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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第83話 鮮血精霊

 ギュリオージュが斜め後ろに向かって右手を差し出す。

 すると、軍服姿のエルフ傭兵二人が布製カバーで覆われた何かを持ってきた。

 革ベルトを外し、その何かを解放する。

 それは……。


(何よあれは……)


 眉を顰めるファルメイア。

 陽光の下に晒されたのは巨大な剣……? 何と呼ぶべきか、刃物の武器であることは間違いない。

 (ダブル)(ブレード)とでも呼べばよいのだろうか。その巨大は刃は両端どちらにも切っ先がある。

 長大な刃渡りのその剣? は下手をすると使用者ギュリオージュの身長よりも長いのではあるまいか?

 柄は刃の中央部分であり扱い方に相当癖がある武器である事は明白だ。


「総力戦かな? 私も名乗っておこうか。ヘイゼル・ミュンツァーだ。……ああ、諸君らの名乗りは不要だ。全員頭に入っている」


 そう言ってヘイゼルは手にした拳銃(リボルバー)をレンたちへ向ける。

 西の大陸からやってきた歴戦の傭兵が眼鏡の奥の目を殺意に光らせた。


(ヘイゼルというエルフの女に気を付けろ。奴は()()()()()()()


 アドルファスがダイロスが言い残していったその言葉を思い出し、皆に警告を放とうと思ったその瞬間……。


「ぐあッ!」


 呻き声を上げたヘイゼルが拳銃を落とした。

 銃を構えていた彼女の腕の前腕部を矢が貫通している。


「おいおい、格好が付かないな。……全員頭に入っていると言ったが射手(アーチャー)の情報はないぞ?」


 痛みに表情を歪めながら乱暴に矢を引き抜くヘイゼル。

 伏兵として潜めておいたガーンディーヴァだ。

 交戦の空気を感じ取って狙撃してきたのだろう。


「いた……あんな位置から一射で私に当てたのか。バカげた腕だな……まったく」


 遠くを見て目を細めるヘイゼル。

 エルフは視力がいい。同じ方角をレンも見たがまったく人影らしきものは確認できなかった。


「先に私はあいつを潰してくるとしよう。放置したままではまともな戦いにならん」


「おっと、そうは参りませんぞ」


 走り出したヘイゼルの前に立ちはだかったアドルファス。

 だがその巨体に突然横合いから同等の巨体が体当たりを仕掛けてきた。

 それを受け止めるオークの身体が激しく揺れる。


「むうッ!!??」

「申し訳ねえです、将軍。彼女行かせてやってくださいよ」


 氷でできた巨兵(アイスゴーレム)が白輝将軍に組み付いている。

 身の丈3m近く……アドルファスとほぼ互角だ。


「アイザック長官! 貴方も来ていたのですか!!?」

「ええ、まあ……」


 巨兵のボディの内部に薄っすらと見える人影。

 ダナン長官であるアイザックだ。


「わかってくださいよ将軍。俺も死にたくねえ」


 少し離れた場所に立つギュリオージュを窺いながらげんなりした様子で言うアイザック。


「手加減は……できませんぞッッ!!!」


 ガァン!!!! 


 派手な音を響かせ紳士の鉄拳が巨兵のボディに炸裂する。

 だが表面を僅かに削っただけで破壊するには至らない。


「おー……将軍の剛拳も耐えてるよ。本当に大したもんだな魔氷晶ってのは……」


 アイスゴーレムを創造して使役するのは元々のアイザックの持つ能力だ。

 それを今は更に内に取り込んだ数個の魔氷晶で補強しているのだった。


(まぁ勝てるはずはねえんだ。お姫かヘイゼル隊長がどうにかしてくれるまでひたすら時間稼ぎに徹するしかねえ)


 そう考えながら必死に白輝将軍に組み付くアイザックであった。


 ────────────────────────────


 廃屋の屋根の上を身軽に飛び移りながらヘイゼルが遠方のガーンディーヴァを目指して走る。


(射手に辿り着く前にもう二、三発は貰うだろうが……そこはもう仕方がないな。耐えながら進むしかない)


 ヘイゼルがそう考えたその時、前方から突風が吹き付けた。


「くっ……!」


 足を取られそうな程の強い風にその場で耐えるヘイゼル。


「…………何?」


 その彼女が愕然とした。

 自分の胸に……穴が開いている。


 射られている。

 いや……とうに射られていたのだ。

 神速の『天つ風(ヴァーユ)』が正確にヘイゼルの心臓を射抜いて貫通していた。

 あの風は射られて数秒後に来た射撃が巻き起こした風だ。


「本当に……こっちの大陸には……」


 屋根の上のヘイゼルがゆっくりと仰け反る。


「バケモノが多い……な……」


 屋根から落下したヘイゼルが仰向けに転がった。

 そして少ししてその場に翼を羽ばたかせながらガーンディーヴァが下りてきた。


「まぁ流石に死んどるか。ワシも自慢の奥義を二連敗さすわけにゃあいかんからのう」


 呟きながら天将が倒れて動かないヘイゼルの側に立つ。


「……ぐおッ!!? 何じゃァ!!!??」


 不意に腕に強い痛みを感じてガーンディーヴァは声を上げた。

 見れば右の二の腕に一匹の虫が取り付いてその凶悪な顎で肉を噛み裂いている。

 全長10cm以上ある大型の甲虫だ。

 赤黒く光沢がある甲殻にクワガタのような立派で凶悪な顎がある。


「くそがッ!! 何で虫が!!!」


 掴み取ろうと手を伸ばせば一瞬早く虫は腕を離れ羽を鳴らして空中へ逃げた。


「大体のエルフが精霊を使役する事はご存じかな?」

「!!!」


 飛び退いて距離を取るガーンディーヴァ。

 その彼の眼前でヘイゼルが身を起こす。


 ……その彼女の胸の傷に……穴に、あの虫がたかっている。

 数匹の赤い甲虫がもぞもぞと蠢いている。


「私も例外ではない。だが私が契約している相方は少々特殊でね。普段は私の血に住んでいるのさ。……一体化していると言ってもいいか」


(チッ!! この虫はあいつの血で出来とるんか!!!)


 流れ出る血が甲虫に姿を変えていく。

 彼女の胸からまた数匹が飛び立った。

 それらはガーンディーヴァの周囲を取り巻くように飛んでいる。


「『鮮血(ブラッド)精霊(エレメンタル)』……古代の強力な精霊だよ。生命力を司っていて強い再生能力を持つ。……お前に大穴を開けられた私の心臓も、ほらこの通りだ」


 胸の傷跡がもう……綺麗に消えてなくなってしまっている。

 心臓の大穴。

 間違いなく致命傷であったはずなのに。


「さて、この距離この状況でご自慢の弓は果たして真価を発揮できるかな?」


 レンズの間の蔓に指を掛けて位置を直し、冷たく笑うヘイゼルだった。


 ────────────────────────────


 周囲が戦闘をそれぞれ開始する中でファルメイアとギュリオージュの二人は互いに視線を相手に置いたまま微動だにしない。

 それを見守るレンもそうだ。


 お互いの世界には今相手一人しか存在していない。


 二人は何を合図にしたわけでもなく……。

 同時に戦闘行動を開始する。


 魔術の詠唱のための集中に入るファルメイアに対し……。

 ギュリオージュは体勢を異様に低くして武器を構え猛然と彼女に向って突っ込んでいった。

 まるで獲物を見つけて襲い掛かる肉食獣のように。


 紅蓮将軍は一瞬眉間に皴を刻んだ。

 不可解。

 突っ込んでくるつもりか……相手の攻撃魔術の中に。


「『魔炎刃(グラム)』!!!」


 しかしここから他の行動に移ることはできない。

 彼女は魔術を放ち、無数の炎の刃が突っ込んでくるギュリオージュに襲い掛かる。


「『暴君襲来(ジャガーノート)』!」


 ギュリオージュの目が金色に光った。


 これは……極寒の北方で激しい戦いに明け暮れて編み出した彼女独自の戦闘術。

 ギュリオージュ・ヴェゼルザークはオーラと魔力を同等の出力で同時に放出することができる。

 極短い時間の事ではあるがこの突進の間は噴出する魔力が相手の攻撃魔術の威力を大幅に削り軽減する。そして同出力で放出されているオーラが物理系の攻撃を軽減する。

 威力を弱めた攻撃に耐えながら突進しそのまま攻撃直後の無防備な相手に武器で激しい一撃入れるのがこの『暴君襲来(ジャガーノート)』である。


 魔氷晶を従属させた帝国兵に採掘させている間、彼らを狙って現れる寒冷地に適応した巨大で狂暴な魔物たちを相手にするのがギュリオージュの日課だった。

 オーラで寒さは防げないが魔力でなら軽減できる。

 寒さの影響を受けないように魔力を放出しながら戦う日々。

 その果てに編み出されたものがこの戦闘術だ。


 特に魔術師を相手にした奇襲でこの技は最大の効果を発揮する。


 今、ギュリオージュが……ファルメイアの『魔炎刃(グラム)』に耐えて勢いを緩めることなく彼女に突っ込んでいく。


 魔術を放ち終えた直後の紅蓮将軍はどうしても数拍動作が遅れる。


 双刃が振り下ろされる。

 彼女は……かわせない。


 断ち割られた深紅の肩当が地面に落ちる。

 そして切り裂かれた左の肩から鮮血を吹き上げたファルメイアが痛みに険しい表情をするのだった。

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