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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第87話 ザリオンの息子

『紅蓮将軍ファルメイア、聖剣を入手し無事帰還!!』


 号外売りに群がる帝都の人々。

 帝都は昨日からこの話で持ち切りである。

 前皇帝ザリオンの崩御より一か月半。

 民たちにとっては久しぶりの明るい大きなニュースであった。


 気の早い店はもう新皇帝ファルメイアにちなんだ商品を売り出す始末だ。

 肖像画も飛ぶように売れているらしい。


「すげえなあ、レンも鼻が高いだろうな」


 朝の教室で号外を広げているサムトー。


「……てことはよぉ、あいつ陛下の側近って事か? もうタメ口利いたらダメなんかな」


 腕組みして悩んでいるライオネット。

 そんな彼らを横目にひたすら自慢げなヒビキである。 

 レンがいない間はずっと抜け殻のようだったのに……。


「おはようございます! レン先輩!」


 その時教室の外から聞こえてきたシエンの元気な挨拶の声に皆が一斉にそちらを見た。


「……久しぶり」


 入ってくるレンにクラスメイトが一斉に群がる。


「よお死の砂漠帰り! 話を聞かせてくれよ!!」

「陛下の側近になったらクラスメイトの俺も取り立ててくれよなー」


 好き放題言いながらレンをもみくちゃにするクラスメイトたち。

 その勢いに苦笑するレンであったが……。


「皇帝陛下の件については、多分皆が思っているようにはならないんじゃないかな」


 レンの発したその一言に不思議そうに顔を見合わせるクラスメイトたちであった。


 ─────────────────────────────


 宰相ゼムグラス・ヴェゼルザークは今、自分の執務室で目の前に剣を突き付けられている。

 切っ先を向けられているという意味ではない。

 鞘に納まったその剣を柄の方を向けて差し出されているのだが……。


「ハイこれ、貴方にあげるわ」


 その剣を……聖剣を手にしているのは紅蓮将軍だ。

 旅行に行ってきた者のお土産感覚で彼女はそれを差し出している。


「いや、君は何を言っている……?」


 目の前10cmほどの位置にある聖剣の柄にやや顎を反らせて冷や汗を流すゼムグラスだ。


「これ持って皇帝になれって言ってるのよ。そこまで説明されなきゃわからないかな……」


 フウ、と短く嘆息して肩をすくめるファルメイア。


「早く次を決めなきゃいけなくて困っているんでしょう? それ持って早く『私です』って宣言してきちゃいなさいよ」

「本気で言っているのか」


 眉をひそめた宰相の表情が深刻度を増した。

 皇帝に即位しろと言われた男の顔はまるで罪状を読み上げられる咎人のそれである。


「こんな冗談やりたくて私がわざわざ死ぬ思いして白い砂漠を超えてきたと思っているの? 私は最初からそのつもり。持って帰って貴方に渡すつもりだったわ」

「どうして……私なんだ? 他に適任が」


 ぐい、とそのセリフを遮るように聖剣の柄を宰相の鼻の頭に押し付けるファルメイア。


()()それが一番いいと思ったからよ。それ以上何か必要?」

「……………」


 渡された聖剣を両手で抱えると宰相はドサッと崩れ落ちるかのように椅子に腰を下ろす。


「さ、流石に……即答できん。一晩考えさせてくれ……」


 そして彼は喘ぐようにそう言った。

 状況は彼の精神の許容量限界ギリギリであり、過呼吸気味に陥っている。


「いいですけどー……私はもうこれ以上この件に関わる気はありませんからね。貴方がやらないのなら貴方が責任持って誰かにそれ手渡してやるように説得してよね」


 そう言い残すとファルメイアはひらひらと手を振って宰相の執務室を出て行った。


 それから数時間。

 ゼムグラスは何もせずただ鞘に収められた聖剣を抱くようにして座ったまま物思いに耽っていた。

 壁に掛けられている大きな肖像画をふと見る宰相。

 そこには椅子に座った父ザリオンとその左右に立つ幼き日の兄ガイアードと自分が描かれている。


 何かを決意したように立ち上がり、宰相は執務室を出ていく。


 そしてその夜、ゼムグラスは兄ガイアードの屋敷へとやってきた。


「叔父上……」


 出迎えたのは甥のルキアードだ。


「兄上の様子はどうだ?」


 問いかけるゼムグラスに辛そうに首を横に振るルキアード。


『白い砂漠』から帰還して三日……金剛将軍ガイアードは屋敷の自室に籠ったままなのだ。

 問いかけには生気の無い返事を返すし食事も一応とっている。

 だが、それだけだ。何もしていない。

 ただ生きているだけという有様。

 己を否定され、その否定した相手の妹に惨敗を喫して彼の心は折れてしまったのだ。


「兄上、入るぞ」


 ノックをして返事は待たずにゼムグラスは兄の部屋に入った。

 ガイアードはソファに座って俯いている。

 屋内でも常に誇るように身に纏っていたいつもの黒鎧姿ではなく部屋着姿だ。

 そのせいもあってか、ゼムグラスには兄が随分縮んでしまったように見えた。


 兄の正面にゼムグラスは腰を下ろす。


「兄上、これを……」


 持参した聖剣を覆っていた布を外し持ち上げて兄に見せるゼムグラス。

 だがガイアードは顔を上げようとしない。


「ファルメイア将軍が私に持ってきた。皇帝になれと言っている」


「……………」


 のろのろと顔を上げてガイアードが聖剣を見る。

 だがその虚ろな表情に変化はない。

 果たして彼は目の前の剣を本当に見ているのだろうか。


 壁際ではルキアードが目を見開いて無言で驚愕している。


「私は……引き受けるつもりだ。皇帝になるぞ、兄上」

「ああ……」


 空返事を返す兄にゼムグラスの眉がぴくりと揺れた。

 聖剣を手にする彼の手にググッと力が入る。


「私が二代目皇帝になるんだぞ、兄上!」

「……うん」


 ギリッと奥歯を鳴らしたゼムグラスがガイアードの襟首を掴んで無理やりに立ち上がらせた。


「いい加減にしろ!! いつまでそうやってしょぼくれているつもりだ!!!」


「……!!」


 ようやく、わずかに金剛将軍の瞳が動揺で揺れる。


「それが黒獅子と呼ばれた男の姿か!! たった一度の失敗でいつまでもぐじぐじと!!!」

「ぜ、ゼム……」


 狼狽えるガイアード。しかしゼムグラスの勢いは止まらない。

 最初は叔父の勢いに驚いていたルキアードは今は冷静に二人のやり取りを見ている。


「お前の名前はなんだ!!? 『ザリオンの息子』か!!!? お前を信じて慕って付いてきている部下たちはお前が父上の子だからそうしているのか!!?? どうなんだ!!?? ええっ!!??」

「………………」


 徐々に、ガイアードの目が、表情が……生気を取り戻していく。

 濁っていた瞳が光を宿す。


「今まで散々私が兄上を支えてきただろう。今度は兄上が私を支えてくれ。どうなんだ……? イヤなのか?」


 口調を変えて落ち着いて言うゼムグラス。

 彼が襟首を掴んでいた手を離すとガイアードは振り向いて窓際へ歩いていく。

 そこには大理石の背の低いテーブルが置かれていた。


「……フンッッ!!!!!」


 突然床に両膝を突いて勢いよく頭をテーブルに向って振り下ろしたガイアード。


 バガン!! と派手な音を立てて分厚い大理石の天板が真っ二つに割れる。


「ふーっ……」


 顔を上げた金剛将軍。その彼の額から一筋血が伝っていく。

 それを拭おうともせずにガイアードが振り向く。


「お前の言うとおりだ。俺は……ちっぽけで馬鹿な男だった」


 つかつかと弟に歩み寄り、その両方の二の腕をがしっと掴むように持つガイアード。


「皇帝。皇帝か……!! お前が父上の跡を継ぐか!! ハハハ!! それも痛快だな!!!」

「兄上……」


 天井を仰いでガイアードが笑っている。


「安心しろゼム。これからはこの兄が……このガイアードがお前の支えになるぞ!! やれ……皇帝! お前が二代目だ!」


 照れ臭そうに笑っている叔父を前にしてはしゃいでいる父。

 その姿を見るルキアードは若干苦笑混じりではあるものの、穏やかに微笑んで目を閉じるのであった。


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