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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第86話 狼の騎士

 ……甲虫が消された。


(くッ!! 何だ……何があった!?)


 珍しく動揺するヘイゼル。

 神殿近くに送った1匹の鮮血精霊が消滅させられてしまった今彼女には現地の状況を把握する術がない。


 こんな事は初めてだ。

 精霊の甲虫は見た目より遥かに頑強でしぶとい。

 それを今のように一方的に消滅させられるとは……。

 しかもあれは彼女の推測が誤っていなければ攻撃ですらない。

 何者かがあの場に現れた。その余波だけで吹き消されてしまったのだ。


 一刻も早く現地に駆け付ける必要がある。

 だが、眼前にはいまだに甲虫たちの攻撃をしぶとく耐えているガーンディーヴァがいる。


 嘆息し、彼女は撤退の意思を固めた。


「!? ああっ! コラ!! 逃げんなや、勝負せんかい!!!」


 身を翻して走り出したヘイゼルにガーンディーヴァが叫ぶ。

 だが周囲の甲虫の攻撃が激しさを増し、彼は追跡することができない。


 ……これはヘイゼルにとっても大きな痛手であった。

 本体である彼女から一定以上離してしまった甲虫は破壊され血に戻った時に身体に戻せなくなるのだ。

 1匹程度ならばさして問題はないがあの数の甲虫を構成している血を全て失ってしまうのは彼女にとっては深刻な弱体化である。

 血の量を戻すまでは自慢の再生能力も機能しないし新たな甲虫を生んで放つこともできなくなる。


 だがそれを承知で彼女は今、状況の確認を優先した。

 何か()()()()()()()()があの場に現れたことは間違いないのだ。

 そしてそれはかなりの確率で敵対者だ。


(私が着くまで無事でいてくれるといいんだがな、我が雇い主殿は)


 全速力で走っているのだが明らかに普段よりも速度が出ていない。

 血の足りなさが身体能力の低下を招いている。

 舌打ちをして加速するヘイゼルであった。


 ─────────────────────────────


 ファルメイアの首からの出血を目にした時、レンは走り出していた。

 駆けつけて何をしようだとか、そういう事はまだ何も考えていない。

 ただ瞬間的に身体が動いていた。


「……え?」


 だが走り出してすぐに彼は異変に気が付く。

 周囲に音がなく、色もない。

 世界は白黒(モノクロ)だった。


「これは……」


 呆然と周囲を見回したレン。

 時間が止まっている。

 何もかもが停止してしまっている世界で一人、自分だけがうろたえている。


『レンよ』


 声が……聞こえた。聞き覚えのある声。

 静かだが力強く聞く者の心が引き締まり闘志が沸き立つような声だ。


『集中せよ。……往くぞ』

「えっ?」


 そして、全ては光に包まれた。


 ─────────────────────────────


 剣戟。

 刹那の火花が散る死の舞踏。


 今、レンはギュリオージュと戦っている。

 狼の騎士となって戦っている。


 何故自分がそんな姿になったのかを彼は知らない。

 大剣などこれまで実戦で使ったこともない。

 なのに身体が動く。まるで熟練の巧者の立ち回りであの強者ギュリオージュを相手に互角以上の戦いを続けている。

 全身を覆った金属製の装甲はかなりの重量であるはずなのに、普段軽装の自分がその重さを苦に感じていない。


 わからないことだらけだが……。

 今自分がしなくてはいけない事だけはわかっている。

 それは彼女を倒してファルメイアを救うことだ。


 ギュリオージュは……。

 笑っている。

 傷だらけで、血まみれなのに。

 瞳を闘志に爛々と輝かせ、口元には抑えきれぬ喜悦が漏れた笑みがある。


 追い詰められて傷を増やす一方なのに……。

 彼女は何故か満たされて幸せそうに見えた。


 レンは気付く。

 今は自分が……狼の騎士が彼女を圧倒しているが……その差は徐々に、少しずつだが詰まっている。

 今この攻防の最中にもギュリオージュは成長している。


「あははは……あっはははははは!!!」


 突っ込んでくるギュリオージュ。

 感覚で察知する。

 最後の一撃だ。彼女はもう限界のようだ。

 結局、命を奪う気にはなれなくて……。

 大剣を右手で持つと空いた左手を裏拳にして突進してくる彼女の胸を打った。


「……ッッ!!!!」


 吹き飛ばされながら。

 薄れていく意識の中で。

 彼女は武器を手放してしまった手をこちらへ伸ばしていた。


 ……まだだ。……もっとだ、と。

 まるでそう言うかのように。


 吹き飛んでいき大地に叩きつけられるギュリオージュ。

 その彼女を走りこんできたヘイゼルが抱き上げた。


「…………」


 警戒し自分に鋭い視線を向けてくるヘイゼルに対し、狼の騎士はマントを翻して背を向けた。

 ……勝手にしろ、とでもいうように。


 それを受けてヘイゼルは意識のないギュリオージュを抱え、配下と共に撤退していった。


 こうして……戦いは終わった。


 ─────────────────────────────


 激闘は終わり強敵は去った。


「いやぁ……今回は流石にダメかと思ったわ」


 ぐったりした様子で漏らすファルメイア。

 治療を終えて肩と首に包帯を巻かれている彼女。

 治癒術で傷を塞がれ物資から輸血も受けて彼女は多少は復調している。


「それで、どうなったの? 私何か光ってから意識飛んでてその後の事知らないんだけど」

「えっとですね……何か光って、あっちが撤退していったので慌ててファルメイア様を治療したという感じで……」


 たどたどしく説明するレン。

 自分が何かよくわからない変身してギュリオージュたちを追い払いました、とは言わない。

 正直自分自身あれが夢なのか現実なのかまだよくわかっていないのだ。


 ギュリオージュたちが撤退していった後……レンはすぐに元の姿に戻った。

 あれは本当になんだったのだろうか。

 鎧も武器も……何も残っていない。幻のように消えてしまった。

 あの騎士は本当に自分だったのだろうか?


 元に戻ったレンはすぐに倒れているファルメイアへ駆け寄った。

 彼女の傷口は不思議な結晶が塞いでいた。

 すぐに待機させていた騎士たちから治療術を使用できる者を呼び治療を頼んだ。

 その過程で結晶は自然と消えてしまったらしい。


「あっちはまだかなり元気なはずだったんだけどね。何なのかしら……私の日ごろの行いから女神さまが助けてくれたのかな?」


 本気なのかなんなのか、都合のいい解釈をしているファルメイアだ。


 アドルファスもガーンディーヴァも治療を終えて今は一息付いている。

 二人ともファルメイア程ではないにせよかなりの深手であった。

 それだけの激しい戦いだったのだ。

 だが幸運にも命を落とした者はいない。


 皆疲弊はしているものの表情は明るい。

 いよいよ追い求めてきたものとの対面の時が近付いている。


 もう自分たちを阻むものはいない。


 ……ザリオンの聖剣が待っている。


「さて、じゃあ皆で行きましょうか」


 立ち上がった紅蓮将軍が一同を見回して笑って言った。


 ─────────────────────────────


 神殿はかなりの規模だが内部の構造は単純であり、ファルメイアたちは簡単に最深部の祭壇まで到達する事ができた。


 聖剣はかなり適当に放り出してあるかのように祭壇の上に置いてあった。

 鞘や柄の造りから素人のレンでもその高い価値が窺い知れるような一振りだ。

 その稀代の聖遺物をさしたる感慨もないようにファルメイアはひょいと持ち上げる。


「よし、回収っと。それじゃあ帰りましょうか」


 何でもない事のように軽い調子でそう言って……そして、彼女は気付いた。


 持ち上げた聖剣の下に封筒があったのだ。

 それを手に取るファルメイア。

 かなり古いもののようだが、経年劣化を防ぐための特別な加工がされている。


「手紙? 剣と一緒に置いたのかしら」


 封筒を開いてみる紅蓮将軍。

 中には三つ折りにされた紙が一枚入っていた。

 広げて中を見て……そして、優しい目で苦笑したファルメイア。


 彼女は何も言わずにレンにその紙を回した。

 レンがそれを広げてみる。

 周囲の者たちも何が記されているのかと覗き込んだ。


『旅を楽しめ』


 そこには走り書きでその一言だけが記されていた。


「ザリオン陛下の字でございますな……」


 感慨深げに呟くアドルファス。


「気取っちゃって……ザリオン(あの人)にもこんな時代があったのねえ」


 そう言ったファルメイアの瞳は心なし潤んでいるように見えたレンであった。


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