尻尾を振ってすり寄ってくる者たちへの接し方がわからぬ』


 ファルメイアと二人で話をしている時にザリオンはそう言ったことがあった。

 普通に褒めたり、優しくすればいいのでは? そうファルメイアが答えると。


『そのようにしてはいる。だがそれは余の心から出たものではない。「そうするべきなのだろう」という考えから出ている反応だ。内に込められたもののない空虚な言葉は送られた側も感じ取るであろう』


 無双の剛勇を誇る戦士であり、無類の戦巧者の智将でもあったザリオン。

 子供たちが彼に対しそうであったように、彼もまた子供たちに対し戸惑い悩んでいたのだ。


『難攻不落と言われた砦の攻め方であれば何通りでも思いつくものを……こうして人として当然であろう事がわからぬ。滑稽なものよ』


 覇王はそう自嘲気味に笑っていた。


「……だから、とにかくザリオン陛下が絶対なんだから彼を目指せばいいんだって考え方は間違っていると思うわ。誰にだってその人なりの、その人に合ったやり方ってものがあるんですからね」

「自分らしさ、ですか」


 自分は自分、その言葉が深く胸に染み入る気がするレンである。


「ま、しんみりした話はここまでね。あんたにお土産があるのよ」

「? お土産って?」


 砂漠土産ではないだろう、一緒に行っているのだから。

 ファルメイアは上機嫌で何やら大きな包みを取り出し解いている。


「じゃーん! はいこれ! わかるでしょ?」


 応接テーブルにバサッと大きく広げられたそれは……。


「陛下の毛皮じゃないか……」


 畏れ多さにゴクリと生唾を飲んだレン。

 そう、それはザリオンが常日頃から羽織っていた若き日に彼が討ったという魔狼の毛皮であった。

 ある意味でザリオンという人物を象徴しているアイテムとも言える。


「あんたにあげるわ」

「いやいや! 受け取れないよ!! 大体どうしてこれをイグニスが?」


 慌てるレンに対するファルメイアの説明はこうだ。

 ゼムグラスから今回の件に関する礼をしたいと言われた彼女は、それならとザリオンの遺品から形見としてこれを指定し受け取ってきたというのである。


「ちゃんとあんたに着せるって言って貰ってきているから大丈夫よ」


 そう言ってファルメイアはザリオンと同様にレンに毛皮を羽織らせたのだが……。


「あっはっはっは! 似合ってる似合ってる! あははは!!」

「爆笑してるじゃん……」


 着られている、とはこの事だろう。

 鏡を見なくてもレンにはわかっている。

 大体自分とザリオンでは体格が違いすぎる。


 とりあえず折角の厚意なので毛皮はレンが受け取り、当面は壁に掛けて飾っておくという事になった。


 ────────────────────────────


 その日の屋敷での仕事を終えて自室へ向かうレン。


 廊下を歩きながら彼は悩んでいる。

 ……それは、ファルメイアにもまだ話していないあの狼の騎士の事だった。

 あれはなんだったのだろう?

 何故自分があんなものに変身したのだろう?


 ああなる直前に呼び掛けてきたような気がしたあの声は一体?


 自分以外の誰かが目撃しているのならその人と意見を交わすこともできるのだが、仲間内には誰もあの狼の騎士を見ている者はいなかった。

 ファルメイアもあの時は意識を失っていて一切なにも見ていないという。


 敵方のギュリオージュとヘイゼルの二人は少なくとも目撃しているはずなのだが……。


 そういえばあの戦いの後彼女たちはどうなったのだろうか?

 ギュリオージュの話もその後何も聞かない。


 色々と考えながら彼は自室の扉を開けた。


「……戻ったか、レン」


 その彼を出迎えるものがいた。

 彼のベッドに座っている……ザリオンが。


『自室に戻ったら何故か皇帝が……いや今は先帝か……自分のベッドに座って待っていた』という状況に脳がショートするレン。


「はい、戻りました……」


 思わず普通に返事をしてしまってから、眼鏡が斜めにずれるレンであった。


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